【2011/3】田村はまだか

№18 田村はまだか 著者『朝倉かすみ』 光文社文庫 303頁 ★★★

 なかなかセンスの良い小説だった。吉川英治文学新人賞を受賞した連作短編集である。

 小学校時代のクラス会に集まったアラフォー世代。その三次会、札幌のススキ野にあるスナックで、男女5人が遅れてくる田村を待っていた。大雪でなかなか来ない田村を待ちながら、深夜になっても思い出を語りながら待ち続けるのだった・・・。

 そこに居ない誰かを巡り、他の人の語りでその人を想像する話と言えば、恩田陸の傑作「黒と茶の幻想」がある。
この作品はミステリーなので、「田村はまだか」とは毛色がまったく異なる作品なのだが、複数の人の話から、次第にその人の輪郭が浮かび上がってくる構図は同じだ。しかし、この「田村はまだか」の面白さは、「田村」を全く知らないスナックのマスターに、視点を置いたことだ。

 酔っぱらい達が語る「田村」。その様々なエピソードから、どんな人間か俄然興味が湧いてきたマスター。しかし、いくら待っても田村は来ないのだ。ここまでが最初の短編。これだけでも充分良くできたお話だったので、これでおしまいかと思ったほどだ。
 次からは、スナックに集う男女個々のお話となる。その一つ一つの語り口に、読者を飽きさせない工夫を凝らしているのが上手い。最初は各人の名前を明かさず、マスターが見た目で付けたあだ名から始まり、連作が進むにつれ、次第に全員の名前が分かってくる、とかだ。

 ある意味アイデア賞ものの展開なのだが、四十歳になった男や女が、人生を振り返り、反省し、これからを想う。それぞれのエピソードは、よくありそうで平凡な日常生活のことばかりなのだが、なんだろう、やはり「語り口」が上手いのか、印象が深いのだ。自分のエピソードを他人に語る形式なので、相手の反応や感想が入り、しかもマスターが「警句」のように、エピソードの印象をノートにまとめてしまうのだ。

 男と女の、結婚、離婚、浮気、不倫などなど、小説の中では手垢の付いた話を、書き方、語り方だけで、これだけ読ませてしまう力量はたいしたもんだ。
まだ四十歳なのか、もう四十歳なのかは、気の持ちよう次第だが、人生の機微を身に染みて感じている人なら、この小説の面白さが分かるのではないのだろうか。中高年向けの素敵な短編集なのであった。お薦めです。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2011/2】のぼうの城

№16 のぼうの城(上) 著者『和田 竜』 小学館文庫 219頁 ★★★

№17 のぼうの城(下) 218頁

 100万部以上売れた話題のベストセラーである。今年映画にもなる戦国武将ものなのである。2009年の本屋大賞で2位になったエンターテイメント小説なのだ。
 時は戦国時代。天下統一のため進軍する秀吉に、唯一逆らう城があった。それが周囲を湖に囲まれた「忍城」であった。城主・成田長親は、領民たちからは「のぼう様」と呼ばれ、バカにされながらも親しまれていた。

 なかなか面白かった。個性的な戦国武将達の戦のお話なのだが、石田三成が率いる2万人の大軍を前にして、千人もいない小さな城をどうやって守るのかが、興味の中心となる。

 しかし、う~ん、なんだろな。歴史小説として、題材は非常に面白いのだが、意外に短く、上下巻合わせても440頁しかない。わざわざ文冊にする理由はないのだが、小学館というマイナーな文庫なので、しかたがないか。

 とにかく、せっかくの題材を意外にあっさりと書いているので、簡単に読めてしまうのだ。もともと脚本家なので、映画化を前提とした長さなのだろうか。もうチョット人物なり戦いなりを書き込んでくれたら、もっと楽しめたかもしれないのだ。

 それにしても、強烈なキャラの武将達を統率する、総大将・成田長親の変人キャラは、今まで読んできた時代劇の中でも、ユニークさで群を抜く。語り手は、言わば最も武将らしい勇壮な正木丹波なのだが、この長親の心情を最後までいっさい語らず、奇妙な行動を描くだけだ。結果として戦に勝っても、結局のところ戦略的行動だったのか、ハタマタただのバカ殿なのかは分からず、奇妙な後味が残る。個性的と言えば個性的だが、変わった読後感が残るお話だ。

 ま~それでも、意外な展開や頭脳的な作戦、手に汗握る白熱した戦闘シーンもあり、なかなかの娯楽大作となっている。前半部分は、歴史小説らしく史実に基づいた注釈が多く読みやすいとは言えないが、後半になるとクライマックスの忍城攻防戦となるので、一気呵成に話が進む。

 よーするに、戦国武将ものの傑作とまでは言えないが、エンターテイメントとしては、十分楽しめる小説であった。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2011/2】武士道セブンティーン

№15 武士道セブンティーン 著者『誉田 哲也』 文春文庫 415頁 ★★★★

 傑作・剣道青春小説「武士道シックスティーン」の、待ちに待った続編なのだ。今回も痛快で爽やかな、期待を裏切らない傑作学園ものなのだ。

 武蔵を心の師と仰ぐ剣道バカの香織。日本舞踊から剣道に転向したお気楽な早苗。二人は同じ女子高の2年になったが、早苗は家の事情で福岡の強豪校に転向。神奈川に残った香織は、後輩の指導に努めていた。転校先で早苗は、勝敗優先の練習方法に戸惑い、残された香織は、ライバル不在に戸惑っていた。

 誉田哲也には、血と暴力の臭いばかりするグロい小説しかないと、大半の読者は思っているだろうが、こんな素晴らしい青春小説も書けるのだ。逆になんでこの「武士道シリーズ」や「疾風ガール」のような、爽やか青春ものをもっと書いてくれないのかい。やたら殺人鬼ばかりバッコする小説の方が、そんなに売れるんか・・・。
 ま~とにかく、この「武士道シリーズ」は読んでいて楽しくなること請け合いだ。今回、あえて流行のスポーツ小説とか言わないのは、剣道がスポーツではなく、「武士道」だからだ。武士道とは何か、なぜ剣道をスポーツと言わないのかは、この小説を読めば分かる。素晴らしく、よく理解できるのだ。

 また、この小説の魅力は、主人公たちの際だったキャラに負うところが大きく、そこが他のスポーツ小説と一線を画しているのだ。ライバルであり、戦友であり、親友でもある、喧嘩っ早い香織と、お気楽な早苗。二人が交互に語る形式でお話が進むのだが、対照的な二人なので行動パターンが真逆なのが楽しい。一作目の「シックスティーン」を読んだ時のインパクトほどではないのだが、武士道オタクの香織の行動には、何度も吹き出してしまった。

 今回の「セブンティーン」になると、強烈な香織より早苗の出番が増え、青春小説らしく苦悩や心の揺れが丁寧に描かれている。続編を書く予定がなかった「シックスティーン」は、青春小説として良くまとまっていた。そのため、続編「セブンティーン」を書くことに、苦労したことは容易に想像できる。続編は、どうしても二番煎じに陥ってしまうからだ。

 「シックスティーン」で、初めて人の死なない小説を書いた誉田哲也が、そのあまりの評判の良さに、シリーズ化を決めたのだろうな。その期待に、しっかり応えられるだけの力量があるのだからたいした作家だ。これで「エイティーン」が、よけいに待ちどうしくなったもんだ。

 武士道とは何か。「五輪書」を読まずとも、分かった気分にさせてくれる、爽快な青春小説なのであった。もしこの「武士道シリーズ」を未読なら、「シックスティーン」からお読みください。面白さは、保障できますな。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2011/2】苦役列車

№14 苦役列車 著者『朝吹 真理子』 文藝春秋  ★★★

第144回芥川賞受賞の作品である。朝吹真理子の「きことわ」と、同時に受賞した短編である。ちなみに今月号の文藝春秋は、普段の2倍の80万冊を出版したそーな。あな恐るべし芥川賞ですな。

 中卒で日雇いの港湾労働者となった貫太は、金が無くなると湾岸の冷凍倉庫で働いていた。怠惰、偏屈、短気で友人もなく、ボロアパートで孤独に、一杯の酒を飲むことだけが楽しみだった。そんな貫太にも、やがて友人ができたのだが・・・。

 う~ん、汗と泥と体臭がプンプンと臭う、今時珍しい泥臭い小説だ。洗練さとは、対極にあるような暗いお話なのだ。労働者の悲惨な境遇を描き、資本主義社会を告発した、かつてのプロレタリア文学を彷彿させたが、まったくそんな展開にもならない。社会の底辺で、ひたすらもがくことしかできない不器用な若者の、リアルな自意識だけを描いているのだ。

 「私小説」と銘打っているようだが、ま~本当のことはわからない。個々のエピソードは本人の体験だとしても、計算しつくした構成のようにも感じる。ワンセンテンスが長く、難しい漢字を多用しているので、それがまた古くささを臭わせているのかもしれない。  Webでの感想をながめると、魂を揺さぶられるとかユーモアを感じるとか、思ったより評判がよろしいようだ。しかし我が輩としては、あまり好みではないな。技巧的だが退屈な「きことわ」よりは面白いが、主人公に共感することができないのだ。

 このお話の時代は、まだバブルが沸き立つ前であり、真面目に働けばいくらでもまっとうな暮らしができた、最後の世代でもあったはずだ。バブル後は、小泉改革による実力主義だのなんたら改革などで、フリーターに追い込まれた若者世代は、確かに搾取された。だから、2000年代以降の若者世代が、「自己責任」というレッテルを貼られて、社会の底辺から這い上がれないことを告発するお話なら理解できる。しかしこの貫太は、人間として最低限の生活から、抜け出そうとする気力もなく、怠惰で短絡的なのだ。

 どうもな~、登場人物に多少なりとも共感できないと、ストーリーとか表現力とか仕掛けでもないと、我が輩は興味がわかないのだ。せいぜい日雇い港湾労働者の、毒々しい貧乏生活に対する、覗き見的好奇心をくすぐる程度か。

 今回の芥川賞を受賞した、まったく傾向の異なる二作品を読み、純文学系小説とやらが、なにを目論んでいるのかが、かえって分からなくなった。文章とか文体とか、基礎的なところは、もちろんレベルは非常に高い。当たり前か・・・。小説としての構造とか構成も、よくわからんが上手いし技巧的だと感じた。だけど、そんなところを評価して選んだのだろうか。

 作者は、作品を書く動機があり、テーマがあったはずだ。娯楽小説ならそんなもん無くとも面白きゃ良いのだが、文芸作品なら何らかのテーマがあったと思うのだが。我が輩の勘違いかな~。でないと単なる退屈な小説でしかないのだがね。それともテーマなりメッセージを読みとれない我が輩の頭が悪いのだろうかな。しょせん読者の好みの問題でしかないのだとしたら、芥川賞の意味はなんだろう。新人の発掘だけか。そんな??を感じた作品なのであった。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2011/2】きことわ

№13 きことわ 著者『朝吹 真理子』 文藝春秋  ★★★

第144回芥川賞受賞の話題作である。珍しく、というか初めて芥川賞発表号の文藝春秋を買ってしまった。受賞作二作が載っているので、お買い得感があったのは確かだが、最近話題の小説でも読んでみようかな、というミーハー精神が主な理由なのだ。

 貴子(きこ)、永遠子(とわこ)、二人の女性の物語。少女時代、夏の別荘で一緒に遊んだ日々から25年後、別荘の解体に立ち会い、幼い時の記憶が立ち上がる。
 ま~この小説の粗筋を、語ってみてもあまり意味はない。なにせ、物語性はほとんどなく、夢とも現実とも判別できないエピソードが、途切れなく連なっているからだ。
 アチコチの書評で、いろいろと言われていることだが、「時間」がキーであることは間違いない。普段、記憶の中に折り畳まれている過去の出来事は、ふとした拍子に時間軸に無関係に表出してくる。そんな感覚を文学作品で表現したかのようだ。

 このエピソードが、「今」なのか、「過去の記憶」なのかが、曖昧なのだ。そんな過去の話から地続きに今の話に移ってくる。そんな不思議な感性を評価すべき作品であり、物語として面白いとか、退屈とか言い出す小説ではないのだろう。新人作家の素質を見いだすための芥川賞なので、小説として、文学作品として、その完成度を評価したのではないと思うのだ。というか思いたい。

 我が輩も、二十年以上前までは、この日本で最も有名な文学賞の作品を、ありがたがっていたのだが、そのうち選者たちの評価基準がどうしても理解できず、読むのを止めてしまった。文学、文芸作品、純文学、言い方はいろいろあるが、芸術性が高いと言われる小説は、大半が退屈極まりないものだった。

 物語性を否定するような私小説、比喩暗喩を多用した意味不明な幻想小説。どこが面白いのか、昔は理解できなかったので、我が輩は芥川賞作品からは遠ざかっていたのだ。もっとも庄司薫や村上龍の発見は良かったのだが。

 今回の朝吹真理子の作品は、いかにも芥川賞好みの純文学的香りのする、格調高くかつ不思議な感性の作品だ。時代が異なる各エピソードが、溶け合うよう連なる話術は、確かに新鮮だった。だが、肝心のエピソード自体が平凡な生活上の話ばかりなので、感動に乏しいのだ。退屈極まりない、というほどでもないが、個々のエピソードの印象が弱いので、読み続けるのには忍耐も必要だった。短編なのですぐに読めるはずだったのだが・・・。

 この一作品だけでは、まだ評価もできないが、新鮮な感性を持った作家が登場したことだけは確かだ。次作に期待したい。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2011/2】図書館戦争

№12 図書館戦争 著者『有川 浩』 メディアワークス 319頁 ★★★

「星雲賞日本長編部門作品部門賞」を受賞した、有川浩の代表作のシリーズもの。まだ文庫になっていないので、今回は久しぶりの単行本なのだ。しかも電車で読むには結構重い、ハードカバーの長編だ。ライトノベルではないが、ライトなノベルスなので、装丁もライトにして欲しかったのだ。

 図書館が、本の収集・閲覧・貸し出しの自由を、武装集団から守るため、自ら武装してしまった世界。その姿勢に共感した熱血娘の笠原郁は、図書館の自衛組織に就くことになった。鬼教官にしごかれながらも、憧れの隊員に会えることを夢見て訓練に励むのだった・・・。

 読む前のイメージでは、もっとお気楽なラブコメかと思っていたのだが、路線的にはミリタリー・オタク有川浩お得意の、延長線上にあった。とは言っても、いつもの異生物と戦う話ではない。反社会的な本を抹殺しようとする敵から本を守るべく、マシンガンや武装ヘリまで繰り出す、架空の軍事組織が活躍するお話なのだ。
 この有川浩という作家の作品は、過去数年の間でポツリポツリと読む程度だった。我が輩としては、それほど気にしていなかったのだが、最近「阪急電車」を読んでからは、印象が変わったのだ。Wikipediaでチョイと調べてみると、どれどれ「2003年に電撃ゲーム小説大賞を受賞した女性のライトノベル作家」とある。まだ作家デビューしてから7年程しか経っていない若い作家なのだ。デビューがメディアワークスの電撃文庫なので、ラノベ作家というラベルなのだろう。しかし最近では、「SFミリタリー+ラブロマンス」という得意パターンから脱却し、「レインツリーの国」
のような純粋に恋愛ものも書いている。

 この「図書館戦争」は、自衛隊三部作の後に書かれた、最も得意パターンである「軍事もの+ラブコメ」小説だ。ただ、意外に「芯」となる考え方は真っ当で、思想信条の自由は武器を持ってでも守るべき、という信念が感じられる小説である。しかし、ラノベ出身だけあって、軽い文体と、お気楽でテンポよい会話で、快調にお話が進む。内包するテーマが重くとも、軽く読めるというギャップ感が特徴の作家だと思う。同じラノベ出身の桜庭一樹とは、真逆の印象となる。出版社が、電撃文庫でなくラノベには不釣り合いなハードカバーで売りたくなるのは、良くわかる気がした。しかしハードカバーにするなら、オッサンには買いづらいラノベ風イラストは、止めてもらいたいもんだがね。

 それにしても、図書館の自由に関る宣言を冒頭に掲げ、マシンガンをぶっ放してでも本を守る世界を構築するのは良いのだが、世界中の情報にインデックスを付けようという現代IT社会においては、すでに時代錯誤感が否めない。電子書籍の時代においては、本を物理的に確保することに、どれだけ意味があるのかが、次第につかめなくなってくるのは確かだろう。ま~所詮エンターテイメントだから、という解釈が大半だろうな。しかしあと数年経ったら、本を死守するという行為が、パロディにすらならなくなりそうで怖い。図書館という存在が、人類英知の賜物だという認識が、理解さえできなくなる日も近いのかもしれない。などと娯楽小説を読みながら感じてしまったのでした。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2011/2】神様のパラドックス

№10 神様のパラドックス(上) 著者『機本 伸司』 ハルキ文庫 305頁 ★★★

№11 神様のパラドックス(下) 319

 日本SF界では貴重な、ハードSFの水準を維持し続けている作家・機本伸司の作品である。今回は「神」を創るお話なのだ。

 平凡な大学生の井沢直美は、大学祭で偶然スーパーコンピューターの開発者と出会い、アルバイトを始める。ところがそのアルバイトの内容は、最先端の量子コンピューターを使って、占い事業を展開するというものだった。

 小松左京賞を受賞した「神様のパズル」でデビューし、「メシアの処方箋」、「僕たちの終末と傑作SFを連発してきた機本伸司だが、最近は不調気味。しかしこの「神様のパラドックス」は、久しぶりに起死回生の一発なのだ。

 「神様のパズル」と似たタイトルだったため、新作だとはしばらく気がつかなかったのだが、内容が「神様のパズル」の延長線上にあるので、このようなタイトルになったようだ。これは最後の最後になって、あの「瑞穂沙羅華」が友情出演するので、やっと気がつく仕掛けだ。ま~ここらはお遊びの部分なので、実際の内容には直接関係ないのだが・・・。

 「神様のパズル」では、天才美少女の瑞穂沙羅華が、巨大加速器を駆使して「宇宙シミュレーター」を創るお話だった。今回の「神様のパラドックス」では、量子コンピューターを使用し、宇宙創造からさらに推し進めて、各個人の人生シミュレーターまで創り、占いをしようというのだ。実に気宇壮大で、トンデモ発想だ。このアイデアだけで感服してしまった。

 しかし「宇宙シミュレーター」なんぞは、アイデアだけかと思っていたら、既に存在していたことに、新書「宇宙は何でできているのか」を読んで知り、ビックリしたのだが、さすが機本伸司は一歩先を行ってる。それにしても、VRで生物を進化させるのは良いとして、各個人の人生まで予測し、占いで商売をするという非常識な発想が凄い。そこまで予測できるなら、世界経済シミュレーターをつくるなど、もっと役に立つものあんだろ、とツッコミたくなるほどの面白さだ。もっとも物語の中に、占いなら「当たるも八卦、当たらぬも八卦」で許されるからいいのだ、という台詞がある。つまり作者は、過去ならVRで創れるが、未来は不確定性が高く、確率でしか表現できないことは百も承知なので、占いなのだろう。計算づくで書いているだ。

 また、「量子コンピューター」の理論そのものは、かなり前から知られているが、その桁外れの演算能力の社会的影響力までは、気がつかなかった。量子コンピューターが、その性能の故に、核兵器レベルの存在になるという認識は正しい。現在、各国がスーパーコンピューターの演算性能を競いあっているのは、安全保障上の理由があるからなのだ。スカラ型で、つい最近まで日本は世界のトップを維持していた。しかし米国が、このままでは安全保障上問題があるという理由で、莫大な研究費をつぎ込みトップを取り返してしまった。今では、日本は中国の後塵を拝するまでランクを落としてしまっている。別にレンホーだけのせいではなく、コンピューターの性能が、日本の安全保障に繋がるという発想が、日本人にはないのだろうな。

 ま~とにかくこの小説が書いている内容には、いろいろと考えさせられる。最大のテーマ「神」に関する考察も、納得感が非常に高いのはさすが。また今回も機本らしさは全開で、いかにもハードSFらしい理論とライトノベル的キャラのギャップは相変わらず。しかし、今回は美少女キャラは登場せず、等身大の地味で内向的な文系女子大生が主人公。それは別に良いのだが、やたら悩みまくるのには閉口した。このキャラでは、せっかくのSF的ガジェットが生かされていないと思うのだが・・・。
 
 SFとしてのアイデア、神に関する哲学的見解、予測できない展開など、どれも素晴らしいのだが、小説としての完成度は今一つなので★★★になってしまった。惜しいのだが、我が輩としては満足感の高いSFであった。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2011/2】レインツリーの国

№9 レインツリーの国 著者『有川 浩』 新潮文庫 238頁 ★★★

 ライトノベル出身で、最近は「阪急電車」という秀作も出している、主婦・有川浩の恋愛小説である。
 ネット上で同じ好きな本に出会った「ひとみ」と「伸」の二人。メール交換するうちに意気投合、やっと会うことになったのだが・・・。

 予備知識無しで、偶然手にした本なのだが、意外に感動できるラブストーリー。大長編を読んだ後だったので、軽めの本を選んだつもりだった。しかしこの物語は、取っつき易く読みやすいのだが、内容は意外にも重いテーマを抱えているのだ。
 最初は短編かな、と思うくらいの軽さの文体と内容。しかも出だしの大半は、Eメールのやり取りで、お話は軽快に進む。ごく普通の若い男女のウブな出会いが、デートになると様相を変えていくのだ。

 ネタバレしてしまうが、身障者が主人公の恋愛小説というのは初めて読んだ。恋愛小説の中で、いわゆる難病ものは定番中の定番だが、最初から身障者が恋をする話は非常に珍しいと思う。有川浩らしく、細やかな心理描写と繊細な会話。トラウマを抱えた男女のナイーブで危ういやり取り。相手を気遣うあまりのすれ違い。ま~言葉にすると、純な恋愛小説の王道をいくような感じだが、難聴者と健聴者というカップルだと、その行為一つひとつがより際だってくるのだ。

 手紙のやり取りで話が進む恋愛小説は、明治の昔からあった。今ならEメールを使う方が自然だろう。最初の出会いがWebだったという設定にも違和感はない。しかしこのようなEメールのやり取りでお話が進むラブストーリーは、新鮮だった。手紙でなくEメールなので、自然体の口語での文章にも見えるが、実は一言一句疎かにしていなことがよく分かる。男女がメールでやり取りする際の微妙な駆け引きや、言い回しが実にリアルで上手い。

 そう言えば、有川浩の初期の作品に、自衛隊三部作「塩の街」、「空の中」、「海の底」がある。エンターテイメントとしては良くできているとは思うのだが、「海の底」での登場人物の心理描写が、やたら詳細なのに困惑した記憶がある。潜水艦に閉じこめられた子供達の心理状態を、納得いくように細やかに書き込むのだが、ちょっと書きすぎの気がしたのだ。高尚な文学作品でなく、エンターテイメント小説の文章に注文を付けても仕方がないのだが、登場人物の心理描写を、こう思ったとかこう感じた、などと直接的に表現するのはいかがなものなのか。登場人物の行動の補足説明をするのに、いちいち詳細に説明していたのでは、話の進みは遅くなるし、心理描写を比喩や暗喩で表現する筆力がないのか、とか感じてしまったのだ。

 しかし逆に、この「レインツリーの国」では、その細やかでナイーブな表現力が、主人公たちの純な性格を上手く表現できている。
難聴というハンディキャップを抱えた女性の悩みや心理状態を、きれいごとにせず、実にリアルに表しており、容易に感情移入できるのだ。しかも、障害者の心情をここまで理解して書き込んでいるからには、かなりの準備と労力をかけたと思われる。

 普段は人目につかない障害者を、ここまで実体を紹介して、かつ真摯に対応するやり方を示せる見識には感服させられた。
 ありきたりの恋愛小説に、飽き飽きした読者にお勧めの、ラブストーリーであった。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2011/1】新世界より

№6 新世界より① 著者『貴志祐介』 講談社文庫 482頁 ★★★

№7 新世界より② 442頁 

№8  新世界より③ 551頁 

 いや~長かった、第29回日本SF大賞受賞の大作である。今注目の作家、貴志祐介の代表作である。久しぶりに読むのに1週間以上かかってしまった、文庫で全3巻1,375ページの超大作冒険ファンタジーなのだ。
 典型的な「剣と魔法の世界」というわけではない。最初は少年少女アドベンチャーで始まり、次第にホラーとミステリーの要素が加わり、後半はSF戦争スペクタルに変貌していく、エンターテイメントなのである。

 およそ千年後の日本、超能力を獲得した少数の人間たちは、豊かな自然に囲まれた神栖66町という小さな町で、平和に暮らしていた。町の周囲は注連縄で結界が張られ、周囲とは隔絶されていた。この町で生まれ育った早季たちは、やがて秘められた人類の歴史に気がつくが・・・。

 ま~よくこんな異様でグロテスクな世界を、統一した世界観で構築できたな、というのが正直な感想。文字通り「剣と魔法」で壮大な世界を構築した「ハリーポッター・シリーズ」と比較できるくらい、精緻な世界を構築しているのだ。
 主人公が超能力(魔法や呪術でも同じだ)を駆使する物語は、昔からそれこそ星の数ほどある。ライトノベルやファンタジーなら定番だろう。そんな中でも、この「新世界より」の評価が高いのは、やはりその世界観にキッチリした原理や理屈やらが組み込まれ、大活劇が繰り広げられるからなのだ。

 この大長編の最初の1/3くらいまでは、主人公である早季たちの、子供時代を語っている。そしてこの世界の全容を、しっかりと描いているのだ。このイントロとも言える部分が非常に長いため、もしかしたらこのまま、健全な少年少女アドベンチャーで終わるのか、という感じさえした。ネットの書評を読むと、ここらはどうも評判は良くないようだが、この導入部を過ぎると、いよいよ残虐な戦争スペクタルに一気に突入していくのだ。

 前半で千年後の異様な世界をじっくりと描き、後半でその世界での大活劇を描く、古典的とも言えるこの盤石な構成も、なかなか評価が高いようだ。我が輩としては、この人気が高い後半の残虐で非道な戦争シーン、性悪説に根ざした人間観には、どうも賛同しかねるのだがね。ま~ここらは好みの問題で、作品の出来不出来ではないのだが。

 ホグワーツ魔法学校の、奇妙な校則や風習を、新入生に教えていくことで、読者をその世界に引き込んでいく「ハリポタ」も、同じ手法だ。世界中の子供達が夢中になった、このハリポタは、実は我が輩はあまり好きではなかった。どうしてイギリス文学には、伝統的に暗い寄宿舎生活と、そこでのいじめが多いのだろうな。

 実は我が輩は、大長編ファンタジーの類はそれほど読んではいない。いや、ファンタジーという言葉を、ここまで使ってきたが、どうもこの「新世界より」にはしっくりとこないな。「ダークファンタジー」なんて言葉はあまり聞かないし、どちらかというと、「伝奇小説」のイメージだ。ホントは、伝奇小説というと、過去の隠された歴史という設定で書かれたエンタメ小説で、「新世界より」のような未来の設定のお話ではないのだがね。しかし感覚的には伝奇小説という言葉が持つ、暗くおどろおどろしいイメージの方が、この物語にはよく似合っている。

 話がそれたついでに、やはりかなり昔のSF大賞受賞作で、椎名誠が突然変異的に書いた「アド・バード」も異様な生物が跋扈する世界を描いていた。また、死者と語れる島での恩田陸ミステリー「ネクロポリス」も、物語に入り込むのに苦労するほど、奇妙な世界だった。これらはみな大長編の作品なのだが、その世界に入り込んで楽しめるかどうかは、やはりその世界観やルールに、共感や納得感があるかどうかなんだろうな。共感できないと、読み通すのが辛くなることは確かだ。

 なんか、本題とかなり離れてしまった。とにかく、この物語にはエンターテイメントとしての魅力が、これでもかというくらいに詰め込まれているのは確かだ。テーマを動物行動学の古典であるローレンツ論を下敷きにしているので、SFとして扱われているのだろう。しかし内容としては、サイエンス部分はほとんど無く、ホラー色の強いアドベンチャーが繰り広げられていく。

 貴志祐介は、今話題の「悪の教典」でもそうだが、「悪」とは何か?という問題を突きつけるのが好きなようだ。超能力が誰でも使えるようになった世界で、このテーマを展開したら、確かにこんな世界に陥るのだろうな、という説得力は確かにある。だから血生臭いシーンが、やたら多いのかもしれない。ま~流血が気にならない読者に、お薦めの超大作であった。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2011/1】風が強く吹いている

№5 風が強く吹いている 著者『三浦しをん』 新潮文庫 670頁 ★★★★★

 そう、これこそが、まさに疾走する青春小説だ。箱根駅伝を舞台にした、陸上部の物語なのだ。直木賞を受賞した三浦しをんが、直球勝負で挑んだスポーツ小説なのである。

 元陸上部の清瀬は、天才ランナー走(かける)と出会い、同じアパートの住人10名で、箱根駅伝を目指すことを決心した。清瀬の後押しで、個性的なメンバー達は長距離走の魅力に夢中になり、ハードなトレーニングをこなす。着実に力を付けてきた素人集団の大学生たちは、自分の可能性を信じ、己の限界に挑戦してゆく・・・。

 今年は立て続けに★を連発しているが、別に他意はない。本当に面白いのだから仕方がない。スポーツ小説なら何でも良い、というつもりもまったくない。しかし、それでも、この大作には、ワクワク・ドキドキさせて一気読みさせる力強さがあるからだ。

 この「風が強く吹いている」は、スポーツ小説の王道を行くストレートさだ。ストーリーは予想通りの展開で、期待通りに進んでいく。そして最後も、お約束のパターンとなる。だが期待以上に、力強く、着実に、ユーモアたっぷりに、描いているのだから面白くないわけがない。

 箱根駅伝は、今となっては正月には欠かせない、ほとんど伝統行事のようなスポーツだが、駅伝そのものは決してメジャーではない。日本にしかない独特のスポーツだ。なので、その内情はそれほど知られているわけではなく、だから三浦はそのルールや競技を詳細に丁寧に書き込む。その練習方法、フォーム、ライバル関係、マスコミからの取材、等々。6年もの歳月をかけ、取材をし、三浦しをんは書きこんだそうだ。その執念を感じさせない自然で、リアルな描写。実に上手い。

 駅伝選手=アパートの住人は、全部で10人もいるので、お話の2/3近くまで読み進んでも、主役二人以外のメンバーはそれほど書きこまれていなかった。こんなもんかと思っていたら、とんでもない。最後の駅伝でそれぞれが走る際に、一人20Km走っている時に、独白(モノローグ)が始まる。1Km3分弱、100m17秒というシロートならほとんど全力走レベルで、1時間以上走りながら、独白する。己の過去を、将来を、夢を、人間関係を、自問する。そして風のように疾走するのだ。夢を賭けて、己のすべてを賭けて、強くありたいと・・・。

 青春小説の好きなところは、やはり希望があるところか。故障を抱え、このまま走り続けたら一生走れないかもしれなくとも、この一瞬のため、夢を叶えるため、走り続ける若者。若者には無限の未来があり、希望を見る力がある。そんな青春の夢を、この年になっても魅させてくれるお話が、やはり好きだ。
中高生、現役の若者にはもちろん、その昔に若者だった人にも、ぜひ読んでもらいたい物語なのだ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2011/1】ハーモニー

№4 ハーモニー 著者『伊藤 計劃』 ハヤカワ文庫 381頁 ★★★★★

 これはもう、傑作としか言いようがない。文句無しのSFの傑作なのだ。これほどのSFを、しかも日本のSFを読めることは、久しくなかったのだ。日本SF大賞、ベストSF2009第1位、星雲賞日本長編部門受賞。国内のSFを対象にした、ありとあらゆる賞を総なめにした作品なのである。

 「大災禍」と呼ばれる世界的混乱を経た後の21世紀の後半、人類は医療分子モニターを発達させ、病気を完全に克服していた。先進国では事故か老衰でない限り死ぬことはなくなり、人類史上初めて「ユートピア」が築かれたと思われていた。しかしそんな社会に嫌気をさした少女3人は、餓死しようと試みたが・・・。

 これもSFの傑作である「虐殺器官」の著者が、病床で書いた最後の作品である。
 意識とは何か?意識はなぜ必要なのか?社会にとって個人はどうあるべきか?
 こんな根元的な疑問に対して、作者は素晴らしい着眼点で一つの回答を用意している。これは凄いことだ。いったいこのアイデアが、作者だけのものかどうかは知らないのだが、実に説得力のある考え方だ。脱帽した。

 やはりSF作家である瀬名秀明も、傑作「デカルトの密室」、「第九の日」で、ロボット工学やAIを武器に、この深遠なる問いに対して、見事なアプローチを試みていた。伊藤の世界では、人体は社会共有の「リソース」として扱われ、プライバシーがほとんど無い世界として描かれる。テクノロジーの極度の発達により、個人と社会の境界は融合し、社会的モラルが最優先される世界。ここはユートピアなのか、ディストピアなのか・・・。

 人間の持っている感情や思考などは、生物の進化上の産物でしかないと認識し、その先に何があるのか、と冷静に見据える作者。その徹底した付き詰めが、このSFの傑作を生み出している原動力なのだ。
 脳科学、哲学、心理学。あらゆる学問、科学が解明しようとしてきた「心とは何か」の問い。生命進化の頂点に立つ人類社会において、個人の個々の価値判断が、完璧に一致できたのなら、個人の意識は不要なのではないのか。そんな恐ろしいアイデア。そんな素晴らしい考え。
 伊藤計劃の構築する世界は、緻密に計算されている。現代社会の延長線上に出現しても、少しも不思議でない世界。医療システムが高度に発達し、人の生活の中において、生き物として生きるのに必要な行為の大半を「外注化」してしまった世界。そんな世界において、個人の生き方の幅は狭められ、体型までも標準化されている世界。個人と社会は、どう折り合いをつけるべきか?それとも、完璧なる社会を築くためには、個人の意識などは不要なのか?

 そんな哲学的問いを、あらためて考えてしまう、とんでもない小説なのだ。普段SFを読んだことがない人にも、ぜひ読んでいただきたい素晴らしい小説なのである。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2011/1】一瞬の風になれ

№1、2、3  一瞬の風になれ 著者『佐藤 多佳子』 講談社文庫 ①254頁 ②301頁 ③456頁 ★★★★★

いや~面白かった。新年早々から面白かった。ドキドキ、ワクワクさせ、しかも実に爽やかな青春陸上小説。本屋大賞、吉川英治文学新人賞をダブル受賞した、今でも本屋に山積みされている、ご存じの大ベストセラーである。全3巻1000頁越えの大作を、一気に読ませてしまう「力」のある小説である。

 Jリーガーになった兄を持つ神谷新二は、中学まではサッカー漬けだった。その親友で、中学陸上界の天才スプリンターだった一ノ瀬連と共に、同じ県立高校の陸上部に入部した。神谷はサッカーで鍛えた体格を生かし、一ノ瀬と同じ100mを始め、豊富な練習量で頭角を顕してくる。400mリレーでも強豪に競れるようになり、インターハイ出場を目指し、最高の走りを夢見て、がむしゃらに練習していく・・・。

 少しずつ流行りだしていたスポーツ小説を、一気にブレイクさせた小説だけのことはある。実はこの本は、ずいぶんと前に高校生の愚息のために買い与えていたのだが、わが輩自身はずっと「つん読」状態だった。息子がやたら面白いと騒いでいたので気になってはいたのだが、他の本に埋もれて今まで読めなかったのだ。いや~やっと読めて良かった。感動した。もっと早く読めば良かった。

 佐藤多佳子の小説は、以前「しゃべれども しゃべれども」を読んでいる。この新人落語家のお話も、非常に面白く感動できる、★★★★★小説だった。しかし佐藤多佳子は、文学賞を多数取れる実力派作家、という印象はあるのだが、どうも地味なイメージがあった。なので、陸上競技を題材にした小説を書き、しかも大ベストセラーとなるとは、意外なことだった。

 この最近流行のスポーツ小説は、アスリートの心情を書き込むので、その競技の未経験者が書けるとは、どうしても考えられなかった。高校ボクシング小説の傑作「BOX!」を書いた百田尚樹は、ボクシング経験者だ。あのベストセラー作家である海堂尊は、大学剣道部の主将だったが、その経験を生かして「ひかりの剣」という剣道青春小説を書いた。人気作家の東野圭吾のデビュー作「放課後」は、アーチェリー部を舞台にしているが、自身が大学ではアーチェリー部の主将だった。

 このように、作家自身がそのスポーツの経験者だからこそ、選手のトレーニング時の心情、試合直前の緊張、試合中の細かな描写や駆け引き、ライバル意識などが、リアルに描けると思っていた。しかし、この佐藤多佳子は、陸上競技に関してまったくの素人にもかかわらず、陸上選手の気持ちを見事に描写しているのだ。しかも男子高校生の入学から3年間という最も多感な時代を、親友・チームメイト・コーチなど含め、実に納得いく描き方をしているのだ。これは凄い。なんでここまで若きアスリート達の、細やかな描写ができるのだろう。と思っていたら、文庫版の最後に「特別座談会」と称した「おまけ」があり、その中で作者が何と四年をかけて神奈川にある高校陸上部に通い、取材してきたと書いてあった。これはこれで凄いことだが、そこまでしないと、これだけの力作は書けないのだろうな。

 実は我が輩も、中学・高校・大学・社会人と通算で二十年以上もの間、卓球をやり続けてきた。インターハイまではとても出られるレベルではなかったが、それなりの戦績はあった。なのでアスリートというか、スポーツ選手の心情や、試合前の緊張と興奮は、肌身で理解している。決勝戦直前に、会場全体がシーンと静まり返り、緊張が一気に高まる感覚などは、今でも覚えている。

 この「一瞬の風になれ」は、そんな当時を思い出せてくれるほど、最高にリアルで白熱した競技を描き出した傑作なのだ。スポーツ好きはもちろん、老若男女どんな人にもイチオシの逸品である。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2010】美女と竹林

№58 美女と竹林 著者『森見 登美彦』 光文社 328頁 ★★★

 あの森見登美彦の、妄想が炸裂する「エッセイ」なのだ。「太陽の塔」で日本ファンタジーノベル大賞を受賞してデビューし、怪作「四畳半神話大系」を出し、傑作ラブコメ「夜は短し歩けよ乙女」で、人気急上昇中に書かれたエッセイだ。

 ま~中身は、竹林の手入れをするためにど~したこ~したという、作者自身で語っているように、無益で中身がなくヒマつぶしにしかならないしろもの。実際の出来事と、作者の妄想が入り乱れ、友人や編集者を巻き込み、無理矢理文章にした感がある。ホントは★レベルなのだが、それでも「森見ワンダーランド」とも言える、独特の文体はまだ健在で、その表現力だけで★★★。今まで森見の作品を読んだことの無い人には勧めないが、最低でも森見作品を3冊以上読んだことがあれば、ニヤリと楽しめるはず。

 そういえば、ライバル万城目学の初エッセイ「ザ・万歩計」も、出だしこそシロートっぽかったが、それでも次第に筆の滑りが良くなり、終わりの方はエッセイらしくなっていたもんだ。ま~浅田次郎の爆笑エッセイ「勇気凛々ルリの色」とは比べくもないのだが、デビュー直後から書き始めたという意味では同じはず。しかしそれまでの人生経験の厚みがまったく異なるのだ。浅田は自衛隊出身も異例だが、アパレルの営業やらヤクザ紙一重の不動産業、金融業と豊富な経歴の持ち主。森見は、大学出たてホヤホヤで、数年の社会経験しかない。この差は歴然で、やはり経験の幅の違いがエッセイの中身の差に現れてしまうのだろう。

 四畳半にこもって妄想していた森見に対して、同年代の万城目学は、世界を放浪してきた行動派。なので、まだ自身の体験に基づいたエピソードを万城目はイロイロ書ける。編集者からお題やら竹林手入れやらを仕掛けてもらわないと、何も書けない作家も珍しい方なのだが・・・。

 作家は若いうちにデビューしてしまうと、すぐに枯れてしまう、というのが我が輩の経験則。様々な社会経験を積んだ後に作家デビューした方が、人生の引き出しが多数ある分、長持ちする。百田尚希は、大傑作「永遠のゼロ」でデビューしたが、長い放送作家としての下積みがあった。
 もっとも何事も例外があり、直木賞作家・桜庭一樹は、十代でライトノベル作家としてデビューしているが、希有な読書家としても知られ、部屋に閉じこもっても豊富なストーリーを紡ぎ出し続けている。想像力というか創作力というか、妄想力に長けているのだろう。恩田陸もそうだが、女性の作家にこの手のタイプは多い。

 そういった意味では、エッセイはその作家の実力を現してしまう作品なのだろうな。エッセイは通常週刊誌や月刊誌に掲載するので、毎回締め切りに追われることになる。締め切り間際に苦し紛れで書く文章には、つい作家の本音がのぞいてしまう。楽屋落ちになりかねない文章も、その作家のファンならそれもまた、楽しみというもんだ。森見ファンなら勧めなくても買うだろうが、新人作家の生態を知りたい人もどうぞ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2010】宇宙は何でできているのか

№57 宇宙は何でできているのか 著者『村山 斉』 幻冬舎親書 226頁 ★★★

 「素粒子物理学で解く宇宙の謎」という副題の、限りなくスケールが大きく、かつとんでもなく小さな世界のお話。
 宇宙を形成する最小単位「素粒子」。宇宙誕生直後、極小で高温高圧の火の玉から、現在の宇宙を形成していく膨大な時間の流れも、素粒子の種類やその法則が解明できれば、解き明かせるはず。そんな信念の元、多くの物理学者が莫大な時間と予算を駆使して、宇宙の謎に挑んできた。

 この本は、素粒子物理学の基本中の基本を、数式も使わずに易しく解説してくれる、評判の新書なのだ。「宇宙はどう始まったか」、「宇宙はこれからどうなっていくのか」など、人類永遠の疑問に対して、最新の理論を紹介しながら答えていく・・・。

 ま~それにしても、素粒子物理学は直感的に理解しづらい概念ばかりだ。ニュートン力学や電磁気学までは、感覚的に受け入れやすいし、学校で学ぶので理解しやすい。しかしその後発展してきた不確定性原理あたりから直感的に受け入れづらくなってくる。電子が原子核の周りを回っているの原子のモデルも、ま~こんなもんかで良いのだが、原子核がさらに素粒子で構成され、さらに多種類の素粒子が見つかると、その構成原理を求めてモデルが構築されていくとなると、なんだかな~~。

 我が輩が中学生の頃、物理学が流行ったような記憶がある。我が輩も高校生になると、講談社のブルーバックスから出ていた「特殊相対性理論入門」や不確定性原理の解説本「マックスウェルの悪魔」などを読みあさったもんだ。当時は高度経済成長も華やかりし頃で、科学万能の時代だった。物理学の世界は全盛期で、新発見が相次いでいた。それこそ何でも科学技術が解決できると、みな信じていた時代だった・・・。

 たしかそのころから、素粒子の話は読んでいたのだが、この最新であるはずの素粒子論の解説本で、紹介される知識の大半は、20年以上前に解明された話ばかりだ。ま~ニュートン力学から説き起こすのだから、話は長くなるのは当たり前なのだが。やはり、専門家でない人に素粒子を説明するのに、いきなり「クオーク理論」からでは、誰も読まないだろうからな。

 最近読んだ機本伸司のSF「スペースプローブ」でも、暗黒物質やニュートリノをネタに使っていた。そういえば、やはり機本伸司の「神様のパズル」に登場する、宇宙シミュレーターが、この新書で実際にあることを知り、ビックリした。数式モデルさえ構築できれば、宇宙誕生からその終焉までシミュレートできるのは、理屈ではそうなのだが、コンピューターの発達により、現実になってきたことは凄いことだ。

 しかし素粒子物理学は、数千億円を投じてサイズが30Kmを越える装置がないと、実験すらできなくなるほどの巨大な学問になってしまった。人類の飽くなき探求心は、いったいどこまで続くのだろうか・・・。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2010】ゴールデンスランバー

№56 ゴールデンスランバー 著者『伊坂 幸太郎』 新潮文庫 690頁 ★★★

 ご存じ2008年本屋大賞受賞のベストセラー。山本周五郎も受賞している、伊坂幸太郎のエンターテイメント巨編である。

 大衆に人気の首相が、地元の凱旋パレード中に、ラジコン・ヘリで爆殺された。首相暗殺犯人の濡れ衣を着せられた青年・青柳は、異様に暴力的な警察の、執拗な追っ手から必死に逃亡するが・・・。

 「告白」の前年に、本屋大賞を受賞した、人気の伊坂幸太郎作品である。この物語は、とにかく「逃げまくる」話だ。結末は最初の方に書いてあり、本筋はその逃げっぷりを、テンポ良くスリリングに描いている。登場人物たちは、いつもの伊坂の作品のように、個性的というか変人ばかり。饒舌な会話もエスプリというか、皮肉な表現の連発。逃走劇は、予想通りに二転三転し、ラストまで突き進んでいくのだ。

 最近の伊坂作品は、総じて暗い未来を描いている。独裁者が出現する「魔王」、地球最後の日「終末のフール」などなど。
 ま~デビュー当初から、案山子がしゃべったりしていたので、かなり変わった世界ばかり創ってきた作家だった。なので最近の作品の方が、まだまともといえば、まともな世界なのだが・・・。
 とにかくこの「ゴールデンスランバー」の世界は、警察がITを駆使して徹底した監視社会を実現した、近未来の日本を描いている。あたかもノーベル平和賞の授賞を、国家が全力で抹殺しようとしている、今の中国のようだ。

 伊坂幸太郎は、小泉首相が圧倒的人気を誇ったときに「魔王」を書き、独裁者の出現を憂いた。犯罪防止の為に、監視カメラがいたるところに設置されるようになると、この「ゴールデンスランバー」を書いている。今度は、国家による監視社会の到来を憂いているようだ。
 このテーマは、「1984」が書かれた時代からある、古典的なテーマだ。実際に徹底した監視社会を、実現できるだけのITツールが手にはいるようになった現代では、中国の姿を見れば分かるように、非現実的な話でなくなってしまった。
 例えば、iPhonのようなスマートフォンのユーザーからは、位置情報による行動履歴、連絡先から通話記録、果ては顔写真まで、電源が入ってさえいればありとあらゆる個人情報を、簡単に収集可能なのだ。怖いのは実際に収集されてもユーザーはまったく気がつかないことだ。現状でスマートフォンのOSは、100%アメリカ製なので、テロ対策と称して、こっそりそんな機能が入っていても気がつかない可能性はある。ま~話が逸れたが、そんな事を思い起こさせるお話であった。

 そういえば、最近は直木賞を受賞するよりも、「本屋大賞」を受賞した方が確実に売れるようになってしまった。先日の朝日新聞の文化コーナーに「崩れゆく壇の権威」という記事にあったのだが、その記事では、2004年に始まった「本屋大賞」と「直木賞」の受賞作品の発売部数を比較し、はるかに「本屋大賞」受賞作品の方が売れていることを、数字で示していた。
 ま~さもありなん、という記事なのだが、確かに本屋大賞の受賞作は確実に面白かったし、読んできた。「博士の愛した数式」、「夜のピクニック」、「東京タワー」・・・。2009年の受賞作「告白」は、大ベストセラーになり、アッと言う間に文庫化されしまったのは、記憶に新しい。

 気がついたら、今までの「本屋大賞」受賞作は、文庫になったら確実に読んできた。しかも、★★★★以上ばかりだった。しかし今回の「ゴールデンスランバー」は、★★★。我が輩としては、伊坂幸太郎作品は常に読んできたのだが、その中でベストだとは思っていないからだ。
 キャラがいつも同じでデビュー直後の新鮮味が薄れたのか、読後の後味が良くなかったのか、明確ではないのだが、傑作とは思えなかった。しかし一般的には非常に評価が高いので、ま~我輩個人の好みの問題なのだろうな・・・。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2010】木漏れ日に泳ぐ魚

№55 木漏れ日に泳ぐ魚 著者『恩田 陸』 文春文庫 298頁 ★★★

恩田陸にしか書けない、たった一幕の会話劇。千明と千浩。まだ若い男と女の心理ドラマである。
 夜のアパートで幕が開ける。明日から別々に生活することに決まった、最後の晩、夜を徹して語り合う男女。もしかしたら、どちらかが人殺しだったかもしれない。疑心暗鬼の濃密な心理劇の末に、訪れる真実とは・・・。

 僕が恩田陸を気に入ったのは、初期の頃の作品「黒と茶の幻想]とか、「木曜組曲」のような、傑作会話劇を読んでからだ。男女のグループが、山を歩きながらひたすら会話をするだけの話とか、家の中で姉妹たちがおしゃべりするだけの話で、これほどスリリングな小説を書けるとは凄い、と素直に驚いたのだ。

 これらの小説は、登場人物の誰かが秘密を抱え、会話に嘘を交ぜたり、人を疑ったりすることでサスペンスを盛り上げている。しかし、この「木漏れ日に泳ぐ魚」ではさらにシンプルとなり、登場人物はたったの二人。しかもアパートの部屋で、一晩語り合うだけというシンプルな構成だ。たったこれだけの舞台装置で、小説にしてしまう恩田陸の職人芸には、感心してしまったのだ。

 最初、この二人の関係性は隠され、会話を続けることで、次第に読者に秘密が明かされていくわけだが、この導入部分の緊張感ある会話が上手い。千浩と千明が交互に語る形式なので、お約束として自分には嘘をついていないはず。だから秘密は無いようにも思えるのだ。しかし事件は起きており、益々謎は深まっていく・・・。ま~ネタばらしをするわけにもいかないので、これ以上ストーリーを語れないのも困ったもんですね。

 二人の会話の中身は、恩田陸にしては意外に珍しい男女の愛憎劇だ。しかし、やはりというか女性側の心理描写のほうが上手い。男は単純というか、いわゆる草食系男子の煮えきらない愛情パターン。しかし女性の方は、「好き」という心理を微細に自己分析してしまい、どこに本音があるのか、自分でも分からなくなってしまう。ま~感情というやつをいくら分析したところで、正解があるわけではない。堂々巡りに陥るだけだろう。

 恩田陸は、そんな揺れ動く女性心理を鮮やかに描き出している。僕たちのような男にとっては、ほとんど理解不能な女性の言動も、恩田陸の筆力にかかると、理解できたような気分にさせられてしまう。見事なもんだ。
 会話が上手い作家は数多くいるが、場所を固定して、会話だけで小説を成り立たせることができる作家は少ない。ポンポンとテンポよい会話や、やたらセンスがいい会話とか、会話が主体の物語は多数ある。しかし、秘密の核心に触れず、会話の中身は普通のおしゃべりのように見せ、しかも緊迫感を醸し出す物語は少ない。恩田陸の芸術的職人芸には脱帽してしまったのだ。

 この作品は、恩田陸の膨大な作品群の中で、特に傑作というほどではない。しかし、時々ある竜頭蛇尾な結末に陥ることもなく、安心してお勧めできる心理サスペンスなのであった。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2010】利休にたずねよ

№54 利休にたずねよ 著者『山本兼一』 PHP文芸文庫 540頁 ★★★★


 2009年に第140回の直木賞を受賞した作品なのである。教科書でしか知らなかった歴史上の人物、千利休の生涯を描いた大作なのだ。

 織田信長の後を継ぎ、豊臣秀吉が天下を盗ろうと、のし上がる戦国時代、茶の湯を極めようとした男「千利休」。天下一の茶頭へと昇り詰め、そのあまりに鋭い美意識ゆえに、時の権力者・秀吉に睨まれ、最期は切腹に追い込まれる。その伝説の生涯を、時を遡る独特の叙述で描き出す、歴史小説である。

 正直、これほど面白いとは思っていなかった。歴史ものを、最近あまり読まなくなったせいもあり、なかなか手が出なかったのだが、ま~直木賞もとってることだし、タマには読むか、とそれほど期待はしていなかったのだ。しかし意外にも、戦国時代に開花した日本固有の美意識・侘び寂びの世界に、ぐいぐいと引き込まれてしまったのだ。

 この小説の最大の特徴は、その語り口にある。ネタバラシしているようだが、最初の数ページを読んだだけで、時を遡りながら語ってことが分かるので、未読の人でも支障はないはず。
 冒頭で、いきなり利休が切腹を言い渡される。そして少しづつ時を戻し、どうしてそのような事態に陥ったか、利休と秀吉の関係を軸に、美意識の権化のごとき利休、絶対的権力者・秀吉が、相互に依存しながらも確執と対立を重ねていく様を、端正で格式高い文章で語るのだ。

 この全編に渡って時を巻き戻す手法は、桜庭一樹の「私の男」が有名。どちらが先にこの手法で書いたかというと、2008年第138回直木賞受賞作が「私の男」なので、桜庭一樹が一足先に発表している。しかし山本兼一がこの大作を書き上げるにはかなりの期間を要しているはずなので、別にこの手法を真似たわけではないのだろう。

 それにしても伝説の人物・千利休の生涯を描くのに、冒頭で利休に自刃させ、その理由(わけ)を「謎」とし、あたかも倒叙ミステリーの如く描く筆力は凄い。歴史小説であり、結果は分かっているので、若い頃の時代から、順にその生涯を書き、利休がどうしてそのような感性や美意識を持つように至ったかを描いても良いはずだ。というか、それが素直な書き方だ。しかしそれでは、普通の歴史小説になり、インパクトがなく、読者を引き込むには若干弱いと思ったのだろう。

 この小説で描かれる利休像が、どこまで本物に近いのかは、もちろんわからない。莫大な時間をかけ、史実を詳細に調べあげたのだろうが、もしかしたら大半は、作家の想像なのかもしれない。しかし利休像を、このように美意識の塊のように提示されると、非常に説得力がある。侘び寂びと言いながら、その内に芳醇で艶やかな美を秘め、「茶の湯」として磨き上げる美意識。

 小説のエピソードの中に、こんなのがあった。秀吉と接見したバテレン使節が、茶の湯で用いられる高額な小壷を見て、「他に多数ある小壷の中と、なにが違うのか」と尋ねる。すると利休は、「わたしが選んだ品に、伝説が生まれます。」と答える。ただの土くれをこねただけのものを、利休が美しいと言えば、芸術品となるのだ。
 審美眼に対するとんでもない自信と、孤高の美意識である。そして日本人として、この独特の美学を、気迫を持って示した作者の力量に感嘆するのであった。

 蛇足だが、利休切腹の日は1591年2月28日とある。そして1月20日を「切腹のひと月と少し前」と書き、「うたかた」の章の1月18日を「切腹のふた月と少し前」とある。おかしくないですかね?

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2010】輝く夜

№53 輝く夜 著者『百田 尚樹』 講談社文庫 210頁★★★

傑作「永遠のゼロ」でデビューし、「ボックス」で圧倒的人気を得た、百田尚樹の初めての短編集。クリスマスイブの夜に繰り広げられる、五編の心温まる奇跡のお話なのだ。

「魔法の万年筆」不運続きの恵子は、ホームレスの男から、施しのお礼にと三つの願いが叶う魔法の万年筆をもらい・・・。
「猫」クリスマスの夜、派遣社員の独身女性は、あこがれの青年社長と残業することになり・・・。
他に、「ケーキ」「タクシー」「サンタクロース」と、不運な独身女性の、聖夜に起きた奇跡のお話。

 百田尚樹は、希望ある話を書きたいのだそうだ。人間の醜さや愚かさばかり描くお話では、小説として意味がないと言う。まさにその通りの、温かで泣かせる短編ばかりである。

 ま~しかし、同じコンセプトのお話が五つもあると、さすがに食傷気味になる。短編集にするなら、違うテイストの作品も入れた方が良いはず。せっかく一つ一つの作品は、純度が高いのに、並べてしまうのはもったいない。奇跡は滅多に起きないから奇跡なのだ。毎回起きると冗談になってしまう。

 同じような泣かせる短編集なら、浅田次郎の傑作「鉄道員」がある。こちらは、様々な境遇の人が様々な体験をするので、非常にバラエティに富んだお話になっている。しかも人生経験に裏打ちされた、鋭い人生観が、読者に深い感動を与えてくれる短編集なのだ。

 百田尚樹は、「永遠のゼロ」「ボックス」と、素晴らしい作品を二つも立て続けに上梓できる実力派だ。どうせ短編集を出すなら、構成をチョットだけ変え、別のパターンの短編を混ぜるだけで、一つ一つの短編が輝きを増すはず。

 ま~これは、ワガママな読者の勝手な言い分か。読者によっては、特に女性なら、このようなお話ばかり読みたいのかもしれませんが・・・。
 厳しく冷たく世知辛い世の中で、せめて温かな夢でも見てみたい独身女性に、お薦めの佳品でした。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2010】ホテルジューシー

№52 ホテルジューシー 著者『坂木司』 角川文庫 366頁 ★★★

「引きこもり探偵シリーズ」で多少有名な、坂木司の連作短編集である。歯医者さんを舞台にした連作短編集「シンデレラ・ティース」と、対をなす小説でもあるのだ。

 しっかり娘のヒロちゃんは、夏休みのアルバイトとして那覇のゲストハウスでアルバイト。テキトー男のオーナー代理に、双子で元気な老掃除人たちに囲まれ、まじめで一本気のヒロちゃんの奮闘が、続くのだった・・。

 相変わらず、坂木の小説の主人公はよく泣くな~。坂木司との出会いは「引きこもり探偵三部作」だったのだが、主人公が男なのによく泣くのには驚いたもんだ。ナイーブで純真なのは分かるが、なんだかね~。

 今回の主人公は、女子大生なので、辛いときに泣くのに違和感はない。また、世話好きで昔気質で頑固な性格という、今時でないキャラでもあり、分かりやすい性格だ。

 坂木司は、デビュー作では探偵役を登場させ、とりあえずミステリーの形式をとっていた。しかしその後は、舞台をクリーニング屋、歯科医、宅配便、ミニホテルとミステリー小説にしては、珍しいというか地味な職業を選んでいる。そしてその業界特有の知識を生かした、「日常の謎」系ミステリーを書いているのだ。ま~ミステリーといっても、謎らしい謎もなく、謎解きそのものを期待してはいけない。どちらかというと、その地味な職業で奮闘している、青春物語風の軽い小説となっている。

 この「ホテルジューシー」も、正義感がやたら強く、あまりにも真っ直ぐで堅いヒロちゃんが、いーかげんなオーナー代理に憤慨し、怪しげな客に怒り、傷つき、奮闘する物語なのだ。そして、沖縄の美味しそうな料理をふんだんに紹介し、独特の気候や風習を交えながら、ヒロちゃんの堅い心が人にもまれることで、成長していくお話になっている。
 人を信じられないぐらいなら、騙されたほうがまし、という読者向けの、清清しい読後感を持つ小説でした。

| コメント (1) | トラックバック (0)

【2010】ジウⅡ

№51 ジウⅡ 著者『誉田 哲也』 中公文庫 400頁 ★★

誉田哲也の出世作「ジウ・シリーズ」の2作目である。最近「ストロベリーナイト」がTVドラマ化され、誉田哲也も益々注目されているようだ。

 連続児童誘拐事件の黒幕であるジウを追っている警視庁は、取り調べをしているうちに、背後に巨大な闇の組織が存在していることに気がついてきた。誘拐犯を壊滅させた基子は、階級を上げSATを離れたが、闇の組織が基子の破壊力に目をつけてきた。

 しかしこのジウシリーズは、一作目を読んだときは、ドンドンパチパチの単なる活劇小説だと思っていたのだが、二作目になると意外な展開をみせてくる。犯罪小説や警察小説、ハードボイルドなどのエンタメ系小説は、その犯罪の手口や意外な犯人、派手なアクションなどで読者を楽しませる。なので普通は、犯人の思想信条などはどーでもよく、犯行時の仕掛けや意外な真相を重視している。しかし、このジウ・シリーズは、一作目が個性的なキャラが活躍するポリスアクションだったが、二作目になると様相が変わる。単独犯と思われた犯人の背後に、異様な思想が見え隠れし、警察の捜査活動の途中に、猟期的で残虐なシーンが挿入されてくる。あまりに血塗れで異常なシーンが多いので、気分が悪くなるほどだ。

 ま~これほどグロい話が多い小説も珍しい。というか、久しぶりに読んだ。もちろん世の中には、異様な風俗を描いた血生臭い小説が多数あることは知っている。昔の村上龍の小説にも、いくつかあった。グロは我が輩の好みではないので、猟奇物は避けてきたのだが、まさかこのジウがこんな展開になるとは思っていなかったのだ。

 なんだかな~。「武士道シックスティーン」の誰かの感想で、誉田哲也の小説で人の死なない話を初めて読んだ、というのがあったなあ。せっかく才能のある作家なのに、こんな趣味だと知ったら、他の作品は読む気が失せてしまったのだ。
 しかし、こんなに人体を切り刻むシーンが無ければ、小説としては構成も展開も登場人物も水準以上なので、楽しめたはず。ま~これは純粋に好みの問題なのだろうな。

| コメント (0) | トラックバック (0)

«【2010】日本辺境論