« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

【2008/10】ユージニア

№68 ユージニア 著者『恩田 陸』 角川文庫 P420 ★★★

 『第59回日本推理作家協会受賞作』なのである。いかにも恩田陸らしく、巻頭詩、真犯人は誰かという謎、引き込まれるミステリアスな雰囲気、各章で異なる何人もの語り手。さすが、というか恩田陸ワールド全開なのである。
 かつて、ある地方の名家で起きた大量殺人事件。犯人は逮捕されたのだが、数十年経ち、関係者のインタビューから次第に浮かび上がってくる真実。いったい真実を語っているのは誰で、いったい誰が真犯人なのか・・・。
 やはり恩田陸の魅力は、巻頭から醸し出される妖しい雰囲気と、最後まで続くミステリアスな謎にあると思う。そして、この2点が無かったらミステリーとしては認めないのが我輩の持論なのである。昨今は、徹底したロジックで犯人を突き止めたり、謎らしい謎も無く、ラストの大ドンデン返しで読者を欺くという、トリッキーな作品が目に付く。ま~これも近年のミステリーブームのおかげで、大量のミステリーが粗製乱造され、生半可なトリックやワンパターンのストーリーでは読者を満足させられなくなったためでもあるのだが。それにしてもだ、ミステリアスな要素も無いトリック小説を、ミステリーと言って欲しくはない。例えラストに意外な結末があったとしても、謎が最初の段階で提示されなかったり、妖しい雰囲気がまったく無かったりしたら我輩の評価は低い。これはもう純粋に好みの問題であって、作品の世間一般的評価とは異なってるとは思うが。しかしこの点においては、我輩の価値観においては、恩田陸の「ミステリー」は総じてミステリーらしいミステリーばかりなのだ。
 この作品もというか、この作品は特に構成が凝っており、いわばマニア向けのミステリーとなっている。数十年前に発生した事件の関係者にインタビューする形式なので、各章で語り手が異なり、しかも真実がどこにあるのかが結局最後まで明かされままなのだ。まあ暗示してはいるのだが、明示はしない。このあたりが、人によって評価が分かれるところか。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2008/9】ミッキーマウスの憂鬱

№67 ミッキーマウスの憂鬱 著者『松岡 圭祐』 新潮文庫 P276 ★★

 今では30冊近くまで達した大ベストセラー「千里眼」シリーズで有名な松岡圭祐が、意外なことにディズニーランド(TDR)を舞台にした青春ものを書いた稀有な作品。別にTDRの裏側を暴く目的で書かれたわけではなく、TDRのバックステージというあまり知られていない世界を描いた、いわゆる青春物語なのである。
 TDRでアルバイトをすることになった若者が、念願叶って巨大テーマパークの裏方として働くことになった。夢と希望に胸を膨らませて働き始めたが、パレードに出演するキャラクターの着ぐるみを着付けるだけという仕事の現実に、最初は戸惑うばかりだった。しかし様々な出来事に出会い、次第に裏方としての役目を認識することで、裏方としての仕事に誇りを持てるようになっていくのだったが、TDRを揺るがす大事件に巻きこまれ・・・。
 開園して25年経ち、数万人も働いているにもかかわらず、未だに秘密のベールに包まれている巨大テーマパークがもうひとつの主人公。夢と魔法の世界を保つため、開園当初から徹底した情報管理をしていたTDR。このため、意外とこのTDRを舞台にした本が少ないのは確か。そう言った意味では、この『ミッキーマウスの憂鬱』は珍しい小説なのだ。ここには、ほとんど知られていないテーマパークのバックステージが詳細に描かれ、そこで働く多数の若者たちを生き生きと魅せている。しかも松岡圭祐らしくTDRが危機に瀕し、やる気だけは人一倍ある主人公が、奔走して危機に立ち向かっていくサスペンスもある。
 小説の持つ楽しみには大きく2つあり、ストーリーそのものの持つ面白さと、その背景にある未知の世界を知る楽しさがある。作家は綿密な取材をすることで、その世界観を構築し、ディティールを積み重ねることでリアル感を生み出す。もちろんその世界の専門家の目から見たら、細々とおかしなところが目に付くだろうが、どうせシロートには知る由も無いし、とにかく面白ければよいのだ。この作品でもミッキーの扱いや着ぐるみの管理など、いかにもそれらしく描かれてはいるが、実際のところは作家の想像力の賜物なのかもしれない。ま~この小説は古典的青春もののストーリー展開なのだが、TDRの裏方を垣間見ることができる情報小説としての価値の方が高いような気もしたのだった。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2008/9】天切り松 闇がたり

№62 天切り松 闇がたり第一巻 闇の花道 著者『浅田 次郎』 集英社文庫 P275 ★★★★★

№63 天切り松 闇がたり第二巻 残侠 P298頁

№64 天切り松 闇がたり第三巻 初湯千両 P301

№65 天切り松 闇がたり第四巻 昭和侠盗伝 P294

№66 天切り松・読本 P223

 これはもう、誰がなんと言っても傑作なのだ。愉快な極道もの『プリズンホテル』を今年読み、浅田次郎を再発見できたことはとてもラッキーなことだった。なにせ、浅田次郎が自ら代表作と言っている、この『天切り松 闇がたり』を手にすることができたのだから。そして、期待通りに見事にハマッテしまったのだ!
 大正ロマン華やかなりし時代、天下のお宝だけを狙い、貧しい人々には救いの手をさしのべる義賊「目細の安吉」一家がいた。義理と人情に命を賭け、粋でいなせな怪盗たちの胸のすく大活躍。安吉一家の生き残りの老人・松蔵が、獄中で六尺四方にしか届かないという「闇がたり」を用い、生き生きと現代に蘇らせる、そんな短編シリーズなのだ。
 何が良いって、生粋の江戸っ子が語る江戸弁が気持ち良い。江戸から明治に移り、やがて華やかな大正時代の幕開けの頃、まだまだ東京には江戸の情緒が残っていた。「ちょんまげ」を結っていた江戸時代は、はるか昔のイメージがあるが、たった140年ほど前のこと。我輩の祖母は102歳で大往生したのだが、祖母たちが子供のころの時代は、まだそこかしこに江戸が息づいていたはず。ましてや大正から昭和にかけての時代なら、江戸時代に生まれ育った人なんぞ、まだまだ普通に暮らしていたはず。そんな時代だからこそ、江戸弁の啖呵がよく似合う。「こちとらまだ盗人の施しを受けるほど老いぼれちゃあいねえ。また大川にほっぽっちまうだけだぜ。親にくれる銭があったらよ、吉原にでも繰り出して男を磨いてきやがれ、このうすらとんかち」(百万石の甍より)
 この『天切り松シリーズ』には『天切り松・読本』というガイドブックの文庫まである。コアなファンが大勢いるのだろうが、我輩も思わず見つけたときには素早く買ってしまった。このガイドブックが、これまた良くできており、物語の舞台である帝都東京や登場人物の紹介。当然歴史的背景の解説はあるが、さらに物語に良く出てくるグルメ案内まであり、如何に作者が当時を入念に調べ上げていたのかが分かる。
 ま~何事も過ぎてしまえば、昔は良かったの昔話に大抵はなってしまうのだが、それにしても戦前というと、どうしても大東亜戦争に突き進んでいく、暗く耐久生活に耐え忍んだ生活のイメージがある。しかし実際には、この小説に描かれているように、大正から昭和初期にかけての十数年間は、モガ・モボが出現したように自由で華やかな時代だったようだ。つまり映画を通じて輸入されつつある陽気なアメリカ風俗と、粋でいなせな江戸文化が混在する、華麗で不思議な時代を背景に、この小説は成り立っているのだ。否、作家・浅田次郎にとっては、この時代そのものが主役であり、登場人物はあくまで脇役にしかすぎないのであろう。それほどまでに、この時代の雰囲気を見事に活写している。読者がこの時代にあこがれてしまうほどにだ。
 我輩がお気に入りの話に、『白縫華魁』がある。松蔵の姉が父親の博打の借金のかたに吉原に売られ、華魁(おいらん)になった末の悲劇。感涙ものの話も素晴らしいのだが、吉原の廓で繰り広げられる絢爛豪華な華魁道中の描写が特に素晴らしい。悲劇を背負った華魁が、そのプライドを高く掲げ颯爽と練り歩く様は圧巻だ。単なるパレードではなく、自由を渇望し、ほんの僅かな望みを胸の奥底に秘めながら、華魁としての虚栄と意地を貫くための、一世一代のお披露目なのだ。世界のどこに、娼窟を華麗な文化にまで昇華してしまった国があっただろうか。あらためて日本古来の伝統と文化を、今の世に再認識させてくれるこれらのお話は、日本人にとって必読の書なのである。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2008/9】魔王

№61 魔王 著者『伊坂幸太郎』 講談社文庫 369 ★★★

 相変わらず不思議な感覚を持つ作家だ、伊坂幸太郎とは・・・。『重力ピエロ』、「アヒルと鴨のコインロッカー』、『チルドレン』・・・、スタイリッシュでセンスの良い会話が身上の作家だが、今回のテーマは重い。この作品には、兄の視点で書かれた「魔王」と、その5年後を今度は弟の視点で描いた「呼吸」の2編が入っているが、主役は『ファシズム』なのだ。
 「魔王」会社員の安藤は弟の潤也と二人で暮らしていた。安藤は、自分が念じれば、それを相手が必ず口に出すことに偶然気がつく。そこで、大衆に熱狂的に受け入れ始めていた野党党首に、近づき始めたのだが・・。
 「呼吸」その五年後、反米に傾斜していく日本で、静かに暮らしている潤也も、ある特殊な能力を持っていることに気が付き、やがて・・。
 う~む、法学部出身の伊坂だからか、政治的要素がかなり濃いお話であることは確か。ファシズムの胎動が聞こえてくる中で、大衆に流されずに考えることが得意な兄は、ささやかな抵抗を試みる。逆に直感に優れた弟も、自分が得た力を社会に向けて行使していく。この作品が発表されたのは、ちょうど小泉首相が登場する直前なのだ。作家は、その時代の雰囲気を敏感に感じ、危険な香りを嗅ぎ取り、作品に投影する。幸いかどうかは分からないが、小泉首相の後は、カリスマとは無縁の日和見大衆迎合型の首相になったため、『魔王』のようには進みそうも無いと思うが。
 しかし何と言うか、いつもの伊坂幸太郎の作品よりフットワークは重く、軽快に読めるわけではない。唐突な終わり方といい、突きつけられた問題の重さもあり、万人にお薦めできる作品ではなかったのだ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

【2008/9】鳥人計画

№60 鳥人計画 著者『東野 圭吾』 角川文庫 388  ★★★

 ただいま絶好調「東野圭吾」が、デビュー後10年経ってもなかなか売れなかった時代、1994年の作品。
 日本を代表する天才ジャンパーが毒殺された。警察の捜査が難航する中で、峰岸コーチを密告する手紙が届く。逮捕された峰岸は、留置場の中で密告者が誰か推理を始めたのだが・・・。
 事件の犯人をすぐにバラしているので倒叙ミステリーかと思いきや、犯行の動機がまったく不明で、しかも密告者探しもあるので、最後の最後まで謎が続くことになる。ただ、とんでもないトリックがあるわけではないので、ミステリーとしてはフツーレベル。しかし、この小説の最大の特色は、ジャンプ競技というマイナーなウインタースポーツにスポットをあて、世界の頂点を極めるアスリート達の過酷な状況と、勝つためには何でもしてしまうスポーツ界に対する問いかけの方にある。スポーツ科学の発展により、トップアスリート達はサイボーグのようになり、勝つためなら人間性なんかは無くてもよいのか、というメッセージが重い。
 凝った構成、予想を裏切るプロット、ジャンプ競技に関する薀蓄とトップスポーツに関する慧眼。どれも水準以上の出来具合なのだが、ミステリー感が足りない分お薦め度は多少低かったのだ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »