【2009/10】新釈 走れメロス

№44 新釈 走れメロス 著者『森見 登美彦』 祥伝社文庫 265頁 ★★★

Photo  『夜は短し歩けよ乙女』で人気沸騰中・森見登美彦のパロディ短編集。いわゆる名作文学を材料に、主人公をすべて「腐れ大学生」に置き換えた短編集なのだ。
 ひたすら誰にも読まれることの無い小説だけを書き続けた腐れ大学生は、やがて行き詰まって山中に逃れ、天狗となった。『山月記』(中島敦)
自分の恋人を主演させ、大ヒンシュクの恋愛映画を撮った大学生を、友人たちや恋人は、勝手な解釈をするのだった。『藪の中』(芥川龍之介)
闇の学生組織「図書館警察」に捕まった友人を見捨て、ひたすら逃げまくる阿呆学生は、やがて捕まり桃色ブリーフで踊る羽目に。『走れメロス』(太宰治)
他に、坂口安吾の『桜の森の満開の下』、森鴎外の『百物語』が元ネタの短編もある。
 ま~『走れメロス』は、教科書に載っているぐらいなので誰でも読んでいるだろうが、それ以外の短編は、いったいどのくらい一般的に読まれているのだろうか。『藪の中』は、映画「羅生門」としても有名なので、それなりに知られているとは思うのだが・・・。
 我が輩はこれでも小学生の頃から大量に本を読んできているが、残念ながら「走れメロス」、「藪の中」以外は題名ぐらいしか知らなかった。なので、オリジナルを知らずしてパロディ本を語れる資格もないのだが、まっいいか・・・。
 それにしてもパロディとしてではなく、単なる短編集として読むと、アホな大学生を主人公にした法螺話ぐらいにしか読めなかった。オリジナルの小説の「構造」だけを借りた短編なのだそうだが、読者としては理屈はなんであれ、ヨ~スルに面白ければよいのだ。
 もちろん原典を知っている方が、より楽しめるのは間違いないだろうが、いかんせん森見ファンの大半は若い女性のようなので、これらの原典を読んでいるとは、ま~あまり思えないのだが・・・。と、これは我が輩の勝手な決めつけで、不遜だとは思うが。とにかく、パロディとしての面白さで読ませるには、「走れメロス」レベルのもっとポピュラーな題材に揃えるべきなのではなかったのかな~?もっとも我が輩が読んでないから、ポピュラーでないとゆう言い方は酷いが。
 なにはともあれ、「友情」ネタのパロディとして楽しめる『走れメロス』は、パロディ小説ではなく、阿呆な大学生を描いたドタバタ小説として読むとしても、この疾走感は面白いのだ。何の感慨も意味も無いバカ話だったが。
 その点、原作を読んだことのない『桜の森の満開の下』は、不毛な大学生活から、せっかく救い出し大成功させてくれた女性から逃げ出す男の話。結婚生活の中に潜む男の孤独感を、上手く描き出して意外に良かったのだ。原典を知らなくても、これはこれだけで成立したお話だった。しかし『百物語』だと、せっかくお話が持っている異様さが、「腐れ学生」のために薄れてしまい、中途半端な印象になってしまっている。全般的には面白いのだが、たぶん原典を読んでいる人の方が、より楽しめたのは間違いないのだ。

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【2009/10】誘拐ラプソディ

№43 誘拐ラプソディ 著者『荻原 浩』 双葉文庫 421頁 ★★★

Photo  荻原浩の2001年の作品。1997年に『オロロ畑でつかまえて』で「小説すばる新人賞」を受賞し、デビューを果たした荻原だが、この作品は5作目に当たる初期の頃の作品。健全なユーモア作品でデビューした後、初期の頃はこの系統のユーモア作品が多く、『誘拐ラプソディ」も、その一連の流れにあるようだ。
 借金と前科だけしか持っていないダメ人間の伊達秀吉。自殺も出来ず、金持ちのガキと思われた・伝助と偶然に出会い、「人生一発逆転のチャンス」とばかりに張り切ったものの、誘拐に成功はなし。警察はおろか、ヤクザやチャイニーズマフィアにまで追われる羽目に。しかも伝助との間に友情まで芽生えてしまうのだった。
 この「誘拐ラプソディ」は、デビュー来のユーモア系統に属しており、二作目の「なかよし小鳩組」で扱ったヤクザネタを今回も使っている。ま~ヤクザネタは、ユーモア作品では定番で、古くは小林信彦の「唐獅子シリーズ」、最近では浅田次郎のロングセラー「プリズンホテル」シリーズが有名だ。
 この「誘拐ラプソディ」は、荻原作品の良い部分のエッセンスが詰め込まれており、ユーモアはもちろん、ホロリとさせる人情話や、先が読めないドタバタ展開など、読者サービス満点の作品となっている。ダメダメ人間の「伊達秀吉」という名前負けする主人公が、ヤクザの息子「伝助」と行動を共にするにつれて、次第にまともな人間になっていく姿も微笑ましい。エグイギャグは、あまり我輩の趣味ではないのだが、『母恋旅烏』ほど泣きを強要せずに、純粋にドタバタ・エンターテーメントとして楽しめることができた。

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【2009/10】シンデレラ・ティース

№42 シンデレラ・ティース 著者『坂木 司』 光文社文庫 309頁 ★★★

Photo_2  ひきこもり探偵」シリーズで知られる坂木司の新作。かなりマイナーな作風なので、創元社文庫でしか知られていない作家だと思っていたら、光文社文庫から出版されるとは・・・、メジャーになったもんだ。
 歯科恐怖症の女子大生の咲子さんは、ひょんなことから叔父の歯科医院でアルバイトをすることになってしまった。優しいスタッフと、丁寧な診療に触れ、次第に恐怖症も克服できるようになってくる。やがて、患者さんにまつわる謎を、歯科技工士の四谷さんと共に解き始めるようになり・・・。
「ファントムvsファントム」「オランダ人のお買い物」「遊園地のお姫様」「フレッチャーさんからの伝言」の短編が4編。
 いわゆる典型的な「日常の謎」派なので、決して人は死なず、細々とした日常における謎を描くタイプだ。北村薫などが代表格だが、北村薫の場合は舞台を明治から昭和初期に置く場合が多く、その時代の日常風景の描写そのものが、特徴にもなっている。
 この坂木司の場合は、探偵役もしくはワトスン役の職業や設定に、ちょっとした工夫をすることで特色を出している。
 「ひきこもり探偵」シリーズは、文字通り探偵役が「引きこもり」という設定。「きれない糸」では、クリーニング店の店員がワトスン役。そしてこの「シンデレラ・ティース」では、歯医者が舞台なのだ。
 名探偵XYZが活躍する、普通のミステリィでは、探偵のキャラも重要だが、殺人に関わるトリックがメインになる。読者はそのトリックを見破ろうと、読み続けるわけだが、「日常の謎」のような作品の場合だと、謎そのものが弱いため、どうしてもそれだけでストーリーを引っ張るのは無理がある。そのため、時代背景や舞台設定などに工夫を凝らすことになる。それでクリーニング店や歯医者などのような、ちょっと特殊な職種を舞台にし、あまり知られていない業界知識を散りばめながら、読者を引きつけていくことになるのだろう。
 ま~読者としては、そんな作者の苦労などはあまり関係なく、面白ければよいのだろうが・・・。
 坂木司の場合は、さらに主人公のキャラにも特徴があり、やたら泣き虫だ。しかも登場人物たちは皆優しく、善人ばかり。この作品で初めて主人公が女性になったが、今時これほど純粋無垢な女の子がいるのか、というほどの純真キャラ。男にとっては都合の良すぎる設定の気もするが、どうなんだろうか。読みやすく健全なので、女性にお勧めしたいのだが、反応がきになるお話でもあった。

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【2009/8】切れない糸

№41 切れない糸 著者『坂木 司』 創元推理文庫 427頁 ★★★

Photo  ひきこもり探偵シリーズでデビューした坂木司の新シリーズである。(もっとも新シリーズであるかどうかは、次作が出来ないと分からない)
 かなりマイナーな作家だとは思うのだが、印象的な連作集だったため、さっそく買ってしまった。前シリーズの「青空の卵」「仔羊の巣」「動物園の鳥」の3部作は、ミステリー度は低いのだが、登場人物がよく泣くという、かなりユニークな青春ミステリーだった。社会的にひきこもり状態にある青年がいわゆる「安楽椅子探偵」なのだが、彼の親友が何とかひきこもり状態から、連れ出そうと奮闘する、というお話だった。
 この「切れない糸」も、坂木らしく人々の善意や温かさを全面に押し出した作品になっている。
 東京下町商店街育ちの新井は、大学卒業間近になっても、なかなか就職先が決まらず、焦っていた。ところが父親が突然倒れたため、家業のクリーニング店を引き継ぐことになってしまった。ところが、このクリーニング店に持ち込まれる衣類から、思わぬ謎が生まれ、喫茶店で働く友人の沢田が解決していくことになる。
 いわゆる「日常の謎」系のミステリィで、決して殺人事件は出てこない。また、ミステリィと言っても、謎を持ち込まれて解決するタイプでもなく、ちょっとした疑問点を解決していくだけなので、大半の読者でも途中で分かってしまうレベルだ。この著者の場合、主眼はあくまでも人の善意を描くことなので、謎の方はどうしても、無理にとってつけたような感じになる。こんな簡単なことを、どうして悩むんだというのも多々ある。ま~しかし、坂木の愛読者たるものは、そんなことは期待していないはず。ひたすら性善説を信じ、ハッピーエンドの大団円だけを楽しみに読んでいるのだから・・・。

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【2009/10】ボトルネック

№40 ボトルネック 著者『米澤 穂信』 新潮文庫 312頁 ★★★

Photo  衝撃的で、突き刺さるほどの痛みを伴う青春小説だ。若いミステリィ作家として注目の、米澤穂信の最新刊(文庫)なのである。「氷菓」などの”古典部シリーズ”や「春期限定いちごタルト事件」などの”小市民シリーズ”など、学園ミステリィで、一躍注目されている作家だ。
 断崖から墜落したはずの高校生のぼくは、目覚めたら金沢の街にいた。不可解な状況で自宅に戻ると、そこにはいるはずのない姉が住んでいた。自分が生まれていなかった世界に紛れ込んだぼくは、自分が生まれてこなかった世界の方が、状況が上手くいっている事を目の当たりにして、苦悩する。
 甘酸っぱさとか、ほろ苦い青春などというレベルの話ではない。血が流れるほど、痛ましい青春を描いている。白岩玄の「野ブタ。をプロデュース」も痛々しかったが、この「ボトルネック」は、さらに絶望的でさえあるのだ。
 米澤穂信にしてはミステリィ度は低い。それよりも、自意識の高い若者の、ある種「通過儀礼」ともいえる、「絶望感」を描くことが主眼となっている。
 自分自身の存在価値を、無理矢理に確認させられ、しかも無価値であると思い知らされるとは、とてつもなく残酷なことだ。テーマとしては、古典的な文学的テーマなのだが、それを直接的に分かりやすい設定で、米澤はお話にしてしまったのだ。後味は決してよくはなく、好き嫌いが出てしまう作品だとは思う。ナイーブな人には、とてもじゃないが薦められない、読むには覚悟の必要なお話なのだ。

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【2009/9】玻璃の天

№39 玻璃の天 著者『北村 薫』 文春文庫 246

Photo_2  ベッキーさんシリーズの第二弾。昭和初期の帝都を舞台に、上流階級の深窓の令嬢・花村英子とお付きの女性運転手・ベッキーさんが謎を解く、連作短編集である。最新作の「鷺と雪」が今年の直木賞を受賞したことで、一躍有名になったシリーズでもある。
 昔から因縁があり、犬猿の仲だった二つの名家。両家の中を取り持つはずだった浮世絵が消失。その消失の謎を解く「幻の橋」
 手紙の暗号を手がかりに、失踪した友人の居場所を探る「想夫恋」
 天窓を突き破って転落した思想家の死の謎を解く「玻璃の天」
 この「令嬢と運転手」のシリーズは、印象としては、北村薫のデビュー作の「円紫師匠と私」シリーズに近い。主人公の花村英子の造形は、「私」と相似系だ。つまり凛とした品格と思いやりの心。利発で好奇心旺盛かつ潔癖性。北村薫お得意の理想の少女像だ。「円紫師匠と私」は、殺人事件とは無縁な、いわゆる「日常の謎」系統のミステリィだったが、この「令嬢と運転手」は、ミステリィに分類されてはいるが、ミステリィ度は低い。
 一作目「街の灯」は、それでも謎解きに中心が置かれていたが、本作となると謎解きはほとんどおまけなようなもので、昭和初期における優雅な上流階級の生活の描写が中心となる。このため、お気楽に読めるのだが物足りなさを感じていた。しかし読み進めるにつれて、次第に重いテーマが浮かび上がってくる。連作短編集なのだが、この徐々に主題が見えてくる仕掛けというか、複線の張り方がすごい。一遍だけ読んでも良くできた短編なのだが、連作を読み続けないと、その本当の素晴らしさには気がつかない。さすが北村薫だ。
 正直なところ、まだ一昨目「街の灯」しか読んでいなかった時期に、このシリーズの三昨目が直木賞を受賞したと聞いて、あまり納得感が無かった。しかし二昨目を読んでやっとこのシリーズのすごさに気がついたのだ。
「幻の橋」で、ヒロインの英子が若い軍人に向かって言う台詞『国家という行進なら、その向かう先は、孔子のいう仁や、あるいは、殺すなかれといった、基本的な徳であるように思えます。それを超えた主義主張を、否応無しに強制された時、行進は、歪まざるを得ないのではないのでしょうか。』
 いくら上流階級の才女とは言え、戦前の14歳の少女が語るレベルとも思えないが、国民と国家の関係を見事に表現していると思う。昭和初期という時代背景だからこそ、その発言の意味は重い。しかも軍人相手にである。
 この「玻璃の天」では、才色兼備のベッキーさんの出生の秘密が明かされるのだが、そこにも思想統制と暴力の影が潜んでいたのだ。この延長線上に直木賞受賞の三昨目「鷺と雪」があるのだから、当然その悲劇性を予想してしまう。一昨目の読後感とはまったく印象の異なる作品に変貌していったが、愛すべきヒロイン英子と凛々しいベッキーさんには、もっと活躍してほしいので、あまり時代に翻弄されてほしくはない、と切に望むのであった。
(ま~さっさと単行本を買えばよいのだが・・・)

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【2009/7】草食男子世代

№38 草食男子世代(平成男子図鑑) 著者『深澤 真紀』 光文社 278

Photo_2  「草食系男子」という言葉も、今では定着した感がある。昨年あたりから流行りだし、今年になってからは、日常的にも使われるようになってきている。我が輩も日経BPオンラインのこのコラムを読んでいたのだが、「草食男子」が「リスペクト男子」や「オカン男子」など、他の言葉と比べても特に目立つ言葉ではなかったと思う。ま~どこかの感度の高いマスコミが、男の子達をくくる最も分かりやすい言葉の代表として、この「草食系男子」を選んだようである。
 この、ある世代をまとめる言い方として最初に流行ったのは、堺屋太一の「団塊の世代」であろう。世界的に学生運動が荒れ狂い「ベビーブーマー」とか「怒れる若者達」とか言われていたのだが、いまだに生き残っている言葉は、この「団塊の世代」だけだ。その下の世代は、70年アンポ騒動が過ぎ去った反動の「シラケ世代」となる。学生運動の残り火が、まだチョロチョロ残っていた頃に学生だった我が輩達は、それこそ「三無主義」だの「五無主義」などと、かつて団塊の連中からは揶揄されていたのだ。ま~今となってはそんな言葉も死語になってしまい、その意味すら忘れ去られているのだが・・・。
 さらにこの世代も過ぎると、今度は脳天気な世代に移っていく。我が輩は勝手に「ひょうきん族世代」と名付け、周りに語っていたのだが、流行らなかった・・・。ま~それはさておき、時代は移ろいバブルが沸き、ハジケ、とうとうロスジェネとなる。こう乱暴に世代を括ると、人の精神状態の移ろいに似ていることに驚いてしまう。否定・反発・怒り・忘我・諦観・・・。個々人を見ていると実にバラエティに富んでいるのだが、日本人総体で見ると実に時代の雰囲気を感じてしまう。
 なので、話を戻すと「草食系男子」という括りは、確かに今の男子の雰囲気を代表する言葉なのだろう。ま~この言い回しは、実に「社会学的」で定性的で、何の定量的裏付けもないのだが。しかし、時代に敏感な小説家は、先行してこのような男子を描いているのだ。例えば、桜庭一樹の「ブルースカイ」では、近未来のアジアの都市に出現する典型的若者として、この「草食系男子」としか思えないような若者を描き出していた。ウブな男の子を主人公とする小説なら、それこそ星の数ほどあるのだが(森見登見彦の小説の主人公はすべてそうだ)、この深澤真紀の「発見」した草食男子とは、明らかに違う。最も異なる点は、女性と接する態度だ。
 青春文学はサリンジャーの時代から連綿と繋がるなる文学の一ジャンルだが、その主人公の大半はウブだ。このウブな男の子は、女の子を口説ける勇気はないが、女の子に対する悶々とした妄想ならフツフツと沸いてくるのが普通だ。しかしこの「草食系男子は」、女性に対してあまりにも淡泊なように見える。今まで主流だった「肉食系男子」と比較してだが。
 ま~それにしても、草食とか言っても本音のところは全く分からないので、単なる奥手の若者なのかもしれない。「戦後強くなったのは、靴下と女だ」と、昔から言われている。ようするに女が強くなった分、相対的に奥手の男が増えただけなのかもしれない。
それとも、ある程度人口密度が高まると、人口をこれ以上増やさないように、オスの性欲が減少する自然の摂理が働いているのかもしれない。
 それにしても、若者について様々なことを思い巡らせることができる本だ。
 

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【2009/6】邪魅の雫

№32 邪魅の雫(上)(分冊文庫版) 著者『京極 春彦』 講談社文庫  421頁 ★★

№33 邪魅の雫(中) 449頁

№34 邪魅の雫(下) 460頁

Photo_3  京極なのである。なにせ分厚い。さすがに1冊で1300頁以上ある文庫版を買う気は起きなかった。電車でこの厚さの本を抱えるのはちと辛いものがあるので、分冊版を買ってしまったのだ。分冊版の方が総額で高いので、出版社の思惑にはめられた感があるが、京極なのでしかたがない。
 ところで今回の主役は、毒薬。”邪魅の雫”と称し、凶器が人を操り人を殺めるというのだ。
 江戸川、大磯で毒殺事件が発生した。その関連性を調査していた青木巡査は、被害者が探偵の榎木津の縁談相手の妹だったと気がつく。続いて平塚でも毒殺死体が発見され、連続殺人の様相を示し始めた。終わりの見えない連鎖殺人の中で、榎木津との関連性も見えない中、次々と容疑者が殺されていくのだった・・・。
「京極小説」とでも言うべき、独自ミステリーの特徴の一つに、謎の荒唐無稽さがある。数百日もの間はらんだままの胎児とか、人間消失とか、どこか異様な謎が中心にある。それが今回は薄い。延々と犯人とおぼしき人物の独白・モノローグが続くのだが、陰陰鬱鬱としたその語りだけで、京極ワールドに読者を引き込もうとしている。今までもこのようなパターンがあったが、その場合は、京極の博覧強記ぶりを発揮し、ひたすら蘊蓄を傾けた話題を開陳していた。
 この『邪魅の雫』では、この部分でも弱い。『鉄鼠の檻』における卓越した禅の解釈、『狂骨の夢』での精神医学の歴史、『塗仏の宴』での妖怪談義、『陰摩羅鬼の瑕』での儒学・朱子学等々・・・。あるテーマに関して、専門家が唸るような鋭い見解を、小説の中の登場人物に語らせ、それが「京極小説」の最大の魅力だった。我が輩もそこが読みたくて、長大な小説を苦労して読んできたのだが、今回はその部分がまったく足りないのだ。
 もちろん時々ハットするような見解も確かにある。「小説と書評に関する関係性」とかは面白いというか、小説家としての意見としてありがたく拝聴できた。また、帝銀事件や石井部隊等の史実を織り交ぜたり、ラストの100頁を使って、事件とは関係のない柳田国男の民族学を引き合いに出し「昔話と伝説、歴史の違いについて」を論じるあたりは面目躍如たるものはある。しかし、これではいかんせん少ないのだ。膨大な文章量のほんの一部でしかない。ま~ファンというものは贅沢なもんで、常に前作を越えて欲しいものなのだ。フツーの小説家だったら、ストーリーと直接関係しない話題を、世間話と称して100頁も書かない。しかしそこは「京極小説」なので、無ければ読者に怒られてしまうのだ。
★★では厳しいかもしれないが、いつもの大長編の割には、謎も蘊蓄も物足りなさを感じてしまったのだった。

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【2009/6】後宮小説

№31 後宮小説 著者『酒見 賢一』 新潮社文庫  303頁 ★★★

Photo_2  これまたぶっ飛んだホラ話である。一読すると、中国王朝時代に書かれた歴史書を、ユニークな解説付きで紐解きながら描いた、王朝絵巻なのだ。しかし、これがなんと全くの偽史なのだから恐れ入る。記念すべき日本ファンタジーノベル大賞第一回受賞作品なのである。
 「乾」の時代の王朝にあった「後宮」。日本で言えば「大奥」なのだが、その歴史的背景とそこに集められた数百名の美女達の物語である。田舎から連れてこられた「銀河」という元気な童女が、「女大学」で格調高い「性教育」を受け、運良くお妃に選ばれる。ところが反乱に巻き込まれ、敵軍に捕まってしまうのだが・・・。
 というのが粗筋。ユニークな登場人物に「後宮」という知られざる場所。そこで繰り広げられる美女達のつばぜり合い。いかにもそれらしい漢文の史実を織り交ぜ、当時の風俗や暮らしぶりをリアル?に描いているので、なかなか信憑性がある。
 歴史マニアでない限り、一般人は後宮の建物の構造やら宮廷の生活ぶり・宦官の権勢について、中途半端にしか知らないはず。そこを逆手に取り、それらしい出典名や漢文の解説、歴史学者の証言などを織り交ぜることで、ファンタジーが歴史書のごとく読めてしまうやり口が新鮮で楽しい。もし、このストーリーをこのような偽史の手法でなく、単なる小説として読んだら、ここまでは楽しめなかったはずだ。だいたいにおいて、物語のボリュームは短編程度しかなく、文章の半分は解説まがいの台詞で占められているのだ。一見して取っつきづらい本に見えるのだが、実は読んで楽しい艶談だったのだ。

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【2009/5】ブレイクスルー・トライアル

№30 ブレイクスルー・トライアル 著者『伊園 旬』 宝島社文庫  415頁 ★★★

Photo  2007年度「このミステリーがすごい!大賞」を受賞した、伊藤旬のデビュー作。言わば、金庫破りサスペンスの現代版なのだ。
 技術の粋をつくしたIT研究所に侵入し、ミッションをクリアすれば1億円が手に入る、という一大イベントが開催されることになった。元IT企業の社員チームや、ひょんなことから紛れ込んだダイヤモンド強盗犯グループなどが参加を表明。生体認証や警備ロボットをはじめ、多数のセキュリティが設置された難攻不落の要塞を攻略するのはどのチームなのか、というお話。
 セキュリティ・アタックという最も今日的なテーマを、豊富な知識でスリリングに読ませる力作だ。肝心のアタックまでの導入部が長いとか、他のチームの描き方が中途半端だ、とかいう弱点はあるが、セキュリティに対するアイデアが豊富でなかなか良い。血生臭いシーンもほとんど無く、スマートな印象もある。ある程度ご都合主義的な展開になることは、この手の小説では仕方が無い。構成を複雑にして先が読めない展開にしているので、若干読みづらいが、デビュー作ということなので、この豊富なアイデアを生かした次回作に期待が持てる有望な作家であった。

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【2009/3】町長選挙

№29 町長選挙 著者『奥田 英朗』 文集文庫  269頁 ★★★

Photo_3   なんと直木賞を受賞してしまったあの怪作「伊良部シリーズ」の第三弾。単なるアホでしかない奇人精神科医が主人公の、連作短編集である。それにしても今回の作品は問題作品なのだ。
 人気プロ野球チームのオーナーで新聞社のワンマン会長が、パニック症候群に陥ったため、伊良部の病院を訪れる。しかし伊良部のいつもの奇行のおかげで、ますます事態は大騒ぎになっていく。という、露骨に読売のナベツネを皮肉ったお話「オーナー」
 IT業界で企業買収を繰り返し、成り上がった若手社長。PC依存症が高じて、手書きで文字を書けなくなってしまった。伊良部と共に幼稚園でひらがなの練習を始めたのだが・・・。ホリエモンの行動そのまんまを描いた「アンポンマン」
 中年女性の星・人気の美人女優「白木」は、若作りに走りすぎ、年齢に異常に反応するようになってしまった。伊良部の元を訪れた白木は、そこの看護婦に毒気を抜かれてしまうのだった。黒木瞳の若作りを皮肉った「カリスマ稼業」
 離れ小島に一時的に赴任した伊良部は、そこの住民を二分する町長選挙に巻き込まれ、なんと引きこもりになってしまう。「町長選挙」
 既にマンネリ化傾向が出てきてしまった伊良部シリーズが、反則技を連発!なんと著名人をネタにしたパロディ小説化してしまったのだ。最初の頃は、伊良部の極端な奇人変人ぶりが珍しかったので、なかなか楽しめた。しかし3冊目ともなると、さすがにこのキャラでも行動がパターン化されてくるので、意外性に乏しくなってくる。そこで、ハデな行動や奇行で有名な著名人に、伊良部をぶつけるという反則技を使ってきた。おかげで、主人公のはずの伊良部の出番は少なく、しかもまったく何の解決もみせず、ただのアホキャラになってしまった。ま~これはこれで、おもしろきゃ何でも良いのだが、ここまで著名人をコケにしても良いのだろうか?という疑問符も若干ある。それこそナベツネあたりに、訴えられかねないひどい書き様だ。おかげで、どこまでこの伊良部シリーズは暴走するのか、言わばそれが次回の楽しみになってしまった、トンデモ連作なのであった。

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【2009/3】鴨川ホルモー

№28 鴨川ホルモー 著者『万城目 学』 角川文庫  299頁 ★★★

Photo  謎の競技「ホルモー」にかける青春と恋!!というのが、オビの文句。今年映画化もされた話題作であり、万城目のデビュー作でもあるのだ。これがなかなか面白い。なかなか面白いのだが、このタイミングで読むと、どうしても森見登美彦の作品と比較してしまうのだ。京都を舞台に、ウブで貧乏な京大生が、ばかばかしいことに精を出す、という設定がまったく同じなのではしかたがない。
 京都のビンボー大学生の安倍は、「京大青竜会」という怪しげなサークルにノコノコと入ってしまった。そのサークルの女子学生に片思いしたためだが、なぜか「ホルモー」という名の大学対抗合戦にまで出場させられてしまう。祇園祭の宵山で、魑魅魍魎を引き連れて、伝統ある戦いの火蓋は切って落とされたのだった・・・。
 ま~ようするに、森見登美彦と同じラブコメ・ファンタジーの世界なのだ。ほとんど同じ世界観の中にあるといってもよいぐらいだ。しかし大きな違いは文体にあり、そうなるとインパクトの差で、圧倒的に森見の方に分がある。ま~「森見文体」と言ってもよいほどの強烈な文体と比較されては、万城目もかわいそうなのだが、ストーリーの割にはちょっと平凡すぎる文体だ。というか、あまりに森見作品と設定が似ているので、大好きな「森見体」を、我が輩が期待しすぎなのかもしれないのだが。
 お話そのものは、今時の大学生の生態を活写することで青春小説としての形態を整え、同時に京都という古都を背景に据えることで、違和感無く魑魅魍魎を跋扈させるという、ユニークな娯楽作品となっている。あまり文学的な香りが無いので、純粋なエンタメになってしまっているが、ま~娯楽作品としては充分に楽しめる、バカバカしくもおもしろい青春小説であったのだ。

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【2009/4】勇気凛凛ルリの色

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№23 勇気凛凛ルリの色 著者『浅田 次郎』 講談社文庫  319頁 ★★★

№24 勇気凛凛ルリの色 四十肩と恋愛 313頁

№25 勇気凛凛ルリの色 福音について 350頁

№26 勇気凛凛ルリの色 満点の星 314

 何ともはや楽しいエッセーだ。ここ半年で浅田次郎の著書を多数読んできたが、どれもこれも非常に楽しめた。しかも、人情時代劇・痛快活劇・サスペンス・ギャグ満載の任侠もの・青春物語・等無節操なほどバラエティに富んでいた。
 1994年から4年間、週間文春に連載されたエッセーは、まだまったくもって売れない無名の時代から始まり、やがて新人賞を受賞、さらに直木賞も受賞し売れっ子作家になっていく過程で書かれている。そのため作家の裏話的な話題が満載で、有名作品・話題のベストセラーがどのように書かれたのかがよく分かる。
 ま~それにしても、この浅田次郎という作家はユニークだ。作家という人種はどのみち奇人変人の類が大半なのだろうが、この浅田次郎は自衛隊出身という経歴からしてかなりの変わり種なのだ。浪人して高卒のまま自衛隊に入隊し、怪しげな金融ブローカーを経て40歳を過ぎてから作家になったという人生経験が、バラエティに富んだ作品に繋がっているのだろう。
 この「勇気凛凛」は、基本は露悪趣味の自虐ネタ満載お笑いエッセーなのだが、週刊誌に載せているのでタイムリーな話題も多い。オウム事件や沖縄米軍基地問題、血液製剤事件、山一証券の破綻などなど、重大事件への言及も多い。かつては日本人なら誰でも知っている話題なので、エッセーでは何の説明もなくいきなりその話題に入るのだが、ほんの十数年前に起きた出来事でさえ、今では思い出すのに苦労する事件ばかりだ。時代が過ぎ去るのがいかに早いかを痛感してしまった。
 この連載エッセー集は、ハゲ・デブなどの自虐ネタ、事件や事故を扱う時事ネタ、そして創作活動の苦労や自身の過去の書いた作家生活ネタ、で構成されている。ま~エッセーなので何でもアリなのだが、さすがに最後の方は息切れがしてきて、マンネリ化になりそうだった。ここで打ち止めなのは致し方がないだろう。とにかくひたすら楽しい、いち押しエッセーなのであった。

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【2009/6】きつねのはなし

№20 きつねのはなし 著者『森見 登美彦』 新潮文庫 323頁 ★★★

Photo  ユニークなラブコメ・ファンタジーで大人気・森見富美彦の新作短編集。最近は、朝日新聞の夕刊に、『聖なる怠け者の冒険』という連載小説まで始めるほどメジャーになってしまったのだ。今回も舞台はいつもの京都だが、意外なことに「奇譚集」なのだ。
 古道具屋でアルバイトしていた青年が、奇妙な古屋敷を訪れると、そこには異様な老人が待ち受けていた。そこで起きた怪異とは・・「きつねのはなし」
 本好きの先輩の下宿に入り浸り、先輩の愉快な経験談を聞くのが好きだった学生は、やがてある事に気づく。「果実の中の龍」
 高校生の家庭教師をしていた私は、深夜に何度も奇妙なケモノに出会い、やがて・・・「魔」
 祖父の通夜の晩、男たちで酒宴をしていると深夜”家宝”を携えた女が現れた。「水神」
 どれも京都を舞台にし、大学生が主人公の作品ばかり。その点では、デビュー作『太陽の塔』『四畳半神話大系』から大人気『夜は短し歩けよ乙女』まで、今まで読んできた森見の過去の作品は、すべて同じ舞台設定である。(注:出版は『・・乙女』より『きつね』が先)ま~森見はまだ20代・失礼!今年30歳になったばかりだし、京大生だったので、その方が書きやすかったのだろう。また、千年の都である京都は、その存在自体が幽玄な雰囲気を醸し出し、絶好な舞台を演出してくれるのも理由のはず。
 さらに、この京都を舞台の中心に据えて、活躍しているメジャーな現代作家は、意外なことに少ないことも、計算しているのかもしれない。最近流行のホルモー「万城目学」ぐらいしかパッとは思いつかない。(といっても、森見と同じ京大出身というだけで、今は東京在住なのだそうだが・・)もちろん、京都を舞台にした作品は数多くあるのだが、住んでなければ分からない事細かな裏通りの描写や空気感は、在住の作家の方がさすがに強い。
 それにしても森見が奇譚集ときたか。森見ファンである我が輩としては、森見にはもちろん「ラブコメ・ファンタジー」を期待していた。なので、読み初めてみて、二度ビックリ。ラブコメの対局のような怪奇譚だったことと、「森見体」とでも言いたくなるほどユニークで楽しい文体が影を潜め、折り目正しい端正な文体で書かれていたことだ。
 奇譚集と言っても乙一のようなホラー系とは異なり、京極の怪談話ほど怖くもない。村上春樹『東京奇譚集』のように都会的スタイリッシュさはないが、荻原浩『押入れのちよ』ほど後味は悪くはない。京都という幽玄の都を主人公にした、ごく良くできた怪奇譚なのだ。ま~森見にとっては、ラブコメ作家のラベルを貼られそうだったので、そこから脱却しようとしたのだろう。デビュー四作目なので、作家としての幅を示すべき時期だったはず。極道作家としてデビューした浅田次郎も確か四作目辺りで『日輪の遺産』という歴史サスペンス巨編を発表することで、作家としての力量を誇示していた。
 ま~これは我が輩の勝手な想像だが、森見はまだまだ前途有望な若手作家なので、出版社のベテラン編集者がつき、上手く方向性を誘導してくれているのかもしれない。もしそうなら益々バラエティに富んだ作品が生まれてきそうだ。しかしデビューからの森見ファンとしては、やはり可愛らしくもファンタスティックなラブコメ路線は今後も踏襲して欲しいもんだ。そうしてくれないと、あの大好きな「森見体」の文章に出会う機会が無くなってしまうからだ。直木賞に色気を見せずに、ひたすらアホなラブコメを期待している我儘な我輩であった。

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【2009/5】ひとがた流し

№18 ひとがた流し 著者『北村 薫』 新潮文庫  397頁 ★★★

Photo_3  女性を描かせたら当代一流の作家・北村薫が朝日新聞に連載した長編小説である。子供の頃からの友人である、千波・牧子・美々の三人の女性。過酷な運命に翻弄されながらも、流れていく人生の中で、互いに支え合い絆を深めていく、そんなお話なのだ。
 相変わらず、まるで古典を読んでいるかのような、端正で美しい文章が続く。前半は、それこそ日常生活の細々とした事柄を、丁寧に描くことで、女性達の生き方や性格を浮き彫りにし、後半は病魔に襲われた千波の葛藤とそれに対する友人達の思いやりが、絆の深さ表している。人が人として生きるために本当に必要なのは、他の人との深い絆ではないのか。それが家族であったり、親友なのだ。そんな作者の思いがストレートに伝わる、友愛がテーマの物語。
 全国ネットの女性アナウンサーという花形職場にいながらも、凛とした生き方を貫き、一切の弱みを見せない千波。ガードが堅すぎて図らずも独身を通してきたが、お節介な親友のおかげで、最期の最後に孤独から抜け出すことができた。そんな華やかだが、孤独な女性を中心に、様々な生き方を歩む女性たちの人生を、心優しくたおやかな作品なのだ。

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【2009/4】少女七竈と七人の可愛そうな大人

№17 少女七竈と七人の可愛そうな大人 著者『桜庭 一樹』 角川文庫  284頁 ★★★

Photo_4  今、話題の直木賞作家・桜庭一樹の作品である。相変わらず不思議な感覚の小説。北海道の旭川に住む、孤独で一風変わった美少女「七竈(ななかまど)」を巡る物語なのだ。
 奔放な母親のおかげで私生児として生まれた高校生の七竈。彼女は、町では知らぬもののない程有名な美少女だった。あまりに美しいのと出自のせいで、学校では孤立し、老いた祖父と狭い世界のなかで、ひっそりと二人暮らしをしていた。しかし世間は、美少女をほっといてはくれなかった・・・。
 主人公が美少女のお話は多い。というか小説に登場する女性の大半は美女だろう。ま~これは作家の性別には関係なく、なぜかお決まりのようだ。しかも美女であろうと醜女であろうと、話の展開に大半は無関係。ということは読者サービスのつもりなのか。
 しかし、このお話は違う。あまりに美しい顔(かんばせ)が故に、孤独でいることさえ許されない、一人の少女を巡るお話なのだ。
 語り手が、奔放な母親、少女、飼い犬、母親の友人、腹違いの兄、元アイドル歌手のスカウト、と次々と入れ変わっていく。それにつれ七竈の周辺が次第に浮き彫りになっていく。飼い犬までが語り手になることがユニークだが、雪に閉ざされた狭い町で語るトーンはどれも等しく静謐だ。少女がその希有な美貌に振り回されながらも、幸運を掴めるかどうかは最後まで定かではない。因襲に絡み捕られた狭い町から抜け出すことで、わずかに希望が見える程度なのだ。
 ま~いわば贅沢な悩みを抱えた少女のお話なのだが、奇妙な魅力を携えている小説。女性にとっては夢のような憧れの設定ではあるが、一歩間違えるとありふれたシンデレラストーリーになってしまう恐れもあった。しかし桜庭は、よくあるサクセスストーリーなどにせず、淡々とした語り口で、数奇な運命に身を委ねる母とその娘を描いている。不思議な読後感が残るお話であった。

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【2009/2】KAPPA

№14 KAPPA 著者『柴田 哲孝』 徳間文庫  329頁 ★★★

 あの衝撃的な傑作『TENGU』を書いた作者の処女作。そして心温まる異色の冒険小説なのだ。
 あの『TEDNGU』を読んでしまうと、どうしても比較して地味にも見えてしまうのだが、ま~それはいたし方がない。つまり、ミステリィとして読むと多少緊迫感や切迫感が弱いのだが、逆に悪人がまったく出てこない希有な冒険小説として読むと、非常に楽しめる。
 関東の牛久沼で、釣り人が”河童”に食いちぎられるという事件が発生。地元警察の捜査は混迷し難航してしまった。そこで宿無しのルポライターと老猟師、地元の少年が、事件の謎を解くために活躍を始めたのだ。
 心に傷を負った男たちの、力と知恵を集めたひと夏の冒険談。読後感も悪くなく、著者の生き物の扱いや自然への畏敬の念などには、共感を覚える。しかし、我輩はバス釣りをしたことがないので、もしかしたら釣りのテクニックの的確さや、バス釣り描写の醍醐味を、ほとんど理解できていないのかもしれない。その意味では、釣り好きやアウトドア派の読者なら、とても楽しめる冒険小説のはずだ。

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【2009/2】文学賞メッタ斬り!

№12 文学賞メッタ斬り! 著者『大森望、豊崎由美』 中公文庫 398頁 ★★★★

 どの文学賞がエラいのか?芥川賞、直木賞から地方文学賞までを、痛快にメッタ斬りした快作なのだ。元大手出版社の編集者で評論家の大森と、書評家の豊崎二人の対談集。
 なんと国内には500を越える文学賞が存在するそうだ。そういえば、文庫ばかり読んでいると、どうしても店頭で手にするのは「XX文学賞受賞作品」であることが多い。ミステリィを読むことが多いので、「江戸川乱歩賞」、「横溝正史ミステリ大賞」、「このミステリーがすごい!大賞」、「メフィスト賞」、「日本推理作家協会賞」・・・等などと出会うことがよくあるが、これらの賞の違いまでは知らなかった。ま~フツーは「芥川賞」と「直木賞」しか知らないもんだ。
 あらゆる文学賞は、公募の新人賞か非公募の文学賞に分けられるそうで、有名な賞は大半が出版社の主催だそうだ。ふ~ん、そんなんだ、的な知識もたくさん得られるので、文学賞ガイドとしてお役に立つ。もちろん歴代の受賞作を詳しく紹介しているので、読みたくなる作品を多数見つけることもできたので、非常にお得な評論なのだ。
 それにしても、やはり「芥川賞」の裏話が面白い。古老の選考委員達を、世論が読めない連中とか徹底的にバカにし、本当にあげるべき人にあげていないと批判する。芥川賞を左右するのは宮元輝で、テルちゃんが理解できない作品はみな落ちる、とか・・・。確かに、日本で最も売れる作家である村上春樹や村上龍は、この日本で最も有名な新人賞とは無縁だった。よ~するに、力量のある作家を選考委員は見抜く力さえない、と歯に衣着せぬ批判をしているのだ。いや~、出版業界人としては、ここまでバラすかという実に大胆な意見ばかりで非常に面白い。これも、ありとあらゆるジャンルの莫大な量の作品を読み込んでいる二人だからこそ、できる批判なのだ。半端な数の小説しか読んだことがない我輩なんぞ、作品の批評などできるわけがないで、こんなブログに単なる感想しか書けないのだ。とにかく、本好き・本マニアなら読む価値がとっても高い文学ガイドなのだ。

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【2009/2】蛇行する川のほとり

№11 蛇行する川のほとり 著者『恩田 陸』 中公文庫 347頁 ★★★★

 いかにも恩田陸らしい佳品。我が輩が、恩田陸に期待しているとおりの、ミステリアスで優しくてちょっと残酷。だけど、どこか懐かしさを感じさせてくれる。そんな、素敵で美しい永遠の少女達を封じ込めた、物語なのだ。
 高校の美術部に所属する鞠子は、あこがれの上級生の二人から、「夏合宿」に誘われた。夏の終わりの演劇祭に向けて、舞台背景画を描くためだ。その「船着き場のある家」で鞠子を待ち受けていたのは、遠い夏の日に封印したはずの秘密だった。
 いや~いいですな~。さすが女性の作家ならではの、丁寧な描写の積み重ねによって、少女たちの揺れ動く感情、誇りと嫉妬、憧れと恐れが浮き彫りになる。ミステリアスなストーリーと、ショッキングな出来事が読者をグイグイと引き付けるが、そんなストーリーや残酷な結末なども本作ではオマケにしかすぎない。この小説を読む醍醐味は楽しみは、この小説の中に閉じ込められた、永遠の少女たちの、繊細でキラキラと耀く青春そのものなのだ。ノスタルジックで美しい夏の一コマを、物語のなかに奇跡的に閉じ込めることができた、夢のようなお話なのである。恩田陸を堪能できる、お薦めのミステリィである。

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【2009/2】初等ヤクザの犯罪学教室

№9 初等ヤクザの犯罪学教室 著者『浅田 次郎』 幻冬舎アウトロー文庫 244頁 ★★★

 う~む。何というか、とんでもない本である。形としては、元犯罪者が講演会で講義する形式の、いわゆる暴露本なのである。しかし、あまりにその内容がリアルなので、講演者が犯罪者だったとしか思えないのだ。いや~まさかいくらなんでも、浅田次郎が恐喝で前科何犯もの悪党だったとは・・・。だけど、そうか~だから『プリズンホテル』のようなヤクザもんの話が、やたら上手いのか。と、大半の読者は信じてしまう程、説得力のある「事実」が語られているのだ。
 「整理屋」という、倒産企業から金を巻き上げる稼業が専門とうそぶき、だいたい10億円規模の倒産なら関係者の1人はフツー死ぬもんだ、死体さえ見つからない限り犯罪にさえなら訳がない、と真顔で講義している。懇意にしているヤクザの殺人現場に偶然居合わせて、九死に一生を得た話とか、留置場で年を越して詐欺師から騙しのノウハウを聞いたとか、嘘とは思えない程のリアルさなのだ。
 もちろん創作部分もあるのだろうが、浅田次郎の抱腹絶倒エッセー『勇気凛凛ルリの色』を読むと、大半は体験から出た話であることが分かる。やっぱりもともと悪党だったようだ。ま~とにかくこの本を読んだからといって、役に立つかどうかはさておき、面白いことだけはお墨付き。暇つぶしにはもってこいの本なのだ。まさかここに書かれているノウハウを使って、犯罪をするような輩がいないとは思うのだが・・・。

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【2009/2】 ラスト・イニング

№8 ラスト・イニング 著者『あさのあつこ』 角川文庫 252頁 ★★★

 大ベストセラーで映画まで作られた『バッテリー』シリーズ全6巻の後日談を、3つの物語で綴った短編集。最終巻のラストシーンは、天才ピッチャーである中1の巧と、中3の強打者門脇が対決する場面で終わった。この雌雄を決着させない場面で終わるのも、ま~ある意味アリなのだが、欲求不満が残るのも確か。恐らく「試合の決着はどうなった!」「最後までまで読みたい」というわがままな読者の抗議にあらがえなかったのだろう。あさのは、試合の経過そのものは語らず、試合後の選手たちの行方を描いた。彼らの、(オーバーな言い方をすれば)人生をも駆けた戦いを直接表現はしなかった。戦いにより彼らの運命が変わったことを示し、戦いの運命性を浮き彫りにしている。
 第Ⅵ巻からかなり時が経ったので、実はかなり忘れてしまっていた。こういうシリーズものは、やはり余韻が残るうちに読むものなのだ。それにしても、ま~なんというか相変わらず剣豪小説なのだ。一球投げるたび、武蔵と小次郎の対決を彷彿させる、実に気合いの入った真剣勝負となる。ここまで思い入れたっぷりに、密に書き込まれると、読む方が疲れるほどだ。いったいぜんたい、野球に対してここまで深刻に思い悩む小中学生がいるのだろうか・・・。
 BLとか言われてしまう「あさのあつこ」だが、一途に真剣に生きる少年達がやはり大好きなのだろう。その点を否定するつもりはないのだが、あまりに型をはめすぎているようにも思える。自身この小説の中で、そのような台詞を高校生の瑞垣に語らせているのに、自らその枠から身動きがとれなくなっている。瑞垣の妹の香夏の姿は、まるで小説『バッテリー』に囚われている「あさのあつこ」のようにも見えてしまった。
 大ベストセラーを書いてしまった作家は、その作品の呪縛に囚われるてしまう。作家の手から一度離れてしまった作品は、作家だけのものではない。無数の愛読者のものでもあるのだ。その膨大な読者達の想いが、重石になり枷となり、作家を縛る。名作『バッテリー』は、それだけあさのにとって重荷だったのだろう。
 同じあさのの『THE MANZAI』もそうだが、シリーズものはキャラが固定なので容易にマンネリ化する。この『ラスト・イニング』では、天才ピッチャー原田巧がいる新田東ではなく、ライバル校・横手二中の瑞垣に視点を変えることで、新鮮さを出しその愚を避けている。
 また、勝負や戦いの話は、「力のインフレーション作用」により、必然的に敵役の力量の強大化に繋がる。つまり主人公が乗り越えるべき敵は、常に強くなければならないし、その敵に勝ったら、次の敵はさらに強い必要がある。ジャンプ系のマンガによくあるパターンで、『ドラゴンボール』がその典型。ま~マンガを引き合いに出さなくてもいいのだが、あさのは、次の試合を用意するのではなく、試合を回想することにより、このパターンを巧みに避けている。さすがベテランは上手い。
 『バッテリー』を愛読してきた読者には待望の小説であり、その大半は満足できたはず。説教臭いところもあるが、よくできた小説である。

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【2009/1】ネクロポリス

№6 ネクロポリス(上) 著者『恩田 陸』 朝日文庫 478頁 ★★★

№7 ネクロポリス(下) 462頁

 次から次へと様々な物語を紡ぎだす恩田陸の、一風変わった「ファンタジーミステリー」。1,600枚の大長編なのだ。死者と会うことができるという霊地「アナザー・ヒル」での、不思議で魅惑的な物語。
 懐かしい故人と再会できる聖地―アナザー・ヒル。死者たちを『お客さん』と呼び、年に1ヶ月だけ温かく迎えるヒガンという祝祭空間。文化人類学の研究のために来たジュンは、そこで生じた連続殺人事件に巻き込まれ、アナザー・ヒルの危機に立ち向かうことになる。連続殺人、不可思議な風習、天変地異、そこに新たな事件が・・・。
 このような長編ファンタジーでは、その世界観にハマレば、壮大な物語の中にドップリ浸かることができる。だから最初の段階で、その世界のルールを納得できるかがカギとなる。『ネクロポリス』は、いつもの恩田陸のように、ミステリアスなエピソードで幕が上がる。しかし、なかなかこの不思議な世界を理解できず、敷居が高いと感じた。だが何となくルールが分かってくると、お話の異世界にドンドンと引き込まれていくのだ。だから上巻だけで止めるわけにはいかない。ま~それにしても、最後まで絶好調というわけではなく、ラストは尻すぼみの感があるのだが・・・。
 似たような世界としては、山口雅也の怪作『生ける屍の死』がある。このトンデモ・ミステリーは、死者が蘇るだけでなく、ゾンビ探偵なるものまで登場するのだ。しかしこの異様な設定の意図は明らかで、殺された被害者が証言できる世界において、ミステリーが成立するのか?という命題に対する答えだった。なので、あくまでミステリーとしてのルールは守ろうという努力はしていた。
 この『ネクロポリス』でも殺人事件が起こり、その犯人探しや犯行方法が主題の一つのはずだが、どちらかというとこの異世界そのものがテーマなので、ミステリーとしては弱い。ちょうど、恩田陸のホラー系ミステリー『月の裏側』の世界に近いのだ。
 何はともあれ、この『ネクロポリス』はミステリーという分類には入らず、ファンタジー系の作品だろう。そこを承知で読む分には充分楽しめる作品なのだ。

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【2009/1】日輪の遺産

№5 日輪の遺産 著者『浅田 次郎』 講談社文庫 536頁 ★★★★

 いや~いいですな~。さすが浅田次郎は上手い!と言わせてしまう、傑作歴史ミステリーの長編。
 帝国陸軍がマッカーサーより奪い、終戦直前に隠したという時価200兆円の財宝。老人が死ぬ間際に遺した手帳には、隠された驚くべき真実が書かれてあった。財宝に関わったため、人生を狂わせられた人、死んでいった人々の姿に涙する感動の力作なのだ。
 財宝の秘密が書かれた謎の手帳。物語はここから始まるが、財宝を探し出すトレジャーハンターの冒険活劇などではない。話は意外にも、戦中から戦後にかけての秘話を語っていくのだ。現代の話と戦時中の話が錯綜しながら、国家予算規模の財宝を、米軍から秘密裏に隠そうとする将校たちの活躍が中心となる。
 それにしても戦後生まれの浅田次郎が描く、太平洋戦争末期の人たちは、何と真摯に生きていたのだろうか。戦争の愚を承知の上、それでも国を守らんとし最善を尽くす。そんな将校や軍人たちと、不運にも作戦に巻き込まれ、悲惨な最期を遂げる女学生達。ミステリーやエンターテイメントの形式を装いながらも。浅田次郎は太平洋戦争時代の国民の姿を実にリアルに描き出している。そして終戦直後に降り立ったマッカーサー像も、かなり人間臭く描かれているのだ。莫大な資料を読み込み、多数のインタビューをしたからこそ、これほど生き生きとした人物描写ができるのだろう。この傑作を、あの「きんぴか」や「プリズンホテル」を書いていた極道作家が書き上げたのだから、画期的なのだ。
 しかし、戦後生まれの作家が描く戦争物語は、なぜこうも軍人の心情が理解し易くなるののだろうか。福井晴敏の傑作戦争巨編『終戦のローレライ』でも、多数の軍人たちが描かれていたが、この作品で初めて軍人の心情を理解できた気がした。それまで読んできた戦争ものでは、決してその行動や心情は理解できるものではなかった。これは、おそらくあまりにも強烈な実体験が、身に染み込んでいる戦前生まれの作家たちには、頭でっかちの戦後世代を納得させる軍人像を、理屈では造れなかったのだろう。それに対して戦後生まれの作家だと、所詮本物の軍人に会ったこともないので、資料などを元に軍人のイメージを造形し、その行動原理を頭で考えて作るので、かえって今時の読者にとって分かりやすいのだろうか。つまり、作家自身が納得できる人物像なので、読者も共感を得られやすいのかもしれない。理不尽で強烈な実体験をしてきた戦前の作家は、その感覚のままリアルに戦争を描くので、理不尽のままの軍人像となってしまうのだろうか。
 ま~これらは勝手な想像なのだが、我輩にはそんな程度しか思いつかない。逆に言うと、そのくらいこの作品に登場する戦時中の人物たちの心情に、我輩は共感してしまったのだ。それどころか、現代のパートの登場人物達の方は、かえってその行動が理解できないような描かれ方をしているようにさえ見えてしまう。
 浅田次郎は、自衛隊の入隊経験があるという稀有な経歴を持った作家なので、もちろんその経験から軍人の行動原理を会得しているという理由もあるだろう。それにしても、浅田の持つ豊かな想像力の賜物を読める我々は、何と素晴らしいだろうか。

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【2009/1】まほろ駅前多田便利軒

№4 まほろ駅前多田便利軒 著者『三浦 しをん』 文春文庫 351頁 ★★★

 第135回直木賞受賞作。読み始めた最初は、これが直木賞を受賞するほどの話か?と思ったのだが、読み進めるうちに味わい深さがじんわりと出てくる、スルメのような連作集。
 「まほろ市」という東京はずれにある町の駅前で、しがない便利屋を営む中年の多田。そこに高校時代の同級生・行天がころがりこんできた。ペットの一時預かりや子供の塾の送迎、納屋の整理なのだが、何故かみなキナ臭い話ばかり。迷惑キャラの行天が加わることで、事態はいよいよ混乱するばかりだった。
 明らかに町田としか思えない駅前で、便利屋なのに半端な正義感のせいで、私立探偵みないにヤクザと対立してばかりいる多田。幼少時代に受けたトラウマでかなり変わった性格の行天。共に離婚暦のある二人は、それぞれ心に傷を抱えているが、性格はまるで反対。複雑な事情を抱え込んだ独身中年男の二人が、人生の悲哀を内に秘めながらも何とか生きている姿が切ないのだ。狭い町での日常のちょっとしたトラブルを描いただけのお話なのだが、人の心情を人生を良く描きこんでいるので、派手ではないが哀切ある味わい深い連作短編集になっている。直木賞らしい分かりやすいエンターテイメントではないが、玄人好みのする渋い作品であった。

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【2009/1】コメント力

№3 コメント力 著者『斉藤 孝』 ちくま文庫 237頁 ★★★

 TVによくコメンテーターとして登場する斉藤環のベストセラーである。職場でもプライベートでも、社会生活をしていると、誰でも毎日のようにコメントすることを強いられる。そんな時、TVのコメンテーターのように切れ味よく、ユニークな一言を言えるかどうかで、「おもしろい人」「できる人」、という評価を決められてしまう。ま~こんな時代に生きている社会人なら、かっこいいコメントをいつもズバリと言いたいのだが、当然一朝一夕にできるものでもない。この本は、そんな現代人のハートをうまく捕まえることができた、時流に乗った本なのだ。
 この本の構成は、まず鋭いコメントとは何かを説き、そして古今東西の文学、映画、マンガ等あらゆる分野の優れたコメント例を挙げ、どこがどう優れているのかを、クイズ形式で解説しているのだ。それなりの説得力もあり、かつ読みやすいので、読み物としては面白いのだが、だからといって読むだけでコメントできるようになるわけでは、もちろんない。ま~よ~するに、せっかちな読者としては、鋭いコメントを放つコツとかノウハウがあれば、そこだけ教えてもらいたいのだが、そんなもんがもしあれば、誰も苦労するわけが無いか・・・。

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【2009/1】戦闘美少女の精神分析

№2  戦闘美少女の精神分析 著者『斉藤 環』 ちくま文庫 366頁 ★★★

 難解で非常に読みづらい箇所も多々あるのだが、実に面白いオタク論。2000年4月初版なので、東浩紀の話題の本『動物化するポストモダン』よりも、先駆的・画期的著作と言える。あの、まだまだオタクが文化として認められていない時点において、ナウシカやセーラームーンといった「戦闘美少女」を、ごくまっとうなサブカルチャーとして分析してみせたことは、実にえらい。というか、現場の一線級の精神科医にしては、勇気ある行動と言える。
 日本のマンガやアニメには、ナウシカ、セーラームーン、綾波レイのような「戦う少女」のイメージが溢れている。アメコミによくあるマッチョなアマゾネス系女戦士とは異なり、「トラウマ」を持たない可憐で無垢な戦闘美少女たち。この特異な存在は、果たして日本文化のみに見られる現象なのか。彼女らを偏愛するオタクの心理的特性を、セクシュアリティの視角から徹底的に分析する社会批評論なのだ。
 東浩紀はこの文庫の解説の中で、『戦闘美少女の精神分析』に触発され『動物化するポストモダン』を書いた、と述べている。しかし、同じオタク分析論でも、セクシュアリティの観点から分析している斉藤に対して、社会学の観点から分析した東とでは、立場が異なっている。
 斎藤は、おたくとマニアを峻別し、「虚構のコンテクストに親和性が高い人 、 愛の対象を『所有』するために、虚構化という手段に訴える人 、 二重見当識ならぬ多重見当識を生きる人 、 虚構それ自体に性的対象を見い出すことができる人」
という特徴づけを与え、単純な二次元ロリータ趣味ではないことを強調している。
 続いて斎藤は、「戦闘美少女」とはペニスと同一化した少女=ファリック・ガールであるとし、「ファリック・ガールには外傷がない」「ファリック・ガールの戦闘には十分な動機が欠けている。つまり徹底して空虚なイコンだとしている。
 そして、「われわれが共有する幻想とは、いまやほとんど一つのこと、すなわち『われわれが大量の情報を消費しつつ生きている』という幻想のみである。メディア空間に晒された人々が『情報化幻想』にひきこもろうとするとき、そこにリアリティの回路を開くべく」ファリック・ガールが顕現し、「われわれが彼女たちを欲望した瞬間、そこに『現実』が介入する。過度に情報化を被った幻想の共同体で、いかにして『生の戦略』を展開すべきか。それがいかに『不適応』に似て見えようとも、ファリック・ガールを愛することは、やはり適応のための戦略なのだ。ファリック・ガールを愛することは、自らのセクシュアリティという『現実』に自覚的であるために、われわれ自身が選択した一つの身振りにほかならないのだ。したがって私はオタク的な生の形式を全面的に肯定する。」と結論付けている。
 全編この調子なので、論旨の展開についていけなくなるが、この意見に賛成でないにしても、見識としてはユニークで面白かったのだ。

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【2009/1】押入れのちよ

№1  押入れのちよ 著者『荻原 浩』 新潮社文庫 377頁 ★★

 ホラー系ばかり9編を集めた人気作家・荻原浩の初短編集である。ホラー系と言っても、そこは『オロロ畑でつかまえて』『仲良し小鳩組』などのユーモア小説も書ける荻原なので、単なる怪談話ではなく、涙も笑いもブラックもある作品集なのだ。
 失業中のサラリーマンが格安物件に引っ越した先には、おかっぱ頭に真っ赤な振袖姿の、女の子の幽霊が居ついていた。幽霊とサラリーマンの奇妙な同居を描いた人情もの『押入れのちよ』。かくれんぼの最中に、幼い妹が神隠しにあった。15年後に事件現場に戻った女性は、悲惨な真相に気がつく『木下闇』。そのほか『殺意のレシピ』『介護の鬼』など全9話。
 しかし怪談話とは言え、なんだかね~後味の悪い話が多いのだ。表題作やいくつか良い味のもあるのだが、ブラックと言うより、陰惨な感じがする話が多すぎるのだ。巷では評判がよろしいようなので、ま~我輩は少数派かもしれんが・・・。短編集には、当たりはずれがあるとは思うが、読んで良かったという話の方が少ないと、人に勧める気には、ま~なれません。

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【2008/12】夜は短し歩けよ乙女

№89 夜は短し歩けよ乙女 著者『森見 登美彦』 角川文庫 320頁 ★★★★★

 実に良い!実にバカバカしい話なのだが、とても楽しく、とてもキュートな傑作なのだ。しかもなんと、「山本周五郎賞」を受賞し、「本屋大賞2位」に耀いたベストセラー作品でもあるのだ!
 黒髪の「乙女」に憧れ、「意中の人」を京都の夜の先斗町、古本市、学園祭にと追い求める京大生の「先輩」。だけどそんな先輩の想いにもまったく気が付かないのんびり屋の「乙女」。奇人変人が集う、怪しくも奇怪な京都の町で、珍事件が2人を待ち受ける、というファンタスティックなお話なのだ。
 最初はただのしょーもない酔っ払いの小話から始まるのだが、これが実に面白い。「森見ワールド」とも言える独特の夢の世界に迷い込む感覚が、どーしよーもないくらい楽しい。デビュー作『太陽の塔』や、怪作『四畳半神話大系』のように、冴えない頭でっかちの若者が、お馴染みのラブコメ・ファンタジーの世界にズンズンと突き進んでいく。
 それにしても、「森見体」と言いたくなるほどの特異な文体は、相変わらずの絶好調だ。冒頭から「読者諸賢におかれては、彼女の可愛さと私の間抜けぶりを二つながら熟読玩味し、杏仁豆腐の味にも似た人生の妙味を、心ゆくまで味わわれるがよろしかろう」と、調子が良い。やはり小説は、ストーリーだけでなく文体に味わいが無ければ楽しめない、ということをあらためて気が付かせてくれる。もっとも森見の場合は「味わい」という言葉にはそぐわず、エスプリあるとぼけた自虐体といったところか。とにかくファンタジーな世界を、この文体でさらに魅了してくれているのは確か。
 いや~こうなると、ほぼ同時期にデビューした作家・万城目学と、どうしても比較したくなる。2005年万城目デビュー作『鴨川ホルモー』は、やはり京都を舞台に京大生が馬鹿騒ぎをする話なのだが、この『乙女』と設定がほとんど同じ。その後の活躍ぶりもよく似ている。森見のデビューは2003年なので万城目より先だが、年齢は3歳ほど若い。同じ京大出身だし、なんと2007年本屋大賞では『乙女』が2位で、『ホルモー』が6位になっている。ま~お互いにライバル視していることは、容易に想像できる。
 2008年最後を飾るに相応しい、とっても楽しく心温まるラブコメの傑作なのだ。ぜひのお薦めなのだ。

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【2008/12】霞町物語

№88 霞町物語 著者『浅田 次郎』 講談社文庫 275頁 ★★★★

 いいな~幸せだな~こんなお話を読めるなんて・・・。万人にお薦めしてしまう、切なくも懐かしい香りが漂う、青春グラフィティの傑作なのだ。60年代の後半、まだどこかで戦後を引きずりながらも、高度経済成長に邁進する、そんな時代に生きた、大都会ど真ん中の高校生の物語。青山と麻布と六本木に挟まれた谷間・霞町。そんな町を故郷にし、大学受験を控えた高校生の僕は、車、ディスコ、勉学、そして恋。暖かな家族に見守られながらも、目いっぱい青春を謳歌していた。
 浅田次郎の分身とも言える「僕」は、要領がよく享楽的にも見えるが、常に優しさを忘れない。だからいつも耀いて見えるのだろう。それにしても家族とのエピソードが実に良い。もと深川の売れっ子芸者だった、美しく江戸っ子気質の祖母。明治時代からの写真館を守り続ける、頑固で呆けた祖父。その弟子のカメラマンの父。そして芝居好きの優しい母。それぞれが繰り為す味わい深いエピソード。そのどれもが眩しいぐらいにキラキラと耀き、そして切ないのだ。中高生から年寄りまで、どんな人の期待をも決して裏切ることのない、傑作の連作短編集なのである。

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【2008/12】カナリヤは眠れない

№87 カナリヤは眠れない 著者『近藤 史恵』 祥伝社文庫 282頁 ★★★

 整体師が探偵役という、珍しいミステリィである。文庫書き下ろしのシリーズもののようだ。
変わり者の整体師・合田力は、“身体の声を聞く”能力に長けていた。助手を務めるのは、屈託のない美人姉妹。しかし彼女たちは、一皮剥くと何がしかの依存症に罹っていた。その合田が、新婚の墨田茜を初めて看たとき、底知れぬ暗い影を感じたのだった。やがてその不安が現実となって茜を襲うとき、合田は救出しようとしたが・・・。
 「蔓延する心の病を、鋭くも暖かく描くミステリィの傑作登場」というのが宣伝文句。ま~傑作かどうかは別にしても、なかなか楽しませてくれた。いわゆるドンデン返しのミステリィなのだが、それにしても最後まで謎らしい謎が出てこないので、我輩の趣味とは言えないのだが・・・。といっても、現代の病理を逆手に取った犯罪のアイデアや、人物の造形は上手く、読後感も悪くない。お手軽に読める現代ミステリィである。

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【2008/12】第九の日

№86 第九の日 著者『瀬名 秀明』 光文社文庫 413頁 ★★★★★

 そう、これは「心とは何か?」というテーマを追求した、ミステリィとSFと哲学の、幸福なる融合なのだ。瀬名は、ロボットとの共生をテーマにした『ハル』を書いているが、その後『デカルトの密室』という、やはり「肉体と精神」をテーマの傑作長編を書いている。この『第九の日』は、その前後に書かれた、連作作品群なのである。
 『メンツェルのチェスプレイヤー』:世界最初の推理小説と名高いポーの『モルグ街の殺人』。このオマージュ的ミステリィ短編である。シリーズの主人公である、ケンイチくんが初めて登場した記念すべき作品でもある。密室殺人が起きた現場で、チェスロボットとの息詰まるチェス対決をしながら、事件はどのように解決されるのか。ロボットの身体性の確保と、自意識との関係を考察した、ミステリィ仕立ての作品なのだ。
 『モノー博士の島』:HGウェルズのSF『モロー博士の島』を下敷きにしたSF短編。事故などで身障者となったアスリート達の体を改造し、サイボーグ化された人間達の未来の姿を描く。北京でのパラリンピックの興隆を予見し、その行き着く先を想像させるような、ある意味怖いお話。
 『第九の日』:ロボットによる完全介護で暮らせるようになった、老人たちの平和なイギリスの町。自立訓練のために一人旅をしていたケンイチは、その町に人間が一人もいなくなったことに気がつく。同時期に世界では、ロボット科学者へのテロが始まった・・・。宗教と人との関わり、客観性とは、心とは、高度に発達したAIが語る「心」のあり方とは?
 『決闘』:改造された鳥を用いるバードストライクによる航空機テロの続発。テロにより体を失った、ケンイチの設計者であるロボット工学者は、ケンイチの献身的努力により、「心」を取り戻せるのか・・・。先日アメリカで起きた航空機事故の、「ダブルバードストライク」をも想起させる、シリーズ中唯一主人公が異なる、異質だが感動的な小品。
 SFファンなら必読の書である『デカルトの密室』は、「心は肉体という密室に閉じこめられている」という発想で語られていた。この小説の内部は、幾重にも折り重なる密室構造で構成され、読者は哲学の迷宮に迷い込んでしまうのだ。『第九の日』では、肉体と精神、機械と心の境界性を、見事に溶解させてしまう力がある。いったいロボットに「心」は宿るのか?「心」をプログラミングすることは可能なのか?
 人間にとって最大の謎である「心」。哲学者は哲学を用いて、宗教者は神を語ることで、作家は想像力を駆使して、太古から「心」を追求してきた。しかし科学者の科学的アプローチでは、今までまったく歯が立たなかったのは事実。科学者でありながら作家でもある瀬名は、この難問に対して、最新情報科学と想像力とを武器に、果敢にも挑んでいるのだ。そしてその素晴らしい成果が、この『第九の日』なのである。ぜひ瀬名には、このケンイチくんの物語を、機械と精神の旅を、今後も語ってもらいたいと、我輩は切に願うのであった。

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【2008/12】長い腕

№85 長い腕 著者『川崎 草志』 角川文庫 324頁 ★★★

 伝統ある長編ミステリの公募新人賞「横溝正史ミステリ大賞」の、第21回受賞作なのだ。
 ゲーム制作会社の女性社員・汐路は、同僚の転落死を目撃したためショックを受ける。故郷の田舎では中学生の射殺事件が起き、その関連性に気づいた汐路は帰郷して踏査を始めるが、そこで待ち受けたものは・・・。
 最も現代的とも言えるゲーム業界の、ソフト開発現場におけるリアルな描写で物語は始まる。しかしその先端的な職場で起きた事件は、一転して田舎の因習に囚われた、おどろおどろしい雰囲気に移る。このギャップがなかなか新鮮で面白い。インターネット世代の持つ圧倒的情報量と、正当派「横溝賞」のテイストを、キチンと両立させた稀有な作品なのだ。
 このソフト開発現場の様子がやたらリアルなのは、作者がゲーム会社に勤務しているからなのだが、にしても上手い。この部分だけ膨らませても長編になるぐらいのアイデアが詰まっている。後半部分の田舎での、「歪み」を核にしたアイデアは秀抜だが、あまりに血生臭いのが玉に瑕。いくら横溝ばりだとしても、やたら人が死ぬのは、我が輩の趣味ではないのだが。
 とにかく、現代感覚を持ちながら、良い意味でも悪い意味でも「横溝正史」を甦らせた力量は大したものである。ミステリィ好きにお勧めの一品なのである。

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【2008/12】プリズム

№84 プリズム 著者『神林 長平』 ハヤカワ文庫 349頁

 1986年に発行されたSF連作短編集。星雲賞を受賞している。
 地上3万メートルの都市上空に浮かぶ、スーパーコンピュータ―の浮遊都市制御体。自動販売機からソフトクリームを買うのも、病院で診察を受けるのも、すべてこの都市制御体によって管理・運営されていた。だが、神のごとき完璧とも思える都市制御体とコミュニケートできない少年がいた。ペンタグラム型の瞳を持った彼は、堕天使と共に本来の居場所を捜し求めたのだった。機械が支配する世界から、色が司るルービィ・ランドまで、豊潤な言葉のイメージが織り成す、壮大なファンタジーの世界。
 星雲賞を受賞し、マニア受けした作品のようだ。Webの書評を見ても好評なのだが、我輩としては何が面白いのかが分からなかった。スーパーコンピュータが支配する世界でのお話かと思っていたのだが、それはイントロ部分だけで、大半は「色」が支配するという、ほとんど魔法の世界でのお話。ファンタジーなので、設定としてはほとんど何でもありの世界で、この世界観に入れこめないと苦しい。名作『戦闘妖精雪風』のような世界を期待していたのだが、あまりに異質で異様な話なので、ほとんど楽しむことができなかった。残念だった。

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【2008/12】凍りのくじら

№83 凍りのくじら 著者『辻村 深月』 講談社文庫 568頁 ★★★★

 初めての読む作家だった。まだ若い女性で、メフィスト賞受賞作がデビュー作なのだそうだ。なので、読む前は漠然と桜庭一樹のようなイメージがあり、ミステリーかホラー系かと思っていた。しかし、読んでみてビックリ。意外にも“少し不思議”な青春ものであった。
 藤子・F・不二雄をこよなく愛する、有名カメラマンの父が失踪してから五年。高校生の理帆子は、残された病気の母の面倒を見ながら、瓦解しそうな家族をたったひとりで支えてきた。そこに思い掛けず現れた一人の青年。彼の優しさが孤独だった理帆子の心を少しずつ癒していく。しかし元カレの出現によって事態は思わぬ方向へ進んでしまう…。
 我輩は結構青春学園ものが好きで、古くはサリンジャーの『ライ麦畑で捕まえて』、70年アンポ時代の庄治薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』から、最近なら白岩玄『野ブタ。をプロデュース』、森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』とか、かなり読んできたつもり。女流作家(死語になってしまったな~)なら、あさのあつこ『ガールズ・ブルー』や綿矢りさ『蹴りたい背中』、恩田陸『夜のピクニック』あたりか、・・・。
 しかしだ、この辻村深月はどれともちがう。独特の鋭い感性に妖しい魅力があるのだ。どこがちがうのだろう。女子高生の生の感覚?いや、それなら桜庭一樹も同じだし、あさのあつこでも書けるのだ。しかし、このドラマの理帆子は、常にどこか冷めた感覚の持ち主で、読者の思い入れを拒んでいる。そう、『野ぶた。』の主人公のように。それでも、強靭さではなく、どこかガラスのような脆さをかかえた理帆子は、いつもドラえもんの道具を心の糧に、生き抜いているのだ。「SF」を「少し不思議」と読む不思議な感性。不安でミステリアスな雰囲気から、最後は一気に畳み掛ける展開で、ショックと感動を与えてくれるラストシーン。ボリュームはあるが、長さを感じさせない素晴らしい長編なのだ。

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【2008/11】容疑者Xの献身

№82 容疑者Xの献身 著者『東野 圭吾』 文春文庫 P394頁 ★★★

 2005年のミステリー賞を総なめにし、2006年の直木賞を受賞したほど有名なミステリィ。一時は書店の店頭でも山積み状態だった程だ。巷の書評でも好評で、恋愛小説のごとくそれこそ飛ぶように売れまくった、映画にもなったガリレオシリーズ初の長篇なのだ。
 天才数学者でありながら、さえない高校教師に甘んじる石神は、一人娘と暮らす隣人の靖子に秘かな想いを寄せていた。彼女たちが前夫を殺害したことを知った彼は、二人を救うため完全犯罪を企てる。だが皮肉にも、石神のかつての親友である物理学者のガリレオこと湯川が、その謎に挑むことになってしまった。愛した女を守るため完全犯罪を目論む石神に対して、湯川は果たして真実に迫れるか・・・。
 これだけ話題になった直木賞作品も少ないが、大騒ぎするほどの傑作という感想は、我輩は持てなかった。トリックそのものはかなり独創的で、そこは良いのだが、如何せん小説全体にミステリィ感が漂っていないのが不満だ。ま~トリックそのものに、途中で気がついてしまったのが最大の敗因なのだが。
 我輩の趣味と合わない理由だが、やはりミステリィならミステリィらしい雰囲気が必須だと我輩は思うのだ。ここはそれこそ趣味の問題であることは分かっているのだが、ミステリィが日常の延長線上にあってはいけないと思う。もちろん殺人事件や探偵という職業が日常にあるわけではないが、そういうことではなく、「謎」が中心にいて欲しいだけだ。最近のミステリィで、最後のドンデン返しだけで勝負しようとする小説がよくあり、そこにたどり着くまでの話がつまらないものがある。この『容疑者Xの献身』は、ストーリーそのものがつまらないわけではないのだが、結局どこが謎なのかがはっきりしないのだ。もちろん純愛小説だったというオチにしたく話を進めているのは分かるのだが、探偵が謎を解かなければ謎そのものに読者が気が付かないお話の構造が、問題なのだろう。そこのところが我輩の趣味と異なっているのだ。
 だから、本屋の店頭にいつも山積みになっているこの東野圭吾だが、どうしても我輩としてはなかなか手が出ない作家の一人なのだ。これも最初に好きになったミステリィ作家が、エラリー・クイーンではなくディクスン・カーだったトラウマなのだろうか。

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【2008/11】ワセダ三畳青春記

№81 ワセダ三畳青春記 著者『高野 秀行』 集英社文庫 P293頁 ★★★

 いわゆるビンボー大学生の青春記なのだ。この手の話は、酒飲みの馬鹿話として昔から巷によくあるのだが、ま~そんな与太話を日記みたいに綴ったお話なのだ。「酒飲み書店員推薦 最多得票獲得」というオビには、納得。
 三畳一間、家賃月1万2千円。早稲田大学正門近くの路地裏にある、ぼろアパートに「私」は入居していた。そこにはケッタイ極まる住人たちの巣窟だった。大家のおばあちゃんや住人や翻弄される一方、「私」は探検部の仲間達と、幻覚植物の人体実験をしたり、三味線屋台でひと儲けを企んだり、能天気な日々を11年間も過ごしていたのだった。
 ビンボー学生の下宿暮らしの話なのだが、似たような話だと、森見登美彦『四畳半神話大系』という傑作がある。ま~これはほとんどファンタジーなのだが、『ワセダ』の方は、実体験のところがすごい。主人公は現実から目を背け、ひたすら夢を追いかけ面白おかしく過したいという完璧なモラトリアム人間。しかし行動力が並外れているので、世知辛い世の中でも生き抜いていけたのだろう。人は所詮生き物なので、やはりゴキブリ並に生命力が強いものが最後に生き残るものだ。
 しかし我輩が大学時代には、このような下宿やアパートがまだまだ残っていたが、今はどうなんだろう。ボロアパートの大半は、あの狂乱のバブル時代にかなり一掃されたはずだし、今時のスマートな学生が住むとも思えないし。もっとも、若い森見の作品は実体験がベースにあるはずなので、未だにボロアパートに生息するビンボー学生もしぶとく生き残っていることだろう。

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【2008/11】うそうそ

№78 うそうそ 著者『畠中 恵』 新潮文庫 P348頁 ★★

 ご存知「しゃばけ」シリーズ第5弾は、初の長編であった。いつもと異なり、あの病弱な若旦那がなんと旅に出てしまうお話なのだ。もちろん、お馴染みの妖(あやかし)達も活躍する、昨年TVドラマ化された、賑やかで楽しいお話なのである。
 日本橋の大店のひ弱な若旦那は、いつも妖怪達に守られながら、元気に寝込んでいた。しかし、病だけでは足りず頭に怪我まで負ったために、妖の手代達と兄と共に、箱根へ湯治に行くことになった。生まれて初めての旅に張り切る若だんなだったが、誘拐事件、天狗の襲撃、謎の少女の出現と、旅の雲行きはどんどん怪しくなっていき…。
 この「しゃばけ」シリーズも5作目。結構息の長いシリーズとなってきた。どんなシリーズでもそうなのだが、長くなると次第にマンネリ化していくものだ。しかし一旦その世界にはまると、例えマンネリだと分かっていても読まないわけには行かなくなる。我輩が未だに無条件で買ってしまうシリーズものには、夢枕獏『陰陽師』シリーズがある。これなどは完全にマンネリ化しているのだが、安心して読めるので新作が出ると、とりあえず読んでしまうのだ。ま~ほとんど習慣みたいなもんである。その点、石田衣良のライフワーク『池袋ウエストゲートパーク(IWGP)』シリーズだと、マンネリを感じさせない圧倒的面白さで読ませてしまうのだから凄い。  小説の世界では、歴史小説のジャンルに延々と続く連作というか大長編ものがなぜが多いのだ。塩野七生『ローマ人の物語』が15巻とか、吉川英治のベストセラー『宮本武蔵』とか、北方謙三『水滸伝』だと全19巻にもなる。
 これがマンガの世界になると、50巻程度はザラにある。累計発行部数1億5千万を超えた世紀の大ベストセラー『ワンピース』は、まだ続いているが52巻。『こち亀』なんぞは、30年かけて150巻を超えてしまっているが、マンネリだと言われていないところが凄いのだ。
 とにかく、ロングランのシリーズものは、如何に際立ったキャラの主人公を創作し、バラエティに富んだ脇役を揃えるかがカギだ。その点、この『しゃばけ』だと、『アンパンマン』や『ポケモン』並に様々な妖を登場させれば話はいくらでも創れそうなので、まだまだ続くだろう。願わくば、マンネリだと言われない程度にはワクワクするお話にしてもらいたいものだ。

 

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【2008/11】仲良し小鳩組

№76 仲良し小鳩組 著者『荻原 浩』 集英社文庫 P355頁 ★★★

 デビュー作「オロロ畑でつかまえて」の続編に当たるユーモア小説なのだ。これがなかなか笑わせる、楽しい作品なのだ。やはり荻原浩は「ママの狙撃銃」のようなハードボイルドより、ユーモア路線の方が良いのだ。
 倒産寸前の弱小広告代理店に、暴力団がCIを使ったイメージアップ広告を依頼してきた。担当するハメになった、アル中でバツイチのコピーライター杉山のもとには、さらに別居中の娘まで転がりこんでくる。会社の未来と父親としての意地を賭け、杉山は文字通り走りだすのだが・・・。
 ヤクザネタのユーモア小説と言えば、浅田次郎「プリズンホテル」に、古くは小林信彦「唐獅子株式会社」が有名。ま~これらはヤクザが主人公なのだが、意外と少ない。ま~我輩が知らないだけだとは思うのだが、ユーモア小説自体の絶対数が少ないのは確かだ。その意味でもこの小説は貴重。しかも単なるユーモア小説でもなく、荻原浩らしく、キチンとお涙も入れた再生の物語になっているところが巧い。つまり、ダメ男の主人公・杉本のキャラがなかなか良く、アル中で離婚し小学生の娘とも別居中なのだが、娘が転がり込んできたために、奮起して再起を図るお話にもなっているのだ。
 やはりユーモア小説というものは、いわゆる「笑いと涙」がセットでないとダメだ。「笑い」だけではただの馬鹿話になるし、何も印象に残らない。逆に「お涙頂戴」だけでは我輩の趣味ではないし、エグイ。ま~森見登美彦の「夜は短し歩けよ乙女」という例外もあるが、これはユーモア小説とはチョット違う気がする。とにかく小説は、痛快で楽しければ良いのだ。

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【2008/11】ママの狙撃銃

№75 ママの狙撃銃 著者『荻原 浩』 双葉文庫 P388 ★★★

 多彩な作品を上梓する作家だ。デビュー作の「オロロ畑でつかまえて」はユーモア小説。探偵ものの「ハードボイルド・エッグ」、人情ものの「母恋旅烏」などバラエティに富んでいる。ところが今回はサスペンスフルなハードボイルド。しかもあまり前例が無い主婦のスナイパーが主人公なのだ。
 幸福だが平凡な日々を過ごす家庭の主婦・曜子。しかし幼いころにアメリカで祖父から教わったのは、射撃・格闘技などスナイパーの技術だった。その曜子の元に届いたのは、仕事をしてみないかという依頼。一度は断ったものの、家族を守るため、曜子は再びレミントンM700を手にするのだったのだが・・。
 ま~なんというか、作者は前例があまりない意外な組み合わせを試してみたかったのだろうか。出だしは主婦の日常の細々とした描写から入り、次第に暗殺者としての生い立ちや、「仕事」をしなければならない必然性を語り、後半にはその意外な結末を語る。ガーデニングの草花の手入れ方法と、ライフル銃のマニアックな手入れ方法を、同じように詳細に描写し、主婦と暗殺者という両極端な立場を同じようなレベルで描こうとしている。
 殺人者の苦悩を亡霊で表しているところは、伊坂幸太郎の「グラスホッパー」のヒットマンを連想させるような暗さがある。そのためエンターテイメントらしい爽快感はない。「戦闘美少女の精神分析」にあった意見なのだが、『”戦闘”する”美少女”という矛盾した存在は、内面は空虚でなければならない。動機などを与えると現実世界に引き戻される』つまり、どうせ現実にはありえないヒーローの活躍を期待しているのだから、無理やり動機や必然性を与えて現実感を持たせた方が楽しめない、という意味だ。この作品も、家族愛を主体にした苦悩の物語にしたかったのか、スナイパーが主人公のエンタメにしたかったのか、どちらにしても中途半端だという印象を拭えなかった。世の中には高校生探偵が活躍する大沢在昌「アルバイト探偵」シリーズや、ゾンビ探偵が主人公の山口雅也「生ける屍の死」すらある。現実性はどうであれ、もっと徹底して主婦のスナイパーを活躍させて欲しかったのだ。

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【2008/10】野ブタ。をプロデュース

№73 野ブタ。をプロデュース 著者『白岩 玄』 河出文庫 P201 ★★★

 この大ベストセラー『野ブタ。』は、今という時代を活写する、ほろ苦い学園青春小説なのだ。この作品で「文藝賞」という新人作家の登竜門を受賞した作者の白岩玄は、当時専門学校生で若干21歳。だからというわけでもないが、現代高校生の生態をテンポよく、軽快に描いてみせてくれる。
 クラスの人気者の修二は、家族の前でも級友の前でも「素晴らしい高校生」を演じていた。毎朝起きると、修二の「着ぐるみショー」を始めます、というスタンスなのだ。ある日イジメられっ子の転校生の信太が修二に弟子入りを志願してきた。修二は信太をクラスの人気者にすべく、プロデュースを始めたのだが・・・。
 高校生の「俺」が、ほとんど一人語りで進むお話は、軽快で軽薄にギャグを満載し、快調にすっ飛んでいく。前半までだが。今時の高校生の生態を良く知るという意味では、絶好のお話なのだが、後半になるとこれが暗転する。『野ブタ。』のTVドラマもタマタマ観ていたのだが、あまりにも異なる展開にビックリした。ま~TVドラマの方は、小説から設定だけ借り、アイドルタレントを出演させているのでハッピーエンドしないわけにもいかなかったのだろう。
 逆にこのような展開だからこそ、まっとうなインパクトのある小説として成り立っているのだ。自分を演じるという『仮面性』は古典的なテーマだが、政治でも犯罪でも何でも『劇場化』してしまう現代だからこそ、現代的テーマなのだとも言える。ましてや学校生活を『プロデュース』するという発想は、いかにも今風だ。それにしても、このラストシーンは賛否が分かれるはず。いったい現役の高校生がこれを読むと、どう感じるのだろう。逃げたとのか、新たに立ち向かったのか、それとも世代によって意見が分かれるのだろうか?

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【2008/10】灰色のピーターパン

№72 灰色のピーターパン 著者『石田 衣良』 文春文庫 P310 ★★★★

 ご存知池袋ウエストゲートパーク(IWGP)の六作目なのだ。石田衣良のデビュー作であり、かつ人気シリーズなのだが、既に6冊を超えてしまった。それにもかかわらず、今までに読んだIWGPの中でも傑作の部類に入るお気に入りの短編集なのだ。
 盗撮画像を売りさばく小学生が、不良に脅されマコトに助けを求めてきた。その解決方法とは?「灰色のピーターパン」。自分の兄の足を壊した男の足を、同じように壊してくれという妹の依頼に、マコトはどう対応したか?「野獣とリユニオン」。ロリコン犯罪を疑われた知的障害者を、マコトはどうやって救ったのか?「駅前無許可ガーデン」。池袋の犯罪を徹底的に壊滅しようとする副知事に、実は裏の事情があることを嗅ぎつけたマコトのとった行動とは?「池袋フェニックス計画」。
 白黒をはっきりと付けたがる現代人に、グレーだが皆が納得できる解決方法もあるのだ、というマコト。相変わらずトラブルを素晴らしくスマートに解決してくれるところが嬉しい。マンネリだと言う批判も何のそのと、1作1作が非常に完成度の高い作品だと我輩は思う。最新の風俗を貪欲に取り入れ、現代社会の闇ともいえる箇所をえぐり出し、八方丸く治めるシリーズは、現代の水戸黄門なのだ。今回はあまりグロいシーンも無く、「Gボーイズ」のキングも、ヤクザのサルもキチンと活躍する万人にお薦めの現代人情話なのだ。

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【2008/10】イントゥルーダー

№71 イントゥルーダー 著者『高嶋 哲夫』 文春文庫 P377 ★★★

 1999年の「サントリーミステリー大賞受賞作」である。原子力研究所の研究員で、原子力学会技術賞を受賞したこともある程のエンジニアが書いたという異色のミステリーなのだ。さすがエンジニアが書いただけのことがあり、原子力や技術に対する真摯な態度は素晴らしい。
 日本を代表するコンピューター開発者に、突然25年前に分かれた恋人から連絡があった。あなたの息子が重体ですと。一度も会ったことが無い息子が追っていた事件を調べるうち、天才プログラマーとして活躍していた息子の恋人ともに、原発建設がからむハイテク犯罪の渦中に巻き込まれていく。
 ITバブルが生じる前の時代に、コンピュータ技術者を主人公に据え、原発の本質的課題をテーマにサスペンスを描いたことはすごいことだ。技術者の心情や職業人としてのプロ意識を的確に描写し、原発のメリット・デメリットを冷静に論じれる力量は並ではない。さすがエンジニア作家である。
 エンジニアと言うか理工系出身の作家が、最近特に活躍しているように見受けられる。昔はSF作家でさえ文学部出身だった。日本を代表するSF作家である小松左京も、たしか京大のイタリア文学部出身だったはず。医学部出身の作家は以前からいたが、医者が主人公であることが多い程度で、それほど文系作家と作風の違いは無い。しかし知っている範囲では、国立大工学部助教授だった『森博嗣』や、東北大学機械系の特任教授の『瀬名秀明』の作品は、やはり違う。単にキャンパスが舞台になることが多いと言うレベルではなく、作中で語られる科学や技術に対する考え方、思想、方法論がやはりエンジニアの思考方法なのだ。ま~森博嗣だと初期の『S&Mシリーズ』までが顕著だったが、その後は作風が変化していってしまったのだが・・・。
 とにかく、この『イントゥルーダー』は、エンジニでも充分納得できる、高度な科学技術を題材にしたハードボイルド調サスペンスなのである。

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【2008/10】空の中

№69 空の中 著者『有川 宏』 角川文庫 P537 ★★★

 『図書館戦争』でブレイクした有川宏2作目の作品。もっとも『図書館戦争』はまだ文庫化されていないので、我輩は読んでいないのだが・・・、ま~売れているという噂だけは知っているのだ。ということで、とりあえず読んでみたのだが、これが意外になかなかの「中高生にもお薦めの」エンターテイメント巨編なのだ。
 日本の上空で謎の航空機事故が続発。事故調査の結果、高度2万メートルの空域で発見されたのが、不可思議な生物。やがてこの謎の生き物が、日本だけでなく人類をも巻き込む、未曾有の大騒動になっていく。
 ライトノベルとして書かれたようだが、大人が読んでも十分に楽しめる大作。設定は、異種生物とのファーストコンタクトものSF。プロローグは本格的サスペンス巨編を感じさせる出だしで、快調なテンポでストーリーは進む。本格SFなら、異種生物の生態や文化とか、コンタクト方法やコミュニケーションそのものに、主眼が置かれるところ。しかしあくまで主役は2組の男女。女性パイロットとエンジニア、異種生物を育てた男女の高校生のW主役というところもユニーク。これらの登場人物達のキャラがなかなか良く、健全すぎるきらいがあるが、素直に感動できるお話になっている。土佐弁も効果的に使われており、万人に安心してお薦めができる快作なのである。

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【2008/10】ユージニア

№68 ユージニア 著者『恩田 陸』 角川文庫 P420 ★★★

 『第59回日本推理作家協会受賞作』なのである。いかにも恩田陸らしく、巻頭詩、真犯人は誰かという謎、引き込まれるミステリアスな雰囲気、各章で異なる何人もの語り手。さすが、というか恩田陸ワールド全開なのである。
 かつて、ある地方の名家で起きた大量殺人事件。犯人は逮捕されたのだが、数十年経ち、関係者のインタビューから次第に浮かび上がってくる真実。いったい真実を語っているのは誰で、いったい誰が真犯人なのか・・・。
 やはり恩田陸の魅力は、巻頭から醸し出される妖しい雰囲気と、最後まで続くミステリアスな謎にあると思う。そして、この2点が無かったらミステリーとしては認めないのが我輩の持論なのである。昨今は、徹底したロジックで犯人を突き止めたり、謎らしい謎も無く、ラストの大ドンデン返しで読者を欺くという、トリッキーな作品が目に付く。ま~これも近年のミステリーブームのおかげで、大量のミステリーが粗製乱造され、生半可なトリックやワンパターンのストーリーでは読者を満足させられなくなったためでもあるのだが。それにしてもだ、ミステリアスな要素も無いトリック小説を、ミステリーと言って欲しくはない。例えラストに意外な結末があったとしても、謎が最初の段階で提示されなかったり、妖しい雰囲気がまったく無かったりしたら我輩の評価は低い。これはもう純粋に好みの問題であって、作品の世間一般的評価とは異なってるとは思うが。しかしこの点においては、我輩の価値観においては、恩田陸の「ミステリー」は総じてミステリーらしいミステリーばかりなのだ。
 この作品もというか、この作品は特に構成が凝っており、いわばマニア向けのミステリーとなっている。数十年前に発生した事件の関係者にインタビューする形式なので、各章で語り手が異なり、しかも真実がどこにあるのかが結局最後まで明かされままなのだ。まあ暗示してはいるのだが、明示はしない。このあたりが、人によって評価が分かれるところか。

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【2008/9】ミッキーマウスの憂鬱

№67 ミッキーマウスの憂鬱 著者『松岡 圭祐』 新潮文庫 P276 ★★

 今では30冊近くまで達した大ベストセラー「千里眼」シリーズで有名な松岡圭祐が、意外なことにディズニーランド(TDR)を舞台にした青春ものを書いた稀有な作品。別にTDRの裏側を暴く目的で書かれたわけではなく、TDRのバックステージというあまり知られていない世界を描いた、いわゆる青春物語なのである。
 TDRでアルバイトをすることになった若者が、念願叶って巨大テーマパークの裏方として働くことになった。夢と希望に胸を膨らませて働き始めたが、パレードに出演するキャラクターの着ぐるみを着付けるだけという仕事の現実に、最初は戸惑うばかりだった。しかし様々な出来事に出会い、次第に裏方としての役目を認識することで、裏方としての仕事に誇りを持てるようになっていくのだったが、TDRを揺るがす大事件に巻きこまれ・・・。
 開園して25年経ち、数万人も働いているにもかかわらず、未だに秘密のベールに包まれている巨大テーマパークがもうひとつの主人公。夢と魔法の世界を保つため、開園当初から徹底した情報管理をしていたTDR。このため、意外とこのTDRを舞台にした本が少ないのは確か。そう言った意味では、この『ミッキーマウスの憂鬱』は珍しい小説なのだ。ここには、ほとんど知られていないテーマパークのバックステージが詳細に描かれ、そこで働く多数の若者たちを生き生きと魅せている。しかも松岡圭祐らしくTDRが危機に瀕し、やる気だけは人一倍ある主人公が、奔走して危機に立ち向かっていくサスペンスもある。
 小説の持つ楽しみには大きく2つあり、ストーリーそのものの持つ面白さと、その背景にある未知の世界を知る楽しさがある。作家は綿密な取材をすることで、その世界観を構築し、ディティールを積み重ねることでリアル感を生み出す。もちろんその世界の専門家の目から見たら、細々とおかしなところが目に付くだろうが、どうせシロートには知る由も無いし、とにかく面白ければよいのだ。この作品でもミッキーの扱いや着ぐるみの管理など、いかにもそれらしく描かれてはいるが、実際のところは作家の想像力の賜物なのかもしれない。ま~この小説は古典的青春もののストーリー展開なのだが、TDRの裏方を垣間見ることができる情報小説としての価値の方が高いような気もしたのだった。

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【2008/9】天切り松 闇がたり

№62 天切り松 闇がたり第一巻 闇の花道 著者『浅田 次郎』 集英社文庫 P275 ★★★★★

№63 天切り松 闇がたり第二巻 残侠 P298頁

№64 天切り松 闇がたり第三巻 初湯千両 P301

№65 天切り松 闇がたり第四巻 昭和侠盗伝 P294

№66 天切り松・読本 P223

 これはもう、誰がなんと言っても傑作なのだ。愉快な極道もの『プリズンホテル』を今年読み、浅田次郎を再発見できたことはとてもラッキーなことだった。なにせ、浅田次郎が自ら代表作と言っている、この『天切り松 闇がたり』を手にすることができたのだから。そして、期待通りに見事にハマッテしまったのだ!
 大正ロマン華やかなりし時代、天下のお宝だけを狙い、貧しい人々には救いの手をさしのべる義賊「目細の安吉」一家がいた。義理と人情に命を賭け、粋でいなせな怪盗たちの胸のすく大活躍。安吉一家の生き残りの老人・松蔵が、獄中で六尺四方にしか届かないという「闇がたり」を用い、生き生きと現代に蘇らせる、そんな短編シリーズなのだ。
 何が良いって、生粋の江戸っ子が語る江戸弁が気持ち良い。江戸から明治に移り、やがて華やかな大正時代の幕開けの頃、まだまだ東京には江戸の情緒が残っていた。「ちょんまげ」を結っていた江戸時代は、はるか昔のイメージがあるが、たった140年ほど前のこと。我輩の祖母は102歳で大往生したのだが、祖母たちが子供のころの時代は、まだそこかしこに江戸が息づいていたはず。ましてや大正から昭和にかけての時代なら、江戸時代に生まれ育った人なんぞ、まだまだ普通に暮らしていたはず。そんな時代だからこそ、江戸弁の啖呵がよく似合う。「こちとらまだ盗人の施しを受けるほど老いぼれちゃあいねえ。また大川にほっぽっちまうだけだぜ。親にくれる銭があったらよ、吉原にでも繰り出して男を磨いてきやがれ、このうすらとんかち」(百万石の甍より)
 この『天切り松シリーズ』には『天切り松・読本』というガイドブックの文庫まである。コアなファンが大勢いるのだろうが、我輩も思わず見つけたときには素早く買ってしまった。このガイドブックが、これまた良くできており、物語の舞台である帝都東京や登場人物の紹介。当然歴史的背景の解説はあるが、さらに物語に良く出てくるグルメ案内まであり、如何に作者が当時を入念に調べ上げていたのかが分かる。
 ま~何事も過ぎてしまえば、昔は良かったの昔話に大抵はなってしまうのだが、それにしても戦前というと、どうしても大東亜戦争に突き進んでいく、暗く耐久生活に耐え忍んだ生活のイメージがある。しかし実際には、この小説に描かれているように、大正から昭和初期にかけての十数年間は、モガ・モボが出現したように自由で華やかな時代だったようだ。つまり映画を通じて輸入されつつある陽気なアメリカ風俗と、粋でいなせな江戸文化が混在する、華麗で不思議な時代を背景に、この小説は成り立っているのだ。否、作家・浅田次郎にとっては、この時代そのものが主役であり、登場人物はあくまで脇役にしかすぎないのであろう。それほどまでに、この時代の雰囲気を見事に活写している。読者がこの時代にあこがれてしまうほどにだ。
 我輩がお気に入りの話に、『白縫華魁』がある。松蔵の姉が父親の博打の借金のかたに吉原に売られ、華魁(おいらん)になった末の悲劇。感涙ものの話も素晴らしいのだが、吉原の廓で繰り広げられる絢爛豪華な華魁道中の描写が特に素晴らしい。悲劇を背負った華魁が、そのプライドを高く掲げ颯爽と練り歩く様は圧巻だ。単なるパレードではなく、自由を渇望し、ほんの僅かな望みを胸の奥底に秘めながら、華魁としての虚栄と意地を貫くための、一世一代のお披露目なのだ。世界のどこに、娼窟を華麗な文化にまで昇華してしまった国があっただろうか。あらためて日本古来の伝統と文化を、今の世に再認識させてくれるこれらのお話は、日本人にとって必読の書なのである。

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【2008/9】魔王

№61 魔王 著者『伊坂幸太郎』 講談社文庫 369 ★★★

 相変わらず不思議な感覚を持つ作家だ、伊坂幸太郎とは・・・。『重力ピエロ』、「アヒルと鴨のコインロッカー』、『チルドレン』・・・、スタイリッシュでセンスの良い会話が身上の作家だが、今回のテーマは重い。この作品には、兄の視点で書かれた「魔王」と、その5年後を今度は弟の視点で描いた「呼吸」の2編が入っているが、主役は『ファシズム』なのだ。
 「魔王」会社員の安藤は弟の潤也と二人で暮らしていた。安藤は、自分が念じれば、それを相手が必ず口に出すことに偶然気がつく。そこで、大衆に熱狂的に受け入れ始めていた野党党首に、近づき始めたのだが・・。
 「呼吸」その五年後、反米に傾斜していく日本で、静かに暮らしている潤也も、ある特殊な能力を持っていることに気が付き、やがて・・。
 う~む、法学部出身の伊坂だからか、政治的要素がかなり濃いお話であることは確か。ファシズムの胎動が聞こえてくる中で、大衆に流されずに考えることが得意な兄は、ささやかな抵抗を試みる。逆に直感に優れた弟も、自分が得た力を社会に向けて行使していく。この作品が発表されたのは、ちょうど小泉首相が登場する直前なのだ。作家は、その時代の雰囲気を敏感に感じ、危険な香りを嗅ぎ取り、作品に投影する。幸いかどうかは分からないが、小泉首相の後は、カリスマとは無縁の日和見大衆迎合型の首相になったため、『魔王』のようには進みそうも無いと思うが。
 しかし何と言うか、いつもの伊坂幸太郎の作品よりフットワークは重く、軽快に読めるわけではない。唐突な終わり方といい、突きつけられた問題の重さもあり、万人にお薦めできる作品ではなかったのだ。

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【2008/9】鳥人計画

№60 鳥人計画 著者『東野 圭吾』 角川文庫 388  ★★★

 ただいま絶好調「東野圭吾」が、デビュー後10年経ってもなかなか売れなかった時代、1994年の作品。
 日本を代表する天才ジャンパーが毒殺された。警察の捜査が難航する中で、峰岸コーチを密告する手紙が届く。逮捕された峰岸は、留置場の中で密告者が誰か推理を始めたのだが・・・。
 事件の犯人をすぐにバラしているので倒叙ミステリーかと思いきや、犯行の動機がまったく不明で、しかも密告者探しもあるので、最後の最後まで謎が続くことになる。ただ、とんでもないトリックがあるわけではないので、ミステリーとしてはフツーレベル。しかし、この小説の最大の特色は、ジャンプ競技というマイナーなウインタースポーツにスポットをあて、世界の頂点を極めるアスリート達の過酷な状況と、勝つためには何でもしてしまうスポーツ界に対する問いかけの方にある。スポーツ科学の発展により、トップアスリート達はサイボーグのようになり、勝つためなら人間性なんかは無くてもよいのか、というメッセージが重い。
 凝った構成、予想を裏切るプロット、ジャンプ競技に関する薀蓄とトップスポーツに関する慧眼。どれも水準以上の出来具合なのだが、ミステリー感が足りない分お薦め度は多少低かったのだ。

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【2008/9】ニコチアナ

№59 ニコチアナ 著者『川端 裕人』 角川文庫 462  ★★★★★

 ニコチアナとは、タバコ属植物の総称なのだそうだ。この『ニコチアナ』という小説は、「タバコ」という酒と並ぶ人類最強のドラッグを主役に据えた稀有な小説なのである。『夏のロケット』、『リスクテイカー』、『The S.O.U.P.』、『竜とわれらの時代』、『せちやん 星を聴く人』と傑作、名作を連発する、我輩大のお気に入りである「川端裕人」が、タバコという難敵をどのように料理したのかが、最大の楽しみなのであった。
 結論から言おう、傑作である。壮大な文明論が展開される傑作なのである。ぜひ読んでもらいたい。喫煙者であろうと嫌煙論者であろうと、関係なくお薦めできる。ヘビーな嫌煙論者である我輩は、実は大好きな川端が喫煙を容認するような小説を書いたら、どうしようかと危惧をしていたのだ。幸いなことに川端は、見事なまでに客観的立場で、タバコの人類に対する立ち位置を描いてみせている。
 無煙タバコを開発した日本の会社の社員メイは、提携先である米国タバコ会社とニューヨークで新製品の発表会を開催した。だが会場でニコチンテロが発生。メイは無煙タバコの特許を有する人物を捜し求めるため、タバコの歴史を紐解きながら、大陸横断の旅に出る。その時、世界のタバコ畑では、謎の病気流行だしていたのだった・・・。
 粗筋では、とてもとてもこの小説の魅力は表現できない。タバコ産業の巨大な利権をめぐる争い、喫煙派対非喫煙派の過激な対立、西洋文明とタバコの持つ呪術的歴史との対立、西洋文明の代表であるアメリカにおいて、人種と文明の「るつぼ」であるアメリカにおいて、呪術的世界が反撃を開始するのだ。
 ここにはタバコに関する莫大な情報、薀蓄が詰め込まれている。川端小説の特色として情報量の多さがあげられるのだが、タバコという分かっているようで、実はまったく分かっていない公認ドラッグの歴史と知識が詰め込まれているのだ。かつて古代マヤ文明の神聖な儀式であった喫煙という文化は、西洋文明が紙巻タバコに変え、第二次世界大戦中に全兵士に配ることで、大量に世界中にバラ撒かれ、多大ニコチン中毒者を生み出した。これは、西洋文明に侵略され抹殺されてきた南米文明の怨嗟が、タバコというドラッグで西洋文明を静かに犯しているのだ、という解釈はユニークで秀抜。西洋対非西洋という単純な図式ではなく、近代的科学観が魔術的世界観を打ち破る話でもない。科学と魔法が生み出す稀有なお話なのである。

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【2008/9】木曜組曲

№58 木曜組曲 著者『恩田 陸』 徳間文庫 247  ★★★★

 恩田陸1999年の作品。2002年には映画化もされているようだ。恩田陸はちょうどこのころ、『三月は深き紅の淵を』『象と耳鳴り』『麦の海に沈む果実』と傑作ミステリーを連発し、新進作家から気鋭のベストセラー作家に脱皮する時期だった。だからというわけでもないのだが、この『木曜組曲』も独創的な構成で、かつ非常にミステリアスな雰囲気が漂う心理サスペンスの傑作なのだ。
 4年前に謎の薬物死を遂げた耽美派小説の巨匠・重松時子。彼女を偲んで毎年、縁の深かった5人の女たちが時子の館に集っていた。しかし、今年は謎の花束が届いたことにより、いつもと雰囲気が変わってしまう。流行作家、純文学作家、ライター、編集者、出版社の経営者、全員物書き仲間である彼女たちは、時子の死について自らの推理を語りだす。はたして時子は他殺か自殺か?次第に告発の渦になっていく先には・・・。
 恩田陸お得意の会話劇。古い洋館が舞台というのも雰囲気を盛り上げる常套手段なのだが、舞台はこの一幕だけ。しかもひたすら5人の女たちがおしゃべりするだけなのだ。このごくシンプルな舞台設定だけで、これだけの傑作ミステリーを作り出す手腕はさすがだ。また、登場人物が全員物書きという、恩田陸jの分身達が実に良くしゃべる。作家の心理ならそれこそ熟知しているので、作家で無ければ決して語れない裏の実情まで、非常に赤裸々な会話がとても興味深い。たとえミステリー抜きだとしても、この作家たちの会話だけでも充分読む価値がある、と思えるほどだ。
 恩田陸には、4人の男女が山道を歩きながらひたすら会話するだけでミステリーになってしまう、傑作『黒と茶の幻想』という作品もある。この『木曜組曲』の数年後に書いているのだが、『木曜組曲』で成功した会話するだけの長編ミステリーを、もっと徹底して突き詰めたかったのかもしれない。会話だけのミステリーというのは、過去にあったある事件や出来事を、関係者が秘かに隠してきた事実を、会話を積み重ねていくことで少しづつ明かし、まったく別の出来事に見せてしまう物語のことなのだ。関係者達は、利害関係が複雑なので、相手の言っていることが真実なのか嘘なのかが分からず、次第に疑心暗鬼に陥っていく、というパターンになる。他の作家だと、短編では見かけることがあるが、少なくとも我輩には長編でほとんど読んだ覚えが無い。
 ま~何はともあれ、派手なアクションやあっと驚くトリックがなくとも、これだけ面白い物語を紡ぎ出せる恩田陸には脱帽なのである。

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【2008/8】六枚のトンカツ

№57 六枚のトンカツ 著者『蘇部 健一』 講談社文庫 442  ★

 「第3回メフィスト賞」を受賞した作品。というと、まともなミステリーを期待するところだが、とんでもない。解説に散々アホバカ・トリックと書いてあるので、ま~ろくでもないトリック連発のお馬鹿系ミステリーを最初から期待していたのだが、ま~なんというか玉石混合で、東野圭吾『名探偵の掟』よりはまだマシというレベル。
 基本的には保険調査員の小野が主人公なのだが、探偵役だったり、ワトスン役だったり、狂言回しになったり、よく分からない主人公なのだ。短編が16編も入っているのだが、大半がコメントできないギャグレベルのトリック。それでもいくつかは秀抜なトリックもあるので、油断ならないのだ。ようするに、謎があってそれを探偵が見事に解決する、といったことを期待せず、最後に落語のような(落語よりさらに下品だが)オチがある、と思って読めば楽しめる(人もいる)はず。いろいろと罵詈雑言が浴びせられているようだが、メフィスト賞に選ぶ人もいるわけで、過剰な期待をもって読んだりしなければそれなりに楽しめる珍作なのである。

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【2008/8】流れ星の冬

№55 流れ星の冬 著者『大沢 在昌』 双葉文庫 429  ★★★

 「帰ってきたアルバイト探偵」以来、2年ぶりの大沢ハードボイルド。この「流れ星の冬」は1994年発刊で、我輩が読んだのはなんと第20刷というロングセラーなのだ。
 大沢/京極/宮部の3大人気作家の中で、最も読んだ本が少ないのがこの大沢。京極はほぼ全作品を読破。宮部も初期のころは全部読んでいたのだが、最近のベストセラーは何となく手が出なくなった。大沢は「新宿鮫」の初期の作品と、「アルバイト探偵シリーズ」程度しか読んでいない。よ~するに最近は、どうせハードボイルドのエンタメなら軽め!と決めているのだ。ホントは『原尞』や『矢作俊彦』の、やたらクールなハードボイルドが大好きなのだが、やたら重く複雑なプロットに、そろそろ飽きがきたのが本音。
 ということで、この「流れ星の冬」を手にした理由というのは、主人公が65歳の年寄りという大胆な設定だからなのだ。これならワンパターンのハードボイルドになるはずもなく、それほど深刻な話にもならずに、純粋に娯楽小説として楽しめそうだと思ったのだ。ま~結果としても、期待通りなのであった。
 平穏で優雅な独身生活を過ごしていた大学教授・葉山は、突然トラブルに巻き込まれる。原因は40年前の仕事。葉山は実は強盗団の一味だったのだ。男の誇りを賭け、再び銃を手に取った葉山は、巨大な敵に立ち向かっていく・・・。
 粗筋だけだとフツーのハードボイルドだが、65歳の大学教授が主人公というのがミソ。ハードボイルドの主人公といえば、口数が少なくタフで行動力がある私立探偵、と相場は決まっているのだが、今更これではあまりにワンパターンすぎるのだ。最近では、主人公が車椅子に乗った障害者だったり、平凡な家庭の主婦が実はゴルゴ13ばりのスナイパーだったりする無茶なお話もあるので、年寄りが主人公ぐらいで驚いてはだめなのだ。ま~年寄りなので、無謀な格闘シーンも無く、当然銃と頭脳だけで立ち向かうしかないので、全体に軽快に読めてしまうのだ。ちょっと変則的なハードボイルドを楽しみたい人にはお薦めの作品です。

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【2008/8】償いの椅子

№54 償いの椅子 著者『沢木 冬吾』 角川文庫 596  ★★★

 ハードボイルドなのだ。しかし、孤独な探偵が謎の依頼を受け、初めボコボコにやられてから最後にクールに解決する、というワンパターンなお話などではない。最初から、主人公・能見は車椅子に頼るしかない障害者として登場。経歴はまったくの謎で、しかも能見が行動するたびに、周りの刑事・公安・昔の仲間たちが不安にかられて騒ぎ出すのだ。この能見とはいったい何者で、どんな目的を胸に潜めているのか?なぜ足の自由を奪われたのか?という興味で読者を引っ張っていく。
 かなり複雑な構成で、のっけから登場人物が多いために取っ掛かりは読みづらい。しかしクールなハードボイルドと思わせて、意外にも不幸な家族との係わりや、姪や甥にかける無償の愛情なども絡ませていくため、なかなかの深い人物描写となっていく。ラストの死闘はお決まりだが、マッチョな探偵ではなく車椅子の能見が、どうやって壮絶な戦いを潜り抜けるのかが興味の中心。ラストになると一気呵成に読ませるスピーディーな展開に、想像以上の暴力と破壊を繰り広げる描写には、いささか驚いた。ハードボイルドがお好きな諸兄方にお薦めの一品なのである。

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【2008/8】ブルータワー

№53 ブルータワー 著者『石田 衣良』 徳間文庫 500  ★★★

 人気作家・石田衣良初めての、SF長編なのだ。「池袋ウエストゲートパーク(IWGP)」シリーズで、一躍人気作家となった石田衣良だが、洗練された都会風アクションが持ち味。この「ブルータワー」が、意外にも初めてのSF風設定の長編なのだ。
 悪性の脳腫瘍ために、余命数ヶ月となった瀬野は、ある日激痛によって意識が無くなった。しかし目が覚めた先は200年後の東京。しかも高さ2キロメートルもある巨大な塔に住んでいたのだ。しかし地上は細菌兵器のウイルスが蔓延する世界。人類は大半が死滅し、残った人々は塔に閉じ込められ、上層階が下層階を支配する完全な階層社会となっていた。瀬野は、この社会が塔と共に崩壊しそうなことを知り、現代と200年後を往復しながら、塔の崩壊を救おうと決意するが・・・。
 SFといってもサイエンス部分はあまりなく、細菌兵器に侵され破滅寸前の世界という設定がSF的なのだ。しかも徹底的な格差社会という絶望的な状況の下で、現世で死の宣告を受けた瀬野が、200年後の世界をどうすれば救えるのか、という主題がストーリーを引っ張っていく。もちろん9.11テロが着想のきっかけなのだそうだ。倒壊する巨大タワーのイメージが、この小説の骨格を形成し、テロとその報復テロへの絶望が根底に流れているのだ。
 高さ2キロの巨大タワー、インフルエンザウイルスをベースにした細菌兵器、ブレスレット形状の個人用AI(パーソナルライブラリアン)といった、なかなか魅力的で説得性のある舞台設定がこの小説を支えている。もっとも、200年も経たなくともこの程度のテクノロジーは実現してしまうだろう。先日の新聞に載っていたのだが、高さ1キロの巨大ビルが現在競って建てられているそうだ。日本の建築技術なら高さ3キロのビルも実現できるが、場所がないのでまだ建ててないだけ、とのコメントだった。
 テクノロジーは加速度的に進化していく。しかし人間の価値観や社会はそう簡単には変わらない。取り扱いが危険なレベルに達したテクノロジーを、品性も欲望も昔のままの人間が、いつまで操れるのだろうか。200年前の人間が、最新のテクノロジーを駆使して社会を救うお話は、人はいつまで経っても進化できない生き物だと言っているようにも思えたのだった。

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【2008/8】ブルースカイ

№52 ブルースカイ 著者『桜庭 一樹』 ハヤカワ文庫JA 375  ★★★

 不思議な感覚のお話なのだ。今を時めく直木賞作家・桜庭一樹の、少女をめぐる3つのお話である。
 魔女狩りの嵐が吹き荒れる1627年のドイツ。祖母と静かに暮らす10歳の少女マリーにまで、魔女狩りの追っ手が迫ってきた。天から降ってきた黄色い人と共に、絶望的な逃避行が始まる・・・。2022年のシンガポール。3DCGのアーティストである青年は、自ら創造したゴシック世界のCGの中で、不思議な少女と出会うが・・・。2007年鹿児島。ケータイ命の女子高生は、突然桜島の大噴火に巻き込まれ、吹き飛ばされてしまうが・・・。
 第1話の魔女狩りのお話がなかなかリアルで不気味で良くできている。子供がいきなり大人になってしまう中世の世界。少女という概念がまだ無い時代。第2話の近未来になると、逆にジェンダー間の差が無くなり、オタクから発展したモラトリアムな青年が、文化の中心になる時代。第3話の現代では、少女達の商品価値は異常に高く、ケータイやファッション文化のリーダー的存在になっている。こう書くと何かテツガク系に思われそうだが、まったく異なり、少女としての感性で成り立っているようなファンタジーなのだ。かつて少女であった桜庭一樹の、時代感覚なのであろう。ケータイとでしか世界と繋がることができない、少女という生物。世界というシステムを、感覚だけを頼りに生きている、現代の少女に対するアンチテーゼな寓話に読めてしまったのだ。

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【2008/7】扉は閉ざされたまま

№51 僕扉は閉ざされたまま 著者『石持 浅海』 祥伝社文庫 321  ★★★

 『月の扉』『水の迷宮』と、魅惑的なミステリーを書いている石持浅海だが、この『扉は閉ざされたまま』で2005年「このミス」2位に選ばれ、ベストセラーとなっている。
 大学の同窓会で、7人の友人たちが豪華なペンションに集まった。伏見は入念な計画で完璧な密室をつくり、事故を装って後輩を殺害。犯行は成功したかに見えたが、優佳だけが疑問を抱く。閉ざされた扉を前に、部屋の中の状況を推理して、開けさせようとする優佳と、開けさせまいとする伏見の、息詰まる頭脳戦が続く・・・。
 この作品は、冒頭で犯行の様子が描かれる、いわゆる倒叙ミステリーなのだが、作者の作品の特徴である「理詰め会話」が顕著になっている。人の行動すべてに一つ一つ理由付けし、推理を積み重ねていくスタイルで、ストーリーが進んでいくのだ。犯人役と徹底的にロジカルな会話・議論をこなすことで、探偵役・優佳の推理の冴えが光ってくる仕掛けなのだ。犯行方法そのものは、最初の段階で大半が分かってしまっているので、謎の中心はなぜ犯人は扉を開けさせないことにこだわるのか、になる。この謎の答えや動機にはいろいろと議論があるようだが、ま~この部分がこのミステリーで、最もユニークで斬新なところなのだ。
 万人にお勧めできるミステリーと言うわけではないが、理詰めの議論がお好みの読者には喜んでくれるはずである。

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【2008/7】僕たちの終末

№50 僕たちの終末 著者『機本 伸司』 ハルキ文庫 554  ★★★

 SF界の奇才・機本伸司が、今度は恒星間宇宙船を造ったのだ。『神様のパズル』では巨大加速器による宇宙創生の実験を行い、『メシアの処方箋』では古代からのメッセージとDNA技術で、救世主を創ってみせたくれた。テーマだけ言うと、ハインラインや小松左京のような壮大な本格SFのようなのだが、語り口はいつも下世話な庶民派タイプで楽しませてくれる。
 2050年、太陽の活動異常により絶滅の危機を迎えた人類。天文学者の神崎は、宇宙船を5年で建造するという無茶な計画をぶち上げ、資金を募り始める。しかし待ち受けていたのは、予想だにしなかった難問の数々だった・・・。
 読み始めは、宇宙船の建造という壮大なプロジェクトを運営する物語なので、小川一水の『第六大陸』のようなイメージをしていたのだが、そうではなかった。最初は資金面、次に技術的課題、最後は政治問題にぶち当たるのだが、宇宙船の建造というエンジニアリング部分は完全にカット。主に、恒星間航行という技術的ブレークスルーが必要なところにアイデアと頁数を注ぎ込み、なかなか夢のある解答を出している。が、宇宙船の具体的な建造まではさすがに省いていた。
 ま~機本の語り口では、お堅いエンジニアリングよりか、軽妙な会話とスピーディな展開のほうが似合っているのは確か。また、神崎の所有しているケータイ型PCというかAIとの丁々発止のやり取りも楽しい。このコンピューターにわざと哲学的問題を与えてハングアップさせてしまうやり方などは、機本が人工知能におけるフレーム問題に対して正しい見解を持っているからであろう。これらの小技やガジェットが、作品の世界観のレベルを上げているのだ。
 それにしても、機本伸司の小説に登場する主人公は、どれもかなりアクが強く、脇役達も個性的なのだが、語られるテーマは深く壮大でさえある。否、人類の存亡に係わる深刻な事象だからこそ、軽妙に語らざる終えないのかもしれないのだろう。

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【2008/7】名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方

№49 名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方 著者『鈴木 康之』 日経ビジネス文庫 251  ★★★

 このようなブログを長年書いていると、どうしても惰性になってくるし、文章もマンネリ化する。かといって、多少の努力ではプロの作家たちのような文体が書けるわけでもない。と、漠然と感じていた今日この頃であったのだが、いつもの本屋でこの「名作コピーに学ぶ読ませる文書の書き方」が目に留まったので、つい手に取ってしまったのだった。
 しかし想像以上に、なかなか良くできたノウハウ本なのである。著者は、プロのコピーライターであり、同時に広告学校のコピー技法の講師を務めているのだから、まさにコピーの師範代。旨いコピーを書けるだけでなく、思わず納得してしまうコピーは、どうして人はそう感じてしまうのかを、説明できてしまうのだからすごい。企業広告のコピーは、センスの良い単なる思いつきの文章か、と何となく思っていたのだが、そんな甘いもんではなかったのだ。限られた文字数の中で、計算された文章を、推敲に推敲を重ねた結果が企業広告のコピーなのだ。
 この本は、文章の書き方や表現方法を教える修辞学の本ではなく、名作といわれるコピーを題材に、どうしてそのコピーが心に響くのかを丁寧に解説してくれる本なのである。なので、名作コピーはなぜ名作なのかがよく分かるが、どうすればそのような名文が書けるのかは分からない。ま~当然と言えば当然なのだが、ノウハウ本を読んで安直に名文が書けたら誰も苦労しないのである。それにしても『文章は書くものではない。読んでもらうためのものである』という言葉は、納得!という感じ。まず自分の書きたいことだけを書き散らしているのが大半のブログだろうし、まさにこのブログもそうなのだ。最初は自分の読書遍歴の記録(ログ)のためだけに書き始めたなので、読んでいる人がいることを意識することはほとんどないのだ。やはりこんな駄文でも、せっかく読んでくれる人がいるので、心して書くべきなのであろう、と海より深く反省するのであった。

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【2008/7】プリズンホテル

№45 プリズンホテル1 夏 著者『浅田 次郎』 集英社文庫 315  ★★★

№46 プリズンホテル2 秋 435頁

№47 プリズンホテル3 冬 310

№48 プリズンホテル4 春 403頁

 いや~娯楽小説の王道ですな。極道小説家の主人公が極道ホテルで大騒ぎという、さすが初出誌があの「週刊アサヒ芸能」ならではの、キャラ設定なのだ。夏、秋、冬、春の全4部作と大作だが、あまりの面白さに一気に読めるのだ。
 極道小説で人気作家となった木戸には、ヤクザの大親分である叔父の仲蔵がいた。ところが仲蔵は任侠団体専用ホテル、人よんで「プリズンホテル」のオーナーでもあった。そこでは熱血ホテルマン、天才シェフ、巨体のゴンザレス、奇妙な人々が大騒動を繰り広げていた。
 第一巻「夏」:定年後に温泉旅行に出かけた夫婦がプリズンホテルに迷い込んでしまった。熟年離婚を切り出すはずの妻は、ホテルで様々な人間模様に巻き込まれ、冷え切った心が次第に溶け出していく。
 第二巻「秋」:プリズンホテルに、なんと任侠一家と警視庁の慰安旅行が鉢合わせ。仲蔵親分の恋物語も絡んで、一発触発の危機が続く。
 第三巻「冬」:救急医療の最前線で奮闘する看護婦長マリアは、真冬のプリズンホテルで元恋人の医師と出会う。患者を安楽死させ、被告人となった医師、山に死ぬ理由を探しに来た少年、死線を何度も潜り抜けてきた世界的アルピニスト。厳冬の地で様々な”命”が向き合う。
 第四巻「春」:木戸が文壇の最高権威「日本文芸大賞」の候補となった。選考結果を待つべく出版社の面々とプリズンホテルに投宿。そこに懲役五十二年の老博徒が現れ、一大賭博が始まったため、またまた大騒動。そして感動の大団円に。
 極道が主人公というと、小林信彦の大傑作「唐獅子株式会社」シリーズが有名。1980年頃の小説なので、1994年出版の「プリズンホテル」より、さらに14年も前になる。最初読み始めたときは、どうしてもこの「唐獅子」と比較してしまい、母親や妾に罵詈雑言を浴びせ、小突き回す性格破綻者の主人公・木戸のキャラにも馴染めなかった。しかし「唐獅子」は、当時の最新の風俗を取り入れたブラックユーモアがウリだったのに対し、「プリズン」はドタバタの中に人間の悲喜劇を織り交ぜ、濃くてくさい芝居で笑わせ、泣かせてくれる。どうしようもなく演歌の世界、「つか」にも通じる芝居小屋の世界なのである。
 連作の場合、後半になるとどうしても息切れしてくるものだが、第三巻目に大悪漢小説「きんぴか」シリーズの主要人物「血まみれのマリア」まで登場させ、大活躍。メロドラマを魅せてくれる、それこそ出血大サービスなのだ。
 とにかく、どこまでも面白くサービス精神に溢れたエンタメ小説である。万人にお勧めとまでは言えないが、とりあえず騙されたと思って読んでみることです。ハイ。

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【2008/7】メシアの処方箋

№44 メシアの処方箋 著者『機本 伸司』 ハルキ文庫 481  ★★★★

 SF界の救世主「機本伸司」が、デビュー作にして小松左京賞の『神様のパズル』に続いて放つ、傑作長編SFなのだ。小松左京を髣髴させるスケールの大きさと、着想の素晴らしさ。ユニークな主人公と先の読めない展開の面白さ。SF好きにはたまらない。一気呵成に読んでしまったのだ。
 温暖化の影響でヒマラヤの氷河湖が決壊。するとそこからなんと5千年前の「方舟」が浮かび上がってきた。その内部から大量の「木簡」が発見されたが、不思議な蓮華模様が刻まれており、そのメッセージを解読すべく世界的な競争が始まった。ところがそこから浮かび上がったのは何とDNA。秘密裏に人間のDNAと合成し、メシアを誕生させようと画策が始まったのだが・・・。
 倫理観の無い生命科学者をチームに引き込み、暴走気味にメシアを誕生させようとする「ロータス」。金さえかければ生物をデザインし誕生させることができる近未来のゲノム技術。「ロータス」はテクノロジーを駆使し、その能力さえ不明の未知の生命体を、知的好奇心を満足するためだけのために、手段を選ばず何としてでも生み出そうとする。しかし皮肉なことに、方舟のメッセージから誕生した「メシア」は、そんな暴走する科学に対して警鐘を鳴らし、「救い」を与えてくれるのだった。
 SF界の巨匠である小松左京と最も異なる点は、主人公達のキャラであろう。これだけ倫理観の欠如した人物が、強引に物語を引っ張っていく展開は、かなりユニーク。周囲の人物はそれなりに悩むのだが、所詮生命倫理に正解があるわけではないので、引きづられるだけ。このようなストーリー展開だからこそ、生命倫理とは何ぞやという本質論が見えてくる。単なる娯楽SFではなく、人間や生命の本質を考えさせてくれるのだ。難解な専門用語も少なく、最後まで快調に読める傑作SFなのだ。

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【2008/6】脳と仮想

№43 脳と仮想 著者『茂木 健一郎』 角川文庫 264  ★★

 今、最も旬でメジャーな理学博士『茂木健一郎』の『小林秀雄賞』受賞作である。クオリア(数量化できない微妙な質感)をキーワードに、物質である脳になぜ「心」が宿るのかを考察している。
 言われるまでも無く、現代は科学至上主義である。科学的思考方法が身に沁みてしまった現代人は、数値化できないものは、あたかも存在していないがごとく、無意識のうちに排除している。したがって脳科学者達は、「心」という厄介なものはとりあえず「無いこと」にし、物質として扱うしかなかったのだ。しかし茂木は、認知科学者として避けてはいけない脳と心の関係を、「サンタクロースはいるの?」という少女の素朴な質問をきっかけに、深堀していくのだ。
 瀬名秀明の傑作『デカルトの密室』も同様なテーマだが、SF小説の形式でAIの延長線上に「心」を見出そうとしていた。科学者である茂木は、小林秀雄の論考を推し進めようと、このエッセイのような論文を書いている。どちらもテーマは一緒なのだが、方法論の違いからか、スタート地点の違いからか、ずいぶんと差が出ているように思える。クオリアという概念をやたら持ち出す茂木の考え方は、いまひとつ分かりづらかった。2003年に出版された、ちくま新書の「意識とは何か」という著書もそうだったが、クオリアという概念をきちんと説明せず、クオリアという概念だけで意識という謎を解こうとしているように思える。しかし結論が出るわけでもなく、結局謎は謎のままで終わってしまった。ま~そう簡単に解明するわけも無いのだが、AIの延長線上に可能性を見出したほうが、漠然としてでも分かる様な気もするのだが・・・。とりあえず、あらためて正面から意識とは何かを問いかけた論考なのである。

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【2008/6】キャラクター小説の作り方

№42 キャラクター小説の作り方 著者『大塚 英志』 角川文庫 357  ★★★★

 いやはや、これまたユニークな小説論なのである。大塚英志といえば、今ではマンガの原作者と知られているが、かつてはマンガを日本独自の文化として、初めて体系立てて論じたサブカルチャー論者としても知られている。1989年に出版された『物語消費論』(最近また再販されたようだが)は、画期的な消費社会論であった。80年代末に子供たちを一斉風靡した「ビックリマンシール」や、「同人誌」に代表されるように、作り手が送り出す「物語」に飽き足らず、その世界観だけを借り、自らその世界を構築・消費ていく様を、大塚は「物語消費文化」と名づけた。大日本帝国が敗れ、70年代にはイデオロギーが消滅し、今さら宗教も信じられない現代日本人の精神構造を、20年以上前にサブカルチャーの観点から読み解いて見せたのだ。現代サブカルチャーの旗手『東浩紀』にも、多大な影響を与えているはずなのだ。
 ところでこの「キャラクター小説の作り方」なのだが、角川スニーカー文庫のような小説をキャラクター小説(今では「ライトノベル」が一般的)と、大塚は名付けている。ジュニア向けで類型化されているため、低く見られているこのライトノベルに対して、大塚は近代以前の日本の俳句・短歌・説経節などの文芸は、「型どおりの表現」が当然であった、と指摘している。つまり昔の文芸は「決まり文句」の組み合わせだったが、近代の「写生文」によりパターン化は駆逐されてしまった。つまりパターン化された文芸は、日本古来からある伝統的な手法であり、決して低次元なものではない。「写生」的リアリズムが主流の近代文学に対して、「記号」的パターンで成り立つライトノベルに、文学の可能性まで大塚は見出そうとさえしているのだ。
 さらに大塚は、物語の書き方をRPGに倣って指導する。キャラクターの創り方、世界観の構築、ストーリーの構成方法、どうすればキャラクター小説を書けるのかを述べている。しかし、この本は実践的な小説の書き方を期待している読者には向いていない。やはり大塚の小説批評・小説論なのである。(初出の雑誌連載時にあった、より実践的な「宿題編」が削除されているのも原因だが)
 ま~フツーの読者にとって、「物語」には一定の文法や規則性あり、そのコツを習得すれば小説が書けそうだ、というだけでも十分面白い。とにかく、東浩紀の『動物化するポストモダン』を面白いと感じた人には、必読の書なのだ。

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【2008/6】デカルトの密室

№41 デカルトの密室 著者『瀬名 秀明』 新潮文庫 617  ★★★★★

 いやはや、久しぶりにテツガクした衝撃の思弁的SFなのだ。ここには人工知能、ロボティクス、哲学、倫理学など膨大な『知の体系』が登場してくる。人間と機械の境界を探るテーマは、SFでは古典的なのだが、あまりに深すぎるテーマのため、広大な情報の海に投げ出されることになってしまう。しかし瀬名秀明は溺れもせずに、ミステリアスな話術で最新の情報科学の知見を披露してくれているのだ。
 ロボットが実用化されつつある社会。ロボット学者の裕輔と進化心理学者の玲奈は、ロボットのケンイチと暮らしながらケンイチの精神をも成長させようとしていた。ところが3人が参加した人工知能のコンテストで、裕輔が誘拐されケンイチが殺人犯にされてしまう。しかも殺された天才AI学者フランシーヌの殺害映像がインターネットに出回ると、映像情報そのものが成長を始め、その背後にある巨大なロボット企業の意思が次第に出現してきたのだった。
 瀬名秀明はかつて、SFホラーの『パラサイト・イブ』でデビューし、脳の進化SFの傑作『BRAIN VALLEY』で世間を驚かせ、ロボットとの共生をテーマにした『ハル』を書いている。他に『八月の博物館』という博物館をテーマにした、風変わりな(自己満足気味の)メタ小説もある。この『デカルトの密室』は、『ハル』に続く系統の、知能をテーマにした傑作サイエンス・フィクションなのだ。
 知能、知性を掘り下げようとすると、どうしても哲学の領域に踏み込まざるおえない。ここではデカルトの『方法序説』を何度も引用し、『チューリング・テスト』『中国語の部屋』といった有名な思考実験を試すことで、人間とAIの違いを探っているのだ。
 大学の教養課程で読んで以来、ウン十年かぶりでデカルトの文章を読んだが、「我思う、ゆえに我有り」という考察は、確かにAIの分野では避けては通れない考え方なのであろう。それにしてもAI研究において「フレーム問題」という考え方があることを知っただけでも、この本を読んだ価値がある。フレーム問題とは、この実存世界をどうやってコンピューターに記述するかという問題なのだ。例えばカップでコーヒーを飲むという行為を、一般化してプログラミングするためには、カップがコップや湯のみになったり、コーヒーが水やお茶になる場合なども含めて、いわゆる『常識』というやっかいなものまで記述しなければならない。だから実際には一般的な行為を記述しようとすると、とたんに扱わなければならない情報量が爆発してしまうことになる。これは人間にも当てはまるという学説もあり、これが災害時などのパニックに相当するという。
 ま~それにしても、この小説自体に莫大な情報量が詰め込まれており、しかもそれぞれがストーリーに密接にからむため、かなり読者を選んでしまいそうである。Web上の書評では意外なことに評判は良くない。理解できないとかペダンティズム(衒学)だとか言われているようである。恐らくAI分野やコンピューター科学、哲学に興味の無い読者にはなかなかつらいのだろう。しかしだ、やはりこの小説は何と言ってもAIについて最先端をいく最高傑作だと我輩は思う。密室トリックでは明らかに京極夏彦、主役のキャラ設定では森博嗣をパクッテいるようにも見えるが、だからこそ両作家のマニアにも、絶対のお勧めと言えるのだ。

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【2008/6】白い魔術師

№40 白い魔術師 著者『阿刀田 高』 集英社文庫 299  ★★★

 何十年かぶりで阿刀田高を読んでみたのだが、なかなかエスプリが効いて楽しめたのだ。この「白い魔術師」という短編集は、10年から20年前に発表された、ペダンティズム(衒学)をテーマに編まれたアンソロジーである。
 平凡なサラリーマンに、ある日突然競馬や株に勝利する電話が一方的にかかり続け、次第にもうけていったのだが・・・「幸福通信」。父の遺言で伝説の不死の人物に合えたのだが・・・「サン・ジェルマン伯爵考」。ゴルフの起源を描いたホラ話「ゴルフ事始め」。尾形光琳作の「紅白梅図屏風」の解釈に頁の大半を割いた「紅白梅の女」等など、全10編が収められている。
 ペダンチックというとあまり良い意味には使われないが、薀蓄を傾けるというとなぜか良く聞こえてくる。しかしやることはまったく同じはず。この阿刀田高は自らペダンティズムを掲げ、短編の中にあまり知られていない薀蓄を詰め込み、さらにヒネリとホラを加えることで、様々な短編をそれこそひねり出しているようだ。
 非常に短い短編ばかりなので、チョッとした空き時間にも読めるお手軽な短編集であった。

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【2008/6】蒲公英草紙-常野物語

№38 蒲公英草紙-常野物語 著者『恩田 陸』 集英社文庫 273  ★★★

 『夜のピクニック』『三月は深き紅の淵を』『黒と茶の幻想』『象と耳鳴り』・・・。様々な物語を豊に紡ぎだす名手恩田陸。その多数の作品群の中でも、この『常野(とこの)物語』シリーズは、また格別の味わいがある。不思議な能力を持つ『常野一族』、その最初の物語『光の帝国』は、優しさに溢れたファンタジーだった。『蒲公英(たんぽぽ)草子』もまた、上品でなぜか懐かしい風景の物語なのである。
 二十世紀初頭の古き良き東北の農村が舞台。村の中心的存在である、お屋敷のお嬢様・聡子と近所の医者の娘・峰子。病弱だが美しく聡明な聡子と、どこまでも優しい峰子。二人のほのぼのとした暮らしぶりが、幼い峰子の視点から語られる。やがてその旧家に、不思議な能力を持つ一族が訪れてきた。そのひと夏の不思議で哀しい経験が、幼い峰子を成長させていく。
 二十世紀が始まり、新旧の文化が入り混じり、対立し、やがて怒涛のように時代が人々を押し流していく。そんな時代の黎明期を捉え、美しい日本の田園風景の中に、不思議で優しくも哀しい物語が語られる。素敵な余韻の残る、特に女性にお勧めの作品であった。

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【2008/5】花まんま

№36 花まんま 著者『朱川 湊人』 文春文庫 317  ★★★

 直木賞」受賞のノスタルジックでホラー調の短編集なのである。昭和30年~40年代の大阪の下町を舞台に、子供が体験した不思議で奇妙な出来事を、情感豊に語ったお話が6編。それこそ我輩が、ちょうど子供時代の頃の話なので、懐かしい時代背景だったのだ。もっとも我輩は関東の住人なので、大阪下町の雰囲気を肌で知っているわけではないのだが、それでもこの小説の持つ、濃い昭和の匂いと、猥雑で妖しげな下町のイメージは堪能できた。まして関西圏の人間なら、もっとストレートに共感できるお話だろう。
 幼い妹が、ある日突然大人びた言動を取り始め、自分は誰かの生まれ変わりだと言い始めた、表題作『花まんま』。いっしょに遊んであげた病弱な朝鮮人の子が、亡くなってからも遊びに来る『トカビの夜』。聞けば必ず安からかに死ねる呪文を操る『送りん婆』。などなど・・・、ま~それにしても異様な世界が自然に繰り広げられるのだ。全編とも、大人になった主人公が、子供時代を回想して語るスタイルなので、余計に懐古調になるのだが、戦後の残滓が残る昭和はこんなにも妖しかったのだろうか。昭和30年と言えば『55年体制』が発足し、『戦後は終わった』発言もあったが、子供の目線からは、所詮無縁の世界。差別や因習が色濃く漂う世界でも、子供達には何の疑問もあるはずも無く、高度成長時代が訪れる直前の、それこそ日本全体がまだ離陸する以前の時代を捉えているので、妖しげな世界も存在を許されるのだろう。
 しかしこの世界は我輩の趣味か問われれば、全編異様な雰囲気が漂うので、そうとも言えない。もっとホッとするお話がいくつか織り交ぜていたなら、気に入ったかもしれないのだが・・・。
 Amazonの「花まんま」の読者の書評欄を眺めると、なぜか単行本の読者は絶賛し、文庫本の読者はそれほどでもない。これはだいたいにおいて一般化できると思うのだが、単行本の読者はたいていが著者の熱心なファンであり、文庫本の読者は書店でタマタマ目に留まった本を買うことが多いと思う(というか我輩がそうなのだが)。なので、文庫本読者はその小説に対して思い入れが少ない傾向があるのではないだろうか。だからWebでの書評では、単行本は概して好評、文庫本は好き勝手に書かれることが多いのではないのだろうか。我輩自身も、村上春樹のような好きな作家の新作の場合、文庫になるまで待ちきれずに、さっさと単行本を買ってしまうのである。通勤途上で読むのに単行本は持ちづらいので、できるだけ文庫本でしか買わないポリシーなのだが、やはり好きな作家の新作を3年も4年も待てるわけが無いのだ。もっとも、せっかく単行本を買ったのに駄作だったら、余計ハラがたつのだが・・・。

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【2008/5】ゆめつげ

№35 ゆめつげ 著者『畠中 恵』 角川文庫 317  ★★

 「しゃばけ」シリーズで有名な著者の、幕末超能力ライトノベル。いや~作家名とタイトルだけ見て買ったもんで、読んでる途中まですっかり「しゃばけ」シリーズだと思っていたのだ。よく見たら出版社も違うし、まったくカバーデザインのテイストぐらいぐらい変えてほしいもんだ。ということで、角川での初デビュー作は、やはり江戸ものファンタジーであった。
 幕末の江戸の小さな神社で、神官を務めるのんびり屋の弓月としっかり者の弟・信行。その弓月には、夢の中で見えざるものが見える(場合がある)夢占い「夢告」ができた。が、あまり頼りにならないので、信用されてはいなかった。ところが大店の行方不明の一人息子を探して欲しいと、なぜか依頼があった。しかし礼金に目が眩んだ息子の候補者が3人現れてからは、辻斬りや事件が立て続けに起り、事態は急展開へ・・・。
 ま~何と言うか、いつもの畠中らしいほのぼのムードと、夢占いなどファンタジーに、ゆるい展開が続くのだが、終末に近づくと、急に幕末の不穏な社会情勢や、神仏習合から神仏分離に至る時代転換期の様相が浮き上がってくる。このあたりを唐突と感じるか、時代背景をよく考慮した伏線だったのかと捉えるかが微妙。畠中ファンはもちろん絶賛しているようだが、我輩はなんだか無理やり理屈付けしたような気もしたのだ。弓月は、「しゃばけ」の主人公と同じようなキャラなので、どうせなら最後までファンタジーに徹し、シリーズ化しても良かったのでは?

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【2008/5】TENGU

№34 TENGU 著者『柴田 哲考』 祥伝社文庫 380  ★★★★

 文句なしの傑作ミステリィなのである。さすが『第9回大藪春彦賞受賞作』である。ま~『大藪晴彦』という名前からだと、ハードボイルドかと思うかもしれないが、そうではなくて気宇壮大な構想で描かれたミステリィなのである。
 26年前に発生した、未解決の残忍な連続殺人事件。唯一残された物証である体毛を、当時はできなかったDNA鑑定にかけると、とんでもない事実が判明した。当時、事件を追っていた通信記者・道平は、事件を捜査していた鑑識・大貫の依頼で再び事件を調べ始める。事件前に起こっていた米軍の事故、消された証拠、心を通わせた盲目の女の失踪・・・。道平は、過去の記憶と現在を行き来しながら、次第に真相に近づいていくのだが・・・。
 緊迫感のあるプロローグ、片田舎で残虐な事件、地道な捜査から始まり、米軍の関与、ベトナム戦争の影から9.11まで、読み進めるほどドンドン広がってくるスケール感。魅力的な登場人物。予想を見事に裏切ってくれるストーリー展開に、ラストの衝撃。最後の最後まで楽しませてくれ、しかも知的好奇心まで満足させてくれる、久々のエンターテーメントの傑作であった。

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【2008/5】動物園の鳥

№33 動物園の鳥 著者『坂木 司』 創元推理文庫 255  ★★

 ひきこもり探偵シリーズの完結編である。『青空の卵』『子羊の巣』と続いたシリーズも、これが最初で最後の長編なのである。
 坂木と鳥井のコンビのもとに二人の老人が訪ねてきた。ボランティアとして働く動物園で、野良猫の虐待事件が頻発しているのだという。野良猫の姿に心を痛めている、同じボランティアの女性のための依頼だったのだ。さっそく動物園で鳥井が掴んだ真実は、自分自身がひきこもりの原因となった出来事に繋がる事実だった・・・。
 長編なのだが、ミステリィらしく全編を引っ張る謎らしい謎があるわけではない。ひたすら鳥井の、ひきこもりに至った過去とその解決に立ち向かう姿と、坂木の心情の揺れがお話のメインになっている。登場人物はいつものように善意の塊のような人ばかりだし、やたらみんなすぐ泣くし、ある意味かなりユニークな小説である。前2作を読んでいないとまず読めないような本なのだが、おそらくその2作を読んだ人なら、この完結編を読むしかないはず。ミステリィとしてストーリーがどうのこうのとか、謎解きがほとんど無いとかいうレベルの話ではなく、結局最後に鳥井のひきこもりは治るのか、そしてその時坂木との関係はどうなるのか、という興味だけで最後まで引っ張ってしまうお話なのであった。
 文庫のおまけとして、最後に作中に出てきた料理のレシピや全国銘菓のお取り寄せリストまで、なぜか付いている。ま~それにしても、作中で鳥井が作る料理は実に旨そうなのが印象的であった。

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【2008/5】とっても不幸な幸運

№32 とっても不幸な幸運 著者『畠中 恵』 双葉文庫 330  ★★★

 『しゃばけ』シリーズで有名な畠中恵の、現代小説の連作短編集なのだ。畠中には他にも『百万の手』という、気合の入った現代ミステリィもあるが、これらとはかなり毛色が変わったファンタジックなミステリィである。
 常連の客しか入ることを許されない地下にある酒場が舞台。ひねた性格だが武闘派で世話好きの店長がいるこの店には、毎晩曲者の常連客が集まってくる。そこに持ち込まれた「とっても不幸な幸運」という名のいわくつきの缶。その缶を開けると、毎回不思議な幻影が現れ、その缶を開けた人には「災い」か「幸せ」が・・・。
 毎晩常連客で集う酒場は、ある意味理想的な酒場なのだが、そこで繰り広げられる6つのドラマ。きっかけはどこからか持ち込まれる「とっても不幸な幸運」という缶というのがユニーク。連作短編になってるので、店長や常連客の過去が1話毎に明かされていき、最後はなかなか味のある読後感を残してくれるお話なのだ。ほのぼのとした読後感を求める読者に、肩肘の張らないお話が好きな読者に、適度な短編集なのであった。

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【2008/5】謎物語 あるいは物語の謎

№31 謎物語 あるいは物語の謎 著者『北村 薫』 角川文庫 215  ★★

 またまた北村薫なのである。しかしこちらはミステリィを題材にしたエッセイ集。古典トリックの話、トリックとその先例の話、手品の話、大好きな落語の話、夢の話、などなど・・・。本格推理小説をこよなく愛する北村薫の、少年時代から謎の物語が大好きだった北村薫の、ミステリィ大好き読者に贈るエッセイ集なのである。しかし我輩は、北村薫の正体がバレるエッセイより、少女の仮面を被った北村薫の小説の方が、好きなのであった。

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【2008/5】覆面作家は二人いる

№30 覆面作家は二人いる 著者『北村 薫』 角川文庫 241  ★★

 天国的美貌を持つ、19歳のお嬢様探偵シリーズ第1弾なのだ。ミステリィ分野において、我輩が最も大好きな作家である北村薫が17年前に出した『人気シリーズ』だそうである。う~むその割には10年前から重版していないし、入手するのに苦労したし・・・ブツブツ。と思って読んでみたら、ま~ほとんど少女コミックの世界であった。
 ミステリィー界に彗星のようにデビューした作家は、実は大富豪の御令嬢。しかも若手編集者を巻き込んで、日常世界に潜む謎を鮮やかに解き明かす名探偵でもあったのだった。お手軽お気楽に読めるミステリィ短編集である。
 しかしなんと言うか北村薫の少女趣味もここまできたか、というのが正直な感想。ま~大富豪のお嬢様探偵と言えば、森博嗣のS&Mシリーズ主人公『西之園萌絵』が有名だが1996年が初版。北村薫のお嬢様探偵『新妻千秋』は1991年初版なので、その5年も前に登場している。ということは、大好きな『円紫さん』シリーズと、名作『時と人 三部作』の間で書かれていることになる。その後も相変わらず少女を主人公にした作品ばかり描いているのだから、デビュー当時から筋金入りの少女趣味なのだろう。我輩もそんな北村薫が好きなのだが・・・。

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【2008/4】神様のパズル

№29 神様のパズル 著者『機本 伸司』 ハルキ文庫 367  ★★★

 偶然手にした本が、タマタマ面白かったりすることがあるので、読書はやめられない。当たり前と言えば当たり前なのだが、人気作家が書いた小説がどれも面白いとは限らず、まったくの無名(というか我輩が知らないだけだが)の作家が、とんでもなく面白い作品を出すこともある。なので、ついついウン頼りで知らない作家に手を出してしまうのだ。結果、ま~ハズレも多いのだが・・・。しかし今回はアタリである。なにせ『第3回小松左京賞受賞作』なので、当然なのだろうが。
 宇宙を作ることができるのか?という物理学ゼミの課題に、留年寸前の学生と天才女子学生のペアが取り組むことになった。素粒子物理学ゼミでのキャンパスライフと、完成間際の世界最高性能を誇る粒子加速器を舞台に、天才美少女と落ちこぼれ学生が宇宙の作り方に挑む。
 アニメチックなイラストに、天才美少女科学者が主人公!というノリでは、ほとんどアニメの世界かと思いきや、これが意外にも量子論がベースのハードSFなのである。というか、「宇宙の作り方」というガチガチハードなSFテーマを、身近なキャンパスライフの中に持ち込み、落ちこぼれ学生を利用して非常に分かりやすい形式で提示した型破りなSF、というのが正しい。
 それにしても、素粒子物理学の世界で、日本は世界でトップクラスのレベルにある。最近読んだ「ビッグプロジェクト」という新書でも紹介されていたが、日本には世界に誇れる「核融合科学研究所」のLHD計画があるし、大型放射光施設SPring-8もある。それどころか、素粒子論の基礎を築いたのはノーベル賞科学者の湯川秀樹であった。せっかく日本には、戦前から脈々と連なる物理学の伝統がある割には、最近はあまり脚光を浴びることが少ない。この小説のような、お手軽に読めるハードSFをきっかけに、再び世界を驚かせるような頭脳の出現が日本から生まれてくれることを期待できる、物理学の楽しさを知らしめるSFであった。

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【2008/4】償い

№28 償い 著者『矢口 敦子』 幻冬舎文庫 450  ★★★

 最近、幻冬舎がこの矢口敦子の作品を文庫化してから、人気が出てきたようだ。立て続けに一連の作品を出版することで静かなブームになっている。この「償い」は、そんな矢口ブームの火付け役のようで、我輩も今頃になって初めて気がついた作家なのだ。
 かつてのエリート医師・日高は、子供の病死と妻の自殺で絶望し、ホームレスに転落した。流れ着いた東京のベッド・タウンで、高齢者、障害者など社会的弱者ばかりが殺される連続ナイフ殺人事件が起き、日高は知り合った刑事の依頼で「探偵」となる。やがて彼は、かつて誘拐犯から命を救った15歳の少年・真人が犯人ではないかと疑い始める。唯一心の支えだった子供が、殺人鬼になったのか―日高は悩み、真相を探るうち、真人の心の中に深い闇があることに気がつく。果たして犯人は真人なのか・・・。
 ホームレス問題に少年犯罪、社会派と言っても良いほどの問題意識に溢れたミステリーである。しかもホームレス探偵というユニークな仕掛けで、最後まで良質のミステリーとして一気に読ませてしまう。後味の良い読後感まで付いてくる非常に良心的なミステリーであった。

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【2007/4】百万の手

№27 百万の手 著者『畠中 恵』 創元推理文庫 397  ★★★

 大人気『しゃばけ』シリーズの作家が、初めて書いたファンタスティックな現代ミステリーなのだ。母子家庭に住む、過呼吸の発作を時々起こす中学生が主人公。親友が目の前の火事で焼死してしまい、途方にくれていたら、なんと死んだはずの親友が、ケータイからこの不審火を調べて欲しいと語りかけてきた。死んだ親友に助けられ、真相を探り始めると、次々と魔の手が襲ってくるのだった。
 と、ま~最初は『しゃばけ』のようなファンタジーなミステリーかなと思っていたら、後半になると一転して医学ミステリー風になってくる。病弱な少年が主人公、両親との関係もビミョーと、道具立ては『YAもの』というか『あさのあつこ』風なのだが、畠中恵にしては意外なほどサスペンス的展開に驚かされてしまう。特に病院が主要な舞台となる後半は、ホラー風な雰囲気も漂わせ、大人向けの作品として十分読ませる力作になっている。
 デザインやオビ、小説の導入部などが何となくYA風なので、大人の読者は手を出しづらい本に見える。しかし、内容は意外に重いテーマを内包した現代小説なのだ。畠中恵のファンタジーという先入観が無い方が、かえって読まれるような小説であった。

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【2008/4】四畳半神話大系

№26 四畳半神話大系 著者『森見 登美彦』 角川文庫 405  ★★★★★

 いや~~実に面白かったのだ!文句なしの★5つ。青春コメディの怪作なのである。森見のデビュー作「太陽の塔」も面白かったが、こちらもやはりバカバカしいくらいの硬派な文体を駆使し、傑作コメディに仕立てている。
 設定は前作とほぼ同じで、京都の四畳半一間のオンボロアパートに住む、冴えないキャンパスライフを過す大学生が主人公。前作もそうだが、この道具立ては70年代初頭にあった松本零士の奇怪な漫画「男おいどん」を何となく思い出してしまった。四畳半とビンボーだけが共通点であまり関連性はないのだが、作者の体験がベースなのであろう、両作品とも生活描写がリアルなのだ。
 お話は、大学に入学したらバラ色の生活を夢見ていた主人公が、程遠い現実に夢破れ、暗く悶々とした生活をおくっていた。悪事が趣味の悪友・小津に振り回され、仙人のような先輩の世話を強いられ、黒髪の乙女にはなかなか近づけない。どれもこれも、初々しい新入生時代、最初に選んだサークルを間違えたからだ、というわけで、さ迷いこんだ4つのパラレルワールド。しかしどの並行世界に居たとしても、結果は・・・。
 いや~この小説全体の仕掛けが面白い。それほど画期的なアイデアという訳でもないのだが、意外にも同様なアイデアの話を読んだ覚えが無い。最後のオチがこれか!というバカバカしさも納得感があり、最後まで楽しめたのだ。それにしても、この森見の古風な文体、駄洒落満載の修辞センスが大のお気に入りなのだ。『人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られて死んでしまう運命にあるというので、私は大学の寥々たる北の果てにある馬術部の馬場には近づかないことにしていた』全編この調子の文章が続くのだ。格調高い表現と自虐的ギャグの落差がとにかく魅力なのだ。個性的キャラも数多く登場し、単なるお気楽なコメディなどではなく、理知的でかつほのぼのさせてくれる、素敵なお話なのだ。絶対のお薦め作品。

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【2008/4】母恋旅烏

№25 母恋旅烏 著者『荻原 浩』 双葉文庫 422  ★★★

 う~む、実は★★のはずだったのだが・・・。最近「たっぷり笑えて、しみじみ泣ける」と評判らしい、『オロロ畑でつかまえて』でデビューした、荻原浩のユーモア小説なのだ。
 元・大衆演劇の役者一家。父・清太郎が家族全員を巻き込んで始めたのは、レンタル家族派遣業という妖しげなビジネス。失敗を重ね、借金はかさみ、家族はケンカばかりで崩壊は目前。しかし、かつてのよしみで旅回りの一座に加わることになったのだが・・・。酒乱で無計画な父親、フィギアオタクの長男、19歳で子持ちの長女、体はでかいが頭の弱い次男。元マドンナの母親。一家6名の運命はさらに翻弄されていくのだった。
 大部分は、次男である「ぼく」の一人称で語られるお話なのだ。無邪気な語り口で、父親や大人達のえげつない行動を描いているところが、新鮮で面白い。ユーモア小説は、トンデモ行動をする中心キャラクターがいて、そのキャラが起こす騒動を描く場合が大半。しかしこの『母恋旅烏(ハハコイタビガラス)』の登場人物は、大半が異様に濃いキャラの持ち主ばかり。なので、引き起こすドタバタもかなりなもんである。最後までこんな調子だったら我輩の趣味外だったなのだが、ラストになってやっと、お泪頂戴の人情劇になった。この部分がなかったら作品の価値が半減だったのだが、ま~それでも我輩としては、★★★でした。

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【2008/3】仔羊の巣

№22 仔羊の巣 著者『坂木 司』 創元推理文庫 318  ★★★★

 またまた、『ひきこもり探偵』を読んでしまった。どうもクセになるシリーズなのだ。著者デビュー作の「青空の卵」は、ミステリィとして傑作というわけではないのだが、ひきこもり青年とその親友との友情物語という異色のミステリィ。その続きを何となく読みたくなる、あとを引くお話だった。そこでこのシリーズ2作目なのだが、少しずつ鳥井と坂木の二人の過去が明かされ、次第にこの関係にも変化の兆しが出てくるのだ。
 坂木が会社の同僚の女性の様子がおかしいと相談されたが、鳥井が風邪をこじらせているので、しかたなく坂木が解答をする、「野生のチェシャ・キャット」。地下鉄の駅で見かけた不可思議な行為をする少年の真の目的を探る、「銀河鉄道を待ちながら」。心当たりが無いのに、坂木が見知らぬ人から意地悪を受けてしまう話「カキの中のサンタクロース」。の、日常の謎3編。
 通常のシリーズものでは、主人公の出生にまつわる謎や、実らぬ恋の行方やらでお話を引っ張ってゆくものだが、この作品では何と「青年二人の友情の行き着く先」で続けようとしている。フツーならドーデモいいようなベタベタした男二人の友情話なのだが、意外とこれが心を揺さぶってくれるのだ。この二人はホモかと思われるくらい、多少気持ちが悪い程の相互信頼関係にあるのだが、ま~これがベースになってお話が進展する構成なのだ。
 それにしても、鳥井は外出しないひきこもりの割には、社会人である坂木よりも複雑な人間関係やら人情の機微を熟知しているもんだ。ま~そ~でないと、日常の謎を解けはしないのだが、それにしても夫婦の関係や子供の考え方などは、経験がものを言う世界のはずで、ネットの世界だけに住んでいては理解できないと思うのだが。そこはあまり気にしてはいけないところなのだろう。何はともあれ、謎も推理もキチンとあり、かつナイーブな青年の心温まる成長物語なのである。

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【2008/3】φは壊れたね

№21 φは壊れたね 著者『森 博嗣』 講談社文庫 312  ★★★

 久しぶりの森ミステリィS&Mシリーズ再開か!と大いに期待。しかものっけから、密室の中のカラフルな死体が登場なのだ。さっそくミステリィ界のヒロインである、スーパー女子大学院生『西之園萌絵』の大活躍のはじまりはじまり。と、ワクワクしながら読んだのだが・・・。
 Yの字に吊られた派手な死体が、密室の状況で発見された。しかも発見の様子はビデオで逐一録画されていたのだ。そのビデオのタイトルは「φは壊れたね」。この挑戦的な事件に、偶然居合わせた学生と、その仲間である西之園萌絵たちが解決に挑むのだった。
 う~む、どこかで読んだことがあるパターンなのだ。我輩はこれでも5年前、森博嗣のS&Mシリーズにハマり、2ヶ月で全10冊立て続けに読んだことがある。続けてVシリーズも5冊ほど読んだところで、さすがに飽きてしまった、という経緯がある。その後もポツポツと森博嗣を読んでいるので、実は過去5年間300冊で作者別統計をとると、最も多く読んだ作家の第1位は、25冊の森博嗣になってしまう程のファンなのであった。このS&Mシリーズの魅力は、N大学工学部助教授『犀川創平』とお嬢様大学生『西之園萌絵』二人の強力キャラと、数学的哲学的考察的文章にあった。ところがこの「φは壊れたね」では、西之園萌絵は登場してもあくまで脇役であり、犀川創平などは登場すらしないし、哲学的話も皆無。う~む、これではS&Mシリーズではない!と思ったら、オビにGシリーズと書いてあった。てことは、誰がこの新シリーズの主人公なのだろうか・・・。従来のキャラを超えるような人物は見当たらないし、西之園萌絵が登場していては他のキャラが、かすみそうだし。これこそ謎だ!とか言っても次の作品を読めば分かることなのだが。
 ま~S&Mだと思わなければ、作品そのものはミステリィとしての水準は充分保っているのだ。密室殺人というマニア垂涎の派手な演出に、今風女子大生の生態描写、さすがツボはおさえている。今まで森ミステリィをまったく読んでいない読者なら、これで満足するはず。しかし従来からの森ミステリィ・ファンは、このレベルでは喜べないのだ。待望のS&Mシリーズ再開なのか、まったくの新シリーズ開始なのかが、これでは曖昧だし・・・。シリーズものは、キャラで読ませるのは常套手段であり、たとえマンネリだ、ワンパターンだ、と言われてもコアなファンは読み続けるしかないはず。工学部助教授という稀有な経歴で、しかも多作という稀な才能を持っている森博嗣という人気作家には、多大なる期待を持っているのだから。

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【2008/3】青空の卵

№19 青空の卵 著者『坂木 司』 創元推理文庫 443  ★★★

 『ひきこもり探偵』初登場!と言っても、安楽椅子探偵というわけではないのだ。最初は、単に「ひきこもり」というキャラをつけただけの探偵ものかと思っていたのだが、それほど単純ではない。青年二人の成長の物語でもある異色のミステリィなのだ。
 複雑な生い立ちから、ひきこもりになってしまったプログラマーの鳥井。その親友である坂木は、日夜、鳥井を外の世界に連れ出そうとしていた。料理が趣味の鳥井の食卓で、坂木が日常に潜む謎を問いかけると、その鋭い頭脳で見事に謎を解き明かしてくれるのだ。男を襲う通り魔の謎。視覚障害者を尾行する者の真意。歌舞伎役者に送りつけられるプレゼント攻勢の理由など。
 この、ひきこもり青年とその無二の親友という設定に、納得感を持てるかどうかが、この小説の好き嫌いの分かれ目であろう。あまりに善意過ぎて涙もろい坂木のキャラは、このお話の核であり、ここについていけない人は読むのがつらくなるはず。しかし、親友のために職業を選んでしまうほどのお人よしの坂木を、理解できる人なら、このなかなか感動的な青春小説が好きになるはずである。謎そのものは、いわゆる日常の謎で、それほど凝ったものではないが、坂木と鳥井の二人の友情と成長のお話として読むのなら、素敵でそして感動できるはず。パズラー向けではなく、さわやか青春物語好きの人たちに、ぜひお薦めするのだ。

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【2008/3】フェイク

№18 フェイク 著者『楡 周平』 角川文庫 443  ★★

 『無限連鎖』『マリアプロジェクト』と、傑作サスペンスアクション巨編を書いている楡周平の作品。彼にしては比較的地味な作品であった。オビに傑作コン・ゲームとかあったのだが、う~むである。
 うだつのあがらない高級クラブの新米ボーイが主人公。安月給でこき使われていたが、美人ママから妙な仕事を依頼されたことで、運命の歯車が回りだす。それは店の高級ワインを安物とすり替えて、利ざやを稼ぐこと。ところが、大金をせしめるはずが借金を背負うことになってしまい、一発大逆転を狙うが・・・。
 少なくともこれではコン・ゲームでも頭脳ゲームでもない。かと言って、サスペンスでもミステリィでもない。ましてや、冒険活劇などではない。無理に分類分けする必要も無いのだろうが、犯罪小説の一種なのだろう。特に悪漢が出てくるわけでもないのだが。それでも決して退屈な話などではなく、読みやすく軽快にストーリーは展開していく。銀座の高級クラブのママの内情や、競輪の仕組みなどの詳しい情報もあるので、情報小説としてもそれなりに楽しめた。最後の大芝居も意外性があり、読後感も爽やか。サスペンスの巨匠『楡周平』にしては軽いが、お手軽に読める小説であった。

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【2008/3】名探偵の掟

№17 名探偵の掟 著者『東野 圭吾』 講談社文庫 348 

 1985年に『放課後』でデビュー、2006年に直木賞を受賞してブームにもなった東野圭吾である。最近は『探偵ガリレオ』がTVドラマ化もされていた。人気があるようだ。解説によると本格推理小説の代表作が、この『名探偵の掟』なんだそうだ。この解説を先に読んで購入してしまったのが、我輩にとって敗因である。最近読んだ本で『★★★』が多いのは、別に安直に付けている訳ではなく、購入時にそれなりに選んでしまっているからなのだ。ミステリーに『★』と付けたのは、めったにないこと。つまりこの作品は、我輩の趣味には珍しくまったく合わなかったのだ。
 チマタには星の数ほどミステリーがあるが、登場人物はどれも名探偵にボンクラ警部。お話も密室殺人、童謡殺人、ダイイングメッセージにアリバイトリックなど、お約束のパターンがある。ところがこの作品は、作中の登場人物に、これらお約束事が如何に不自然であるかを語らせ、ミステリーの『掟』をことごとく笑いのめしているのである。いわば「メタ小説」の形式で、登場人物が読者に話しかけてくるのだ。結局このような形式をユーモアととらえるのかどうかが、この作品の評価の分かれ目なのであろう。せっかく様々な12もの新しいトリックを創りながら、何か安物のパロディ小説を読まされているようで我輩は楽しめなかった。それにしてもこの解説者は、本気でこの『名探偵の掟』を代表作と言っているのだろうか?

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【2008/3】犬はどこだ

№16 犬はどこだ 著者『米澤 穂信』 創元推理文庫 365  ★★★

 またまたマイブーム中の「米澤穂信」なのだ。これまで『青春ミステリィ日常の謎派』一辺倒だとばっかり思っていたのだが、今回は何と探偵が主役。ライトノベルの『古典部シリーズ』や『春季限定いちごタルト事件』、『さよなら妖精』など、今までは高校生が主人公の学園物ばかりだった。しかし今回は25歳で犬探しが専門とはいえ、私立探偵が主役なのだからビックリ。しかも今回は殺人まで絡むので、従来のポリシー(と我輩が勝手に思っていたのだが)は、どこへやら・・・。
 病気が原因で失業し、犬探し専門が希望で開業した調査事務所。ところがいきなり舞い込んだ依頼が、失踪人探しに古文書の解読。行きがかり上2つを並行して調査していたところ、なぜかこの2つが絡み始め・・・。
 この『犬はどこだ』は、宝島社の2006年版「このミステリーがすごい!」で8位と、初めてベストテン入りした作品なのだ。2007年版の「このミス」でも『夏季限定トロピカルパフェ事件』が10位と検討しているので、次第に米澤の実力が認められているようだ。この作品のナカナカ特徴的なところは、探偵が2人出てくるところである。主人公である紺屋と、その後輩のハンペーというまったく性格の異なる2人が、それぞれ「私」と「俺」の独白で語るスタイルをとっている。さらに古文書が出てきたり、チャットをしたりと、様々な文体を使い分けているのもユニーク。米澤お決まりの、ラストの大どんでん返し後の後味が、意外に重いのも特徴的と言える。従来の学園物と比べると、いろいろと工夫を凝らしているのだ。学園物を期待していた米澤ファンにとっても、決して期待を裏切らないハイレベルのミステリィなのである。

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【2008/2】オロロ畑でつかまえて

№15 オロロ畑でつかまえて 著者『荻原 浩』 集英社文庫 231  ★★

 1997年小説すばる新人賞受賞作。ずいぶん前に『ハード・ボイルド・エッグ』を読んでいたのだが、情けないことに解説を読むまで同じ作家だとは気がつかなかった。ま~集英社が小説すばる新人賞のキャンペーンをやらなければ、手に取るようなこともなかっただろう。とは言え、この荻原という作家は近年いろいろと注目されているようなので、気になってはいたのだが。
 サリンジャーの著名な青春小説をパクッた題名のこの作品は、青春小説とは程遠いユーモア小説なのだ。住民が300人しか住んでいない超過疎地・牛穴村の青年団が、倒産寸前の広告会社と手を組んで、起死回生の村おこし大作戦を始めた。ところがそのとんでもない作戦は、意外な結末に・・・。
 我輩はユーモア小説はわりと好きな方なのだ。あの奥田英朗の怪作『空中ブランコ』なども大いに気に入っている。が、この『オロロ畑でつかまえて』のユーモア感覚には、若干違和感があった。それは、田舎そのものをダイレクトにバカにしている感じがするのがよろしくない。ま~ユーモア小説なので、何かしらバカにするしかないのだが、風刺するなら田舎から見た都会人をバカにするべきなのだ。ここらは趣味や感性の違いなので、好みでしかないのだろうが、権威とか権力者を風刺するから溜飲が下がるのであって、弱者をバカにしたらただのブラックでしかない。ただこの小説全体としては、マスメディアに翻弄される現代社会そのものに対して嘲笑しているのだろうが。何はともあれ、下ネタも使わずにユーモア小説で新人賞を狙ったのだから大したもんなのである。

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【2008/2】産霊山秘録

№14 産霊山秘録 著者『半村 良』 集英社文庫 518  ★★★

 なぜか今頃「半村良」なのである。SF黄金時代の1970年代において、SF伝奇ロマンという特異なジャンルを作り上げた人気作家だったのだが、我輩は当時それほど読んでいなかった。『石の血脈』という伝奇小説の傑作を読んで興奮したのだが、その後数冊読んだだけで、この1973年泉鏡花賞受賞作『産霊山秘録(むすびのやまひろく)』という初期の代表作を読まなかったことが心残りだった。それが今頃になって集英社文庫から再発行されたので、思わず手に取ってしまったのだ。
 はるか古代から続く「ヒ」一族は、国が動乱期にさしかかると、特殊な能力を使って天皇家の危機を救ってきた。その能力とは、御鏡、依玉、伊吹と呼ばれる三種の神器を使ったテレポーテーション。戦国の世の比叡山焼き討ち、関ヶ原の合戦、幕末の維新、太平洋戦争、そして戦後の混乱期と、四百年の時を越える壮大な物語なのだ。
 歴史的事実を織り交ぜながら、言わば歴史の裏面史ともいえるスケールの大きい物語。多数の魅力的な登場人物や複雑な伏線がありながら、最後まで一気に読ませてしまう力量はすごい。当時流行っていたSF作家達との文体とはまったく異なり、歴史小説を思わせる格調高い文体により、SF的小道具もなぜか歴史的史実に思えてしまうのだから大したもんだ。我輩の趣味的にはエンターテーメントの傑作『石の血脈』なのだが、『産霊山秘録』が、やはり正統的な伝奇ロマンなのであろう。

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【2008/2】死神の精度

№13 死神の精度 著者『伊坂 幸太郎』 文春文庫 345  ★★★

 人気作家「伊坂幸太郎」の、いかにも伊坂らしいクールでスタイリッシュな連作短編集。ちょうど今、金城武主演の映画としても上映中なのだ。今度の伊坂の仕掛けは、主人公が音楽好きでクールな死神というところ。「死の宣告」という重いテーマを、奇妙な死神の目から描くことで、意外と爽やかに味わうことが出来る。
 クレーム処理とクレーマーに悩む女性の話「死神の精度」、任侠の世界に生きる珍しいやくざの話「死神と藤田」、吹雪で閉じ込められた洋館での連続殺人事件「吹雪に死神」、片思いの青年にストーカーに悩む女性の話「恋愛で死神」、殺人犯と旅する「旅路を死神」、老婦人の生き様を描く総集編「死神対老女」と、ミステリィ風・恋愛小説風・ロードノベル風などバラエティに富んだ6つの作品から成っている。当然、伊坂らしく他の作品でおなじみのキャラが登場するので、伊坂ファンには十分楽しめるのだ。
 ま~この作品世界に、素直に入り込めるのは、もしかすると伊坂ファンだけの恐れはある。なにせCDショップに入りびたりの死神という設定に、まず違和感を抱かない読者はいない。デビュー作『オーデュポンの祈り』でしゃべる案山子を登場させた伊坂なので、この程度の世界観はファンなら慣れ親しんでいるが、フツーの読者は戸惑ってしまうだろう。ま~そこは我慢して読み進めれば、次第に伊坂マジックにハマッテいき、最後は思わぬ爽やかな感動を得られるはずなのだ。
 『ラッシュライフ』、『重力ピエロ』、『アヒルと鴨のコインロッカー』など、奇妙で味わい深い小説を立て続けに放つ伊坂作品の中でも、特に奇妙さ・違和感を感じた作品であった。

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【2008/2】愚か者死すべし

№11 愚か者死すべし 著者『原 尞』 ハヤカワ文庫 410  ★★★

 やっと帰ってきました。何と9年ぶりの新作『沢崎探偵』なのだ。いくら寡作な作家だといっても、あまりにも長く待たせたものだ。もっとも我輩は前作からだと、4年ぶりの再会なのだが。ま~それにしても国産ハードボイルドとしては、相変わらず第一級品であることは間違いない。
 銀行強盗を自首した父の無実を証明してもらいたい、と訴えてきた女性を沢崎は、警察に送り届ける際に、狙撃事件に遭遇してしまう。誰が何のために撃ったのか。なぜ銀行強盗の罪を被ろうとしているのか。警察嫌いの皮肉屋探偵である沢崎は、暴力団組長や老資産家と渡り合いながら、真相に迫っていく。
 短いセンテンス、テンポ良い展開、皮肉や警句ばかりの台詞、複雑なプロット、薄皮を一枚一枚剥がしていくように次第に明かされていく真実、いつも通りの期待通りのハードボイルドなのだ。1988年に「そして夜は甦る」でデビューして20年。その間に長編が4冊と短編集が1冊のみ。この探偵沢崎シリーズとは、十数年前に直木賞を受賞した「私が殺した少女」を読んで以来の付き合いだが、あまりにも寡作なため、しばしばその存在すら忘れてしまっていた。それでもこの硬質な文体に出会うと、すぐにその世界に入り込むことができる。
 似たような国産ハードボイルドに、矢作俊彦「リンゴオ・キッドの休日」「真夜中へもう一歩」がある。こちらのほうの主人公も洒落た台詞使いなのだが、あまりに華麗な比喩を用いるので現実離れした感がある。ま~ハードボイルドの主人公のセリフは決まらなければならない、というお約束があるのでしかたがないのだが。

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【2008/2】街の灯

№10 街の灯 著者『北村 薫』 文春文庫 278  ★★★★

 北村薫の待望の新ミステリィシリーズなのだ。今度の舞台は昭和初期。今度も上流家庭のお嬢様が主役。相変わらずの箱入り娘的純粋無垢な女学生が主人公なのだが、ファンにはここがとっても魅力的なところなのだ。
 昭和七年、絵に描いたような上流家庭・花村家にやってきた、当時には珍しい女性運転手、別宮みつ子。令嬢の英子は、親しみを込めて彼女をベッキーさんと呼ぶ。頭脳明晰で正義感の強い英子が、新聞に載った変死事件の謎を解く「虚栄の市」、英子の兄を悩ませる暗号の謎「銀座八丁」、映写会上映中の同席者の死を推理する「街の灯」の全三篇。
 昭和初期の暗雲が立ち込めて来る時代感覚、超上流社会における優雅な暮らしぶり、無垢な女学生とオスカルのようなお抱え運転手、何かこう並べるとほとんど少女マンガの世界のようにも見えるが、そんなことはない。ここはあくまで独特の優しさに満ち溢れた北村ワールドなのだ。男性願望を具現化したようなヒロインキャラだけの魅力で読ませているわけではなく、ミステリィとしての質もキチンと保つことで、それこそミステリィとしての品格をキチンと保っているのだ。なので、我輩にとっては逸品なのである。

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【2008/2】悪魔のパス天使のゴール

№9 悪魔のパス天使のゴール 著者『村上 龍』 幻冬舎文庫 446  ★★★

 久しぶりの村上龍である。以前は結構好きだったのでよく読んでいたのだが、グロっぽいのが多くなり、最近はほとんど読んでいなかった。しかし「龍時」でサッカー小説が大のお気に入りになった中学生の息子が、Webで探し出してきたのがこの小説なのである。Jリーグ創設やワールドカップ出場などが契機となって、純粋なサーカー小説が増えてきているが、あの村上龍が「龍時」とまったく同じ時期の2002年にサッカー小説を書いていたとは知らなかった。
 イタリアのセリエAで活躍する日本人選手『冬次』から、試合で大活躍した選手が心臓麻痺で急死する事件が続いている、との情報があり、友人の小説家『矢崎』が調査を始める。すると、その裏には死を招く最強のドーピング剤の存在が浮かび上がってきた。イタリア・フランス・キューバと調査を進めるうちに、冬次にまで身の危険が迫ってくる。リーグ優勝の懸かった最後の試合で、冬次は爆発的な活躍をするが・・・。
 村上龍と親交の深い中田英典寿をモデルに書かれたというこの小説は、ラストの大試合に112頁も使って濃密にサッカーを描いている。「龍時」を読んでいなかったら、とんでもないサッカー小説が表れたと感動しただろうが、残念ながら「龍時」の描写の方が上回っていると思う。ま~ここらへんは好みの問題かもしれないが、「龍時」はあくまで選手の思考と視点でサッカーを綿密に描いていたが、この「悪魔のパス天使のゴール」では観客の視点で俯瞰的に試合が描かれているのだ。やはり「龍時」のように選手の意識で描写したほうが、パスの方法や戦術が良くわかるので、サッカーそのものをあまり知らなくとも理解はしやすい。ストーリーも謎のドーピングの追及が中途半端で、最後はサッカー描写に終始してしまい、結局ドーピング問題はどうなったか良くわからなかった。それでもイタリアサッカー界の裏側というか、過激なサッカー好きの国民性が良くわかり、スペインリーグを詳細に書き込んだ「龍時」と同じハイレベルになっている。それにしても、スポーツをここまで書き込める作家の才能というものは大したものだ、とあらためて感心した次第であった。

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【2008/1】象と耳鳴り

№5 象と耳鳴り 著者『恩田 陸』 祥伝社文庫 318  ★★★★

 恩田陸を再発見できる、素晴らしくロジカルな推理短編集なのだ。恩田陸のミステリィといえば、SFやホラーにいつも流れてしまい、どちらかというと物語としての面白さが特色となっていた。なので、失礼ながら本格的バズラーが書けるとは思ってもいなかった。
 既に退職したダンディな元判事が遭遇する、様々な不可思議な出来事。無意識のうちに推理してしまう頭脳が、日常の謎を鮮やかに解き明かす。象を見ると耳鳴りするという婦人が語る、英国で遭遇した奇怪な象の殺人事件の話。人喰い給水塔の話。たった1枚の風景写真から、連続殺人事件の犯人の動機を探り当てる話などなど。全部で12のごく短い短編ばかりなのだが、どれも魅惑的な謎と鮮やかな謎解きが用意され、上品な味わいがある。文庫らしからぬ装丁も素敵な、お薦めミステリィなのだ。

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【2008/1】空中ブランコ

№4 空中ブランコ 著者『奥田 英朗』 文春文庫 282  ★★★★

 直木賞受賞!』のトンデモ精神科医『伊良部シリーズ』第2弾。大怪作「イン・ザ・プール」の続編だが、まさかこんな変な連作短編集が直木賞を受賞するとは思っていなかった。もちろん、このシリーズの面白さは折り紙つきなのだが、ま~主人公である伊良部のキャラクタじゃ、好き嫌いが出るだろうな、という感じがしていたからだ。ユーモアというか、くだらないギャグが多いこんな小説でも、直木賞を取れたことは、素直に喜ばしいことだ。
 まともに跳べなくなったサーカスの空中ブランコ乗りの話「空中ブランコ」、先端恐怖症になってしまったヤクザの話「ハリネズミ」、義父のカツラをどうしても取りたくてたまらない医者の話「義父のヅラ」、ボールをまともに投げられなくなったプロ野球選手の話「ホットコーナー」、同じ設定の話を書いたかどうかが、どうしても気になってしまう小説家の話「女流作家」。どれもおかしな悩みを抱える患者が、色白デブで注射フェチの伊良部医師と、Fカップ看護婦のコンビにかかると、なぜかいつのまにか悩みを解消してしまうのだ。単にばかばかしい話だというわけでもなく、意外と人情話になっているのだ。どこまで計算して行動しているのか、単なるバカなのか、謎のキャラがあまりにも破天荒な行動をするのが単純に楽しい。
 ま~実はそれほど単純なバカ話というわけでもなく、「女流作家」などは主人公の職業だけ変えたワンパターンの恋愛小説ばかり書いている恋愛小説家に対して、かなり辛辣で皮肉な話になっているのだ。このあたりのブラックなユーモアが、人気の秘密なのだろう。前作と異なり下ネタが無い分、万人にお薦めの怪作なのだ。

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【2008/1】歌謡曲の時代

№3 歌謡曲の時代 著者『阿久 悠』 新潮文庫 335  ★★★

 「歌は世につれ、世は歌につれ」という言葉が死語になって久しい。それどころか『歌謡曲』という言葉さえ死にかけている。やはりこれらの言葉は、昭和という時代に相応しかったのだろう。この阿久悠という歌謡界における怪物は、昭和という激動の時代の最後のあだ花を咲かせた作詞家として、後世にまでなお残すのであろう。『Jポップス』では平成を表す言葉になりえないが、昭和は明らかに『歌謡曲の時代』であった。この産経新聞に連載されたエッセイは、「ペッパー警部」「また遭う日まで」「津軽海峡・冬景色」「勝手にしやがれ」など、5千曲もの膨大な作品群の中から、99曲のタイトルを選び、それにまつわるエピソードを書いたものである。1エッセイがわずか2頁半しかないので食い足りない感じがするが、その時代を見事に印した歌詞から想起される世界は、我輩の世代にとってまさに感涙ものなのである。
 単なるエッセイなどではない。昭和という時代を担ぎ、ロック、フォークソング、演歌、童謡、ありとあらゆるジャンルを飲み込んで『歌謡曲』に仕立ててしまう職人が、季節感の喪失やミーイズムの歌を憂い、日本人としての心意気を謳ったものなのだ。阿久悠は言う、『昭和が世間を語ったのに、平成では自分だけを語っている』と。フォークソングから始まったシンガーソングライターの潮流は、曲ぐらい自分で書けなければ歌手にあらず、という雰囲気を作り出してしまった。なので、シロートに毛の生えたようなレベルの詞でも、メロディが良ければ売れてしまう時代になってしまったのだ。そのメロディでさえ、カラオケで歌えなければ売れないので、簡単な曲ばかりになってしまう。よ~するに平成は、本物のプロ作曲家とプロ作詞家が、プロ歌手の為に高度な歌を書くのが不要の時代なのであろう。このエッセイ集は、そんな過ぎ去りし昭和への鎮魂歌なのだ。

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【2008/1】パンドラ(下)

№1 パンドラ3 著者『谷 甲州』 ハヤカワ文庫 363頁  ★★★★

№2 パンドラ4 344頁

 傑作SF巨編の下巻なのだ。しかしいくら巨編だからといって、なにも上巻(文庫では1,2巻)と時期をずらして発売しなくてもよさそうなものだが。(京極なら全部で1冊なのに・・・、は極端か)
 何はともあれ、ワクワクするプロローグから始まり、ファーストコンタクトものとして素晴らしい着想が示され、惑星改造という遠大なスケール感のある展開で傑作の期待を高めた上巻であった。そして下巻(文庫の3,4巻)である。
 地球での動物達との闘争から一転し、今度は宇宙空間が舞台となる。すべての異変の元凶である彗星パンドラに対して、各国は総力を挙げてロケットを開発し、パンドラ探査計画を発動する。地球周回軌道上で建造された複数の宇宙機は、事故や政治妨害にあいながらも地球を出発し、パンドラとのコンタクトを目指し突き進んでいく。ところがパンドラ側からの反撃に遭い、やがて・・・。
 読後感は、ま~なんというか上巻のスケール感からは多少尻すぼみかな。文庫4巻目にある見事な解説がなければ、納得感もなかったかもしれない。読了後の違和感やモヤモヤ感も、この解説を読めば解消する素晴らしい解説なのだ。ようするに、地球に進出してきた地球外生命体(らしきもの)との紛争は下巻になるといったん休止してしまい、宇宙機の建造を巡る国際紛争、覇権争いが物語の大半を占めてしまう。宇宙機の建造に関して日本が中心的役割を果たし、それに対する中国やロシアが横槍を入れてくるなど、ファーストコンタクトSFにはそぐわないエピソードが続くと、やはり興が削がれてしまうのだ。裏でパンドラが画策していたからなどというならまだしも、国際紛争も中途半端なまま最終章に一気に突入してしまうので、う~むになってしまう。
 上巻が素晴らしい分、どうしても下巻に対しては辛くなってしまったが、全体としてはハードSFの傑作であることにはかわらないのだ。あまりにもスケールを大きくしてしまった分、話の展開に多少の無理が出てくるのはしかたがない。ここは素晴らしい着想と魅力的なSF的ガジェットの数々を楽しむべきなのだ。
 

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【2007/12】おまけのこ

№62 おまけのこ 著者『畠中 恵』 新潮文庫 322頁  ★★★

 廻船問屋兼薬種問屋の心優しき若旦那とそこに住む妖(あやかし)たちが、花のお江戸で起こる事件を解決する「しゃばけ」シリーズの第四弾なのだ。今日も「元気に」寝込んでいる病弱若旦那は、鋭い頭脳で不思議な事件に立ち向かう。今回は、あらゆる人や妖怪からも忌み嫌われる哀しい妖怪「こわい」の話。塗り壁のような厚化粧がやめられない娘の心を解きほぐす「畳紙」。若旦那が五歳の時の活躍を描いた「ありんすこく」。仲間と離れてしまったかわいい妖怪の大冒険「おまけのこ」の五編が入っている。
 「しゃばけ」「ぬしさまへ」「ねこのばば」と、安定した人気を誇るシリーズものだが、マンネリからの脱却を目指し、今回は趣向を変えて新鮮さを打ち出している。ま~ホノボノさを身上とするシリーズものなので、多少マンネリでもかまわないのだが、これがなかなか視点が変わって面白い。可愛らしい妖怪の活躍とホノボノした人情話の中に、人の心の微妙なアヤを入れ込む筆づかいが楽しめる、純粋な娯楽作品である。

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【2007/12】パンドラ(上)

№59 パンドラ1 著者『谷 甲州』 ハヤカワ文庫 383頁  ★★★★★

№60 パンドラ2 354頁

 いや~大傑作のハードSF超大作である!なんだなあ、最近の日本にもこんな読み応えのあるハードSFがあったではないか・・・。我輩は久々に興奮して読んでしまった。(全4巻の2巻までしか読んでないのだが、この時点で3,4巻は未発売)ちょっと前に、近年のSFは小粒ばかりで読むべきものがあまり無い、などと書いたが間違いでした。ハイ、知らなかっただけでした。反省 □\(.. ) 
 渡り鳥の異常行動を、ロボット鳥で観察し報告する動物学者のプロローグから始まり、一転して国際宇宙ステーションの事故から地球の命運を左右する凶変が幕開けする。のっけから傑作を期待できるワクワクする始まり方ですな~。フィールドでの動物学者のリアルな行動や、いかにもありそうなテクノロジーの数々。い~ですな~。やはりSFにはガジェットの存在感は重要ですな。宇宙ステーションやシャトルの構造、描写がリアルなのは現代なら当然なのだが、チーム編成や作業方法などまで納得感が高く、いかにも科学者が考えそうな計画の説明があり、素晴らしい構想力なのだ。脱帽!
 2巻までは、動物達の異常行動がやがて高度な知性化に進み、地球外生命体とのファーストコンタクトものにまで発展していくのだ。かなり昔から、SFの主要なテーマとしてファーストコンタクトものがあるが、それら膨大な作品群と比較しても新鮮で緻密なアイデアである。このアイデアを読むだけでも、この大長編に出会った価値があるというものだ。まだ前半だけしか読んでいないが、かなり大風呂敷を広げているので、どうやってラストまでたどりつけようとしているのかはまだ不明。お得意と思われる東南アジアのジャングルや生態系の生き生きとした描写。科学者達のネットワークやメールを駆使した議論方法。国際政治や軍事活動における行動パターン。どこまでが事実でどこまでが想像力なのか、区別できないほどの説得力ある描写なのだ。
 お恥ずかしいことに、今まで谷甲州という作家に対する我輩の認識は、「日本沈没 第二部」で小松左京と共作した作家、というレベルでしかなかった。今頃気がついたのだが、「日本沈没 第二部」の文章は確かに谷甲州の文章だ。小松左京の傍点と強調のやたら多い熱い文章ではなかった。しかし、膨大な情報を元に広大な構想を組み立てる力量は、小松左京そのものだと感じていた。この「パンドラ」は小松左京の大傑作「継ぐのは誰か」に匹敵するアイデアと構想力がある。後半に期待したい。

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【2007/11】君たちに明日はない

№58 君たちに明日はない 著者『垣根 涼介』 新潮文庫 436 ★★★

 都会系ミステリーアクションの「午前三時のルースター」「ヒートアイランド」。クライムノベルの傑作「ワイルドソウル」。冒険小説が得意というイメージの「垣根涼介」が、意外にもリストラ請負人を主人公にしたサラリーマン小説も書いていたのだ。しかもこの連作短編集で、「山本周五郎賞」を受賞している。
 プロのクビ切り面接官の真介。まだ若いが、リストラ対象の社員と面接して退職勧告するのがお仕事。毎回様々な会社に行って、セクハラ上司や無能な管理職にクビ切りを言い渡しているのだ。ある日、気の強い年上女性のマネージャーと面接した真介は、彼女に好意を寄せて、ある計らいを企てる・・・。
 ま~プロのクビ切り会社などというかなり無茶な設定、だけど今のご時勢ならあっても不思議ではない絶妙な設定なのだが、たとえどんなにヒンシュクをかう仕事にせよ、真摯な態度で仕事に臨み、自分に誠実に生きている主人公に対して、次第に肩入れしたくなるのだ。軽めの文体でスピーディーに読め、様々な業界の裏事情を描くことで情報を提供し、もちろん仕事や情事に奮闘するというサラリーマン小説の王道は外さない。なぜか、かなり年上のバリバリのキャリアウーマンにしか興味を示さない真介なのだが、これがなかなか今時っぽく、なぜか共感してしまうのだ。
 結局のところ、真介の持つ複雑だが魅力的なキャラクターにリアル感があり、その他の登場人物たちも生生しい存在感を持っているので、素直にスイスイと読めてしまうのだろう。真介には特殊な才能や技能があるわけではなく、お話も波乱万丈の展開があるわけではない。しかし困難の問題に対して真剣に着実にこなし、最後は納得感のある解決をする様は、感動的でさえある。地味だが味わいのあるサラリーマン小説なのだ。

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【2007/11】記憶の隠れ家

№57 記憶の隠れ家 著者『小池 真理子』 講談社文庫 284 ★★

 「恋」以来のお気に入りの作家の、「記憶」と「家」をテーマにしたお得意の心理サスペンスの短編集なのだ。中学を卒業して以来数十年ぶりに出会った女性二人の悲劇の再会のドラマ。刺繍だらけの家に潜む、狂気の世界がクライマックスの「刺繍の家」。世捨て人の老人の小屋に通う妹と秀才の兄。アットホームな家だったはずが、過去に封印したはずの行為が元で、犯罪を犯してしまう「獣の家」。義母の遺品を整理していると、32年前の出来事が甦ってきたが、遺品によって記憶に大きな過ちがあったことが衝撃を受ける「封印の家」。妻が自分の中学の同級生と不倫の末に自殺された男が、その同級生と15年ぶりに再会し、その家を訪れた時に見た男女の地獄絵「花ざかりの家」。昔の教え子と再開した元女性教師が、昔話をするうちに自分の過去に衝撃を受ける「緋色の家」。夫が生前隠れてすごした別荘で発見した真実を目の当たりにしてショックを受ける「野ざらしの家」。
 どれも一見平凡な人がそれぞれに悲劇を隠し持っていて、ふとしたことでそれが暴かれてしまい、狂気、残酷、絶望が噴出する。そんなサスペンスフルで、かつ異様な短編集なのだ。如何に記憶というものが、いい加減でしかも自分の都合のよいように変えてしまうものだ、ということを突きつけてくるゾクッとさせる作品ばかりなのである。

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【2007/11】龍時

№53 龍時01-02 著者『野沢 尚』 文春文庫 426頁 ★★★★

№54 龍時02-03  409頁

№55 龍時03-04  388頁

 本格サッカー小説というのが謳い文句。その言葉に違わず、まさにフィールドでサッカーをプレーしている感覚を味わえる稀有な小説なのだ。最初YA向けかと思い、サッカー好きの息子のために買い与え、我輩は読んではいなかった。しかし息子はあまりに面白かったようで、さっさと自分で残り2巻を揃えてしまったのには驚いた。そのくらいサッカー好きにはたまらない小説なのだ。
 16歳のリュウジは、日本での限界を感じて単身スペインに渡る。家族や恋人との葛藤を乗り越え、スペインプロサッカーの予備軍の中でもまれながら、次第に頭角を現してくる。やがて念願のプロチームの一員に加わることを果たし・・・。(01-02巻)
 日本ではあまり知られていないスペインリーグの裏側まで丹念に描きながら、動きの激しい球技を言葉だけで生き生きとリアルに描写できるのだから凄い。言葉の通じない異国での生活描写を交え、団体戦であるサッカーの戦術に組み込まれながらも、個人技を披露できなければ這い上がれない選手達の苦悩など、実にリアルなのだ。
 1年が過ぎ、その才能を見込まれ他のチームにレンタル移籍したリュウジ。単身フラメンコの地で、熱い恋をしてしまう。熱狂的サッカーファンであるスペイン人の中で、強豪チームとの戦いに明け暮れながら、少しづつ大人になっていく。韓国人の友人でありライバルであるパクと、思わず日本人論を語る様はとても高校生とは思えないが、それはさておき、とうとうスペインチームの選手として日本に降り立つまでになる。(02-03巻)
 サッカー界にこんな天才高校生がいたらな~という日本人の願望を、見事に具現化しているかのようだ。現役Jリーガーのアドバイスを受けたフィールド感覚、まるで映像を見せられているような選手の華麗な動き。細かな戦術や選手の心理状況など、サッカーの入門書、否解説書としてもお薦めなのだ。
 とうとうアテネの五輪代表として招集されたリュウジ。彼を選んだ監督の真意はどこにあるのか?3巻目になると一転して、今度はルポライターである父親の視点から、監督の話が中心になる。どのようにして自分の戦略をチームに浸透させ、まとめ、勝利に導くのか、いかに監督業は孤独で過酷な職業かを語っていく。(03-04巻)
 実際のアテネ五輪が行われる前に書かれたストーリーは、日本人の願望を次々と実現していく。実在の代表選手を多数登場させ、華やかな舞台で活躍する若きヒーローの姿が見られるのも、これで最後。この小説が野沢尚の遺作となってしまう。合掌。

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【2007/10】月の裏側

№52 月の裏側 著者『恩田 陸』 幻冬舎文庫 461頁 ★★

 またまた恩田陸なのだ。今度はSFチックなホラーもの。ヌメッ、ゾクッとした感覚が身上の作品。九州の水郷都市で起きた謎の失踪事件を、元大学教授がジャーナリスト達と共に真相を追い求めると、次第に人間でない何物かがいることに気づき・・・。
 ま~途中まではなかなか引き込まれるのだが、その正体が判明していく後半になってくると、う~む納得感がな~~。いつも恩田陸は最後になると、結構安易な展開になりがちなんだな~。とまあ、好き嫌いがあるであろうストーリーさておき、この小説の真骨頂は、得意の郷愁感とヌメッ、ドロッとした皮膚感覚なのだ。いつもの郷愁感もこの作品では特に強く、また運路が縦横に走る雨の水郷都市のイメージもなかなかの優れものなのだ。それにしても恩田陸のファンにはどうもウケが良い様だが、我輩としては悪くはないがウ~ムな作品だった。

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【2007/10】語り女たち

№51 語り女たち 著者『北村 薫』 新潮文庫 250頁 ★★★

 色とりどりの夢のような異空間へ運んでくれる掌篇集。17篇のショートストーリーが美しい日本語で次々と語られていく。アラビアンナイトになぞらい、海辺に住む男が不思議な話を聞かせてくれる女達を募り、様々な女性が自らのミステリアスな体験を語る趣向なのだ。
 緑の虫を飲み込んだ女の話、アラビアで買ってきた硝子ビンの砂絵の駱駝が歩く話、河童の一族と恋愛した女の話・・・。美しい挿絵とともに静かに語られていく、現実とも夢とも区別できない不可思議でミステリアスなお話たち。小説の原型が「物語」であったことを、あらためて思い出させてくれる佳作なのだ。

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【2007/10】背いて故郷

№50 背いて故郷 著者『志水 辰夫』 新潮文庫 518頁 ★★★

 「シミタツ」の初期の代表作なのである。日本推理作家協会賞を受賞している1985年の作品なのだ。物語は、一等航海士である柏木が、スパイ船の仕事を親友の成瀬に譲ったことから起こる悲劇を描いている。成瀬は当直中に殺されてしまい、柏木は責任を感じ独自の調査を始める。しかし国家間の対立に巻き込まれてしまい、それでもひたすら真相に迫ろうとした結果、壮絶なラストを迎えてしまう。
 このシミタツは、独特の格調高い文体と緻密なストーリーが特徴。特にクライマックスの一気呵成にたたみ掛ける場面では、主人公の孤独と絶望が、体言止めを多用し文語調にすることで読者に迫ってくるのだ。これには圧倒されてしまう。ま~浪花節調だと言ってはミモフタも無いが、この文章の力はもの凄いものがある。難癖をつけるとすると、シミタツのデビュー作「飢えて狼」や「行きずりの街」も、主人公はみな民間人なのに、真相究明に命をかけてしまう愚直と女性に対する一途さが同じパターンなのだ。そこがいいところだとファンに怒られそうだが、とにかく一級品のハードボイルドなのは確か。

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【2007/10】幻詩狩り

№49 幻詩狩り 著者『川又 千秋』 創元SF文庫 365頁 ★★★

 1984年に出版され日本SF大賞を受賞した作品が復刊したのだ。久しぶりにSFの古典を読んでみるのも一興かと、手にとってみたのだが、思った以上にこれがなかなか面白かったのだ。
 SFというジャンルはどうしても未来に目を向けるので、書かれた当時は最新の技術情報を持ってたとしても、四半世紀も過ぎるとかなりつらいものがある。1980年代といえば、インターネットどころか家庭にはPCなどはなく、せいぜいマイコンが登場したばかりだった。それからわずか十数年で一家に一台コンピューターが入り込み、世界中とオンラインで結ばれるなどだれも夢想すらしていなかった。
 70年から80年の間は日本SFの黄金期だったと思う。アポロの月面着陸、大阪万博、など未来はいつもバラ色だった。人類はすぐにでも宇宙に進出していくと信じていた。AIが進化し、コンピューターはすぐにでも会話をしてくれると信じていた。それが変調をきたしてきたのはいつからだったのか。アメリカが宇宙から手を引き、次第に内向きになり、科学技術の進歩が公害をもたらし、やがて未来はバラ色からカオスになっていった。
 そのころSF黄金期の旗手である小松左京がいつのまにか主役を降り、科学の未来を信奉していたはずのSFまでが内向的になっていった。我輩も小粒になったSFから離れ、興隆してきたミステリーにはまっていったのだ。と・・、前置きばかり長くなってしまった。
 この「幻詩狩り」は、SFといってもサイエンス部分はまったくなく、シュールリアリズムの歴史をなぞりながら、魅惑的な幻想の世界を紡ぎ出している。戦後シュールリアリズムの詩人が、一度読むと人を魔界に導く「詩」を創ってしまう。やがてその「詩」が日本で翻訳されたため、多数の人々が死に至り、取り締まりの対象となる禁制の「詩」となってしまう。そんな「幻詩」の出自と歴史のお話なのである。言葉自体の持つ「魔力」を、これほどまでに魅惑的に描いたお話は初めてだった。冒頭と終盤に、今となっては古めかしいスペースオペラ風の挿話があるので、SFに分類されているのだろうが、我輩的には不要なのだ。それにしても今でも非常に魅力ある幻想文学なのである。

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【2007/10】反自殺クラブ

№48 反自殺クラブ 著者『石田 衣良』 文春文庫 296頁 ★★★★

人気絶好調のIWGP(池袋ウエストゲートパーク)シリーズ第5弾なのだ。今回もマコトくんは縦横無尽に悪と戦い、爽快に活躍してくれる。ま~お決まりの展開といってはそうなのだが、それでもファンはいいのだ。常に最新の風俗情報を取り入れ、ITと知力と人脈を駆使し、闇の世界を暴きだす。たった今のTOKIO・CITYを描く筆は冴えわたっている。
 今回は、集団自殺を呼びかける闇のネットサイトを運営するクモ男と、それに対抗する反自殺グループの戦いに参戦していく「反自殺クラブ」。風俗スカウトの生態を描く「スカウトマンズ・ブルース」。中国の死の工場を告発するキャッチガールに協力する「死に至る玩具」。伝説のロック歌手の夢のために一肌脱ぐ「伝説の星」。次から次へとトラブルに巻き込まれ、見事に解決していく様は水戸黄門を髣髴させるのだ。あまりにグロテスクだった「電子の星」に比較すると、フーゾク情報も適度な刺激に抑えられており、一見華やかな世界の裏に潜むダークな面を告発する様は、以前にも増して鋭い。その意味ではシリーズ中でも、良く出来た作品達なのだ。

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【2007/9】飢えて狼

№46 飢えて狼 著者『志水 辰夫』 新潮文庫 434★★★★

 「シミタツ」1980年のデビュー作なのだ。知らなかった。こんなにレベルの高い冒険小説が日本にあったとは・・・。ま~名作「行きずりの街」で初めてシミタツ体験をし、やたらに濃いドラマとして感銘を受けたのだが、デビュー当初からこの水準とはビックリである。
 今から30年近くも前なので、政治状況は現在とまったく異なり、北方にある日露国境線は緊張感があった。だからこそ、このようなスパイ活動にもリアル感があり、当時は冒険小説が活況だったのだろう。
 元トップクライマーだが現在は小さなボート屋のオヤジが、突然国家間のスパイ合戦に巻き込まれ、北方領土まで侵入させられてしまう。国家に操られそうになるが、真実を探るために国家に対して孤独な闘いを挑んでいく・・・。
 冒険小説の王道、いわゆる「男の美学」を貫く頑固者キャラが主人公。さらに過酷な北方領土の大自然をリアルに描き、そこに挑む主人公の活躍も、クライミングやセーリングの豊富な知識をベースにしているので実に説得力がある。派手な活劇や意外な展開もあり、読者をまったく飽きさせない力量は感嘆させる。硬派の冒険小説を堪能させてくれる名作である。

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【2007/9】恐怖の存在

№45 恐怖の存在(下)  510

№44 恐怖の存在(上) 著者『マイクルクライトン』 早川文庫 562★★★★

 SF界の大御所マイクルクライトンの問題作。今、地球上で重大な問題のひとつである地球温暖化について、真正面から取り上げたサスペンス巨編なのである。どこが問題作かというと、全世界で歩調を合わせて取り組んでいる、二酸化炭素の排出量削減活動は無意味かもしれない、というのだ。つまり、「現在の温暖化傾向が自然現象によるものなのか、それとも人間の活動によるものなのかは未だに証明されていない」という問題意識をベースに、単純思考の環境保護団体や過激な環境テロリストとの争いを描いているのだ。
 ストーリーは、地球温暖化の影響で水位が1m上昇すると国家が消滅してしまう太平洋の国家が、世界最大の二酸化炭素排出国である米国を相手に訴訟する費用を、大金持ちの環境保護活動家が支援するところから始まる。しかしこの大富豪が、環境保護団体の活動に懸念を抱き始めると、交通事故に遭い失踪してしまう。やがて環境テロリスト達の過激な活動の実態が次第に明らかになり、大富豪の秘書や弁護士達が世界各地で激闘を繰り広げていくことになる。全体としては世界をまたがるサスペンス巨編なのだが、クライトンらしくミサイルを利用して嵐を制御しようとしたり、海底に地すべりを起こして巨大津波を起こそうとしたり、スケールの大きな仕掛けがあってなかなか楽しめるのだ。だが、クライトンの真骨頂は、この小説の中で繰り広げられる環境保護論争の内容にあり、いかに人々が環境保護に関しての実態に無知なのかが、良くわかる仕掛けになっているのだ。
 確かに我々は、国やマスコミが喧伝する地球温暖化阻止の大合唱に対して、なんの疑いもいだくことはしていなかった。しかしクライトンは、ありとあらゆる公開されている科学者達の研究成果を駆使し、二酸化炭素の排出量と温暖化傾向の因果関係が希薄か、データを示していく。しかしクライトンは環境保護活動そのものに反対しているのではなく、正確なデータに基づかない主張はエセ科学であり、危険な考えだというところにある。この小説の中で印象的なのは、「現代の政治は、コミュニストの跋扈、環境汚染、過激な原理主義やテロリズムなど、次から次えと社会に対して恐怖の対象を作り出し浸透させることで、統治しようとしているのだ」というセリフにある。なぜこれほどまでに国家が、まだ証明されてもいない事象にたいして、莫大な費用を費やすのだろうか、という疑問がここにある。ノーム・チョムスキーの『メディアコントロール』という著作でもそうだが、国策には常に胡散臭さを感じてしまうのだろう。
 環境問題そのものに興味がなくとも、ちょっと暴走気味だが手に汗握るサスペンス大活劇は楽しめるので、お薦めできる巨編なのである。

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【2007/9】蹴りたい背中

№43 蹴りたい背中 著者『綿矢 りさ』 河出文庫 183★★★

 あまりにも有名な、史上最年少19歳で「芥川賞」を受賞した作品。120万部を売り上げた青春小説のベストセラーでもある。
 高校生の「ハツ」はクラスに溶け込もうともせず、余りものの立場を享受していた。同じような男の子「にな川」と知り合いになるが、にな川は女性モデルの追っかけをしている熱狂的マニアだった。ハツはにな川の部屋に上がりこむが・・・。
 青春小説といっても、女子高生が主人公の割にはサワヤカ系ではまったくなく、偏屈で変わり者の男女の高校生の、暗い平凡な高校生活を描いているだけである。特異な文章表現で私小説風な書き方なので、ユニークといえばユニークなのだろうが、読後感は何となく後味が悪く、なんだろな???という感じ。ま~読む人の年代によって評価が大きく異なる気もする。娘の学校では評判が良かったようなので、やはり感性的には近い世代が共感するのだろう。
 にしても、なぜこの小説が芥川賞を受賞したのかが、わからん。ほとんど理解不能な女子高生の揺れ動く心情を、個性的な文学的修辞と突飛で大胆な行動によって表現しているようだが、他の小説と比較してそれほど突出した小説とも思えない。ま~十代には薦めても、オジサンには薦めませんね。

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【2007/9】東京DOLL

№42 東京DOLL 著者『石田 衣良』 講談社文庫 279★★★★

 良い意味でも悪い意味でも、いかにも石田衣良らしいスマートな小説。大金持ちの天才クリエーターが浮世離れした活躍をする、都会的でミステリアスで、かつスタイリッシュな恋愛小説なのである。
 お話は、天才的なゲームソフト製作者・相良が、新作のモデル・ヨリをコンビニで見つけるところから始まる。モデルとして完璧な「人形」を演じるヨリに相良は次第にひかれてしまうが、彼女には相手の不幸が見えてしまうという異能があった。新作ゲームの完成が近づくにつれ、大手ゲーム会社が主人公の会社を乗っ取ろうと画策し、ヨリの存在でフィアンセまで失いかけるが・・・。
 この作品は、オタクな『アキハバラ@DEEP』をベースに、大人気『池袋ウエストゲートパーク・シリーズ』のテイストをまぶしたような感覚である。発表時期をみると、アキハバラ → IWGP → 東京DOLL なので、ゲーム業界をネタにして似たような感覚の作品を書き上げたようだ。世間的にはこの作品はあまり評判がよろしくないようだが、我輩としてはスタイリッシュなこのセンスが結構気に入っているのだ。確かに、洋服のブランドや高層ビル群などあまりにも今の風俗を取り込みすぎているので、十年後には簡単に風化してしまいそうな小説である。しかし逆に言うと、たった今の時代風景や風俗を見事に切り取ったエンターテイメントともいえるのである。

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【2007/9】反社会学講座

№41 反社会学講座 著者『パオロ・マッツァリーノ』 ちくま文庫 381★★★

 怪作「つっこみ力」の著者の、デビュー作である。「反」社会学と銘打ち、お笑いエンターテイメント風を装っているが、意外とまっとうな社会学の本である。
 社会学系の新書はなかなかユニークな見解が多く、我輩もけっこう楽しませてもらっている。ベストセラー「人は見た目が9割」、流行語にもなった「下流社会」、現代の名著「動物化するポストモダン」、などなど・・・。こう並べると数年前の新書ブームは、読みやすい社会学が中心だったことがわかる。ところでこの「反社会学講座」は2004年発行なので、ほぼ同時代に出ているようだ。しかし一般書だったため、この新書ブームに乗り遅れたようで、一部では評判になったようだが、世間ではというか我輩はまったく気がつかなかった。
 ま~それにしても社会学という学問?が、インチキくさいしろもんだということは薄々気がついていた。しかし『社会学とは非科学的学問である』と、はっきりと言い切ってしまうのもどうかな~と。とにかく社会という実態が非常にあやふやなものに対して、特定の切り口で切り取り、単純化した見解だけで一方的に社会を見るのが「社会学」だ、というの実感として良く理解できる。様々なアンケートや統計数値を用いてはいるが、自分の都合の良い数字だけ拾ってグラフ化して、さも自分の見解が数字的裏づけがあるかごとく披露しているのが「社会学系新書」なのは周知の事実。それにしても、いかに自分の見解がユニークで画期的なのか、だけが本の価値になることを良く知っている著者ばかりなので、とにかく他人と違う意見や見方で社会を分析しているのが社会学の学者なのであろう。
 この「パオロ・マッツァリーノ」というふざけた名前の著者は、『社会学者の個人的な偏見をヘリクツで理論化したもの、それが社会学です』と、まとめている。自らを『戯作者』と称し、社会学者から一歩離れた立場で批判をしているが、この本を読んで怒るような人がいたら、まさに著者の思うツボなのだ。統計学を持ち出して読者を目くらまそうとしている社会学者に対しては、この著者の指摘するような「つっこみ力」を駆使し、騙されてはいけないのである。とにかく笑える社会学講座なので、お薦めなのである。

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【2007/8】チルドレン

№40 チルドレン 著者『伊坂 幸太郎』 講談社文庫 342★★★★

 人気作家、伊坂幸太郎の連作短編集。これが思いのほか良い。最近読んだ話題作「グラスホッパー」の後味が悪かったので、実は期待薄だったのだが、この作家には珍しく愉快に読めた。都会的センスやトリッキーなオチは元々うまいのだが、それにほのぼの感が加わり、誰にでも素直に楽しめる小説になっている。
 最初は洒落たというか人を食ったオチの銀行強盗の話から始まるのだが、次第に「陣内」という特異なキャラの持ち主が中心人物であることがわかってくる。過剰なほど自信家の陣内の過去が、時系列的に話が前後しながら次第に明らかになっていく構成も面白い。また、登場人物には頭脳明晰な盲目の安楽椅子探偵もいるのだが、最初の派手な銀行強盗以外は、いわゆる「日常の謎」タイプのミステリーが中心なのだ。
 このお話はミステリーというより、やがて陣内がなる家裁調査官という、地味で正義感が強くなければやってられない職業にスポットを当て、青少年達の扱いに悩む調査官達を、心温かく描くほうが主題のようである。老若男女にお薦めできる、なかなかに心憎い小説なのだ。

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【2007/8】偶然の祝福

№39 偶然の祝福 著者『小川 洋子』 角川文庫 201★★★

 小川洋子の連作短編集なのである。女性作家が主人公なので、作家自身の物語かと思わせてしまうほど、なかなかリアルでしかも切なく淡々とした味わいのある短編集。この女性作家は、知り合いが失踪したり、交通事故にあったり、不倫したり、シングルマザーになったり、果ては失語症にまでなってしまう。ま~ありとあらゆるトラブルに巻き込まれているのだが、小川洋子の静謐な文章にかかると、なぜか何事もないありきたりの日常生活が淡々と続いているように思えてしまうのだ。不思議な作家だ。普通の日常風景を描いているようで、実はそこから少しだけずれた異世界を垣間見せてくれるのが、最大の魅力なのだ。どちらかというと「博士の愛した数式」より、「ブラフマンの埋葬」に近い世界観なのである。大人の女性にお薦め。

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【2007/8】太陽の塔

№38 太陽の塔 著者『森見 登美彦』 新潮文庫 237★★★★

 いや~久しぶりにノ~テンキに笑える、男子青春ものを読むことができた。男子青春物語といえば昔からいろいろとある。「坊ちゃん」も入れても良いが、やはり「ライ麦畑でつかまえて」と、我輩お気に入りの庄司薫「赤ずきんちゃん気をつけて」4部作は外せない。自意識過剰で繊細でピュアな魂を持つ若者はいつの時代にもいるものだが、この作品の主人公はチョット違う。もてなくてビンボーなのはお決まりだが、妄想癖がハンパじゃないのが当世風。ま~、一人暮らしの若者ならこの程度のモーソーぐらい、もしかしたら当たり前かもしれないのだが・・・
 京大生の一人暮らしの男が主人公。女性にはまったく縁が無いのだが、奇跡的に得た恋人にも振られてしまうと、ストーカーのごとくつけまわし、詳細レポートを書くのが日課。もてない男が忌み嫌うクリスマスが近づくと、さえない友人たちとクリスマスぶち壊し作戦を画策するのだった。
 別に事件が起きるわけでもなく、男子学生の怠惰な日常生活を描いているだけなのだが、これがまた笑えるのだ。失恋してプライドが傷つき、凍えるような冬の京都で、主人公は恋敵と低次元な闘いを繰り広げるのだが、豊富な知識とボキャブラリーを駆使してモーソーが炸裂する様がすごい。変人の周りには変人の友人たちが集い、ろくでもない事をしでかして学生生活を過して行くのだが、それにしても腐っても京大生だからどんなバカなことをしても許されるのだ。次第にモーソーなのか夢なのか、ハタマタ現実なのか区別ができなくなってしまう展開もユニークで愉快。
 世の中のもてない男達のために捧げる、男汁がただよう、「
日本ファンタジーノベル大賞受賞」の作品なのだ。

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【2007/8】グラスホッパー

№37 グラスホッパー 著者『伊坂 幸太郎』 角川文庫 345★★

 今最も旬な作家である伊坂幸太郎の問題作。妻を殺された元教師「鈴木」が、その犯人に復讐しようと目論んだが、目の前で「押し屋」に殺されてしまう。その「押し屋」の正体を探るため後を追うが、「押し屋」探しの騒動に巻き込まれてしまうのだ。一方で、自殺専門の殺し屋「鯨」や、ナイフ使いの殺し屋「蝉」まで、その騒動に加わり、ますます大きな騒ぎになっていく、いわば「殺し屋小説」なのである。
 「鈴木」「鯨」「蝉」の三者の視点で語られる物語は、ハードボイルドというより暗く重い「暗黒物語」の雰囲気を醸し出す。いつもの伊坂幸太郎らしい「軽さ」も少なく、絶望感が漂い、最後は都合よく大団円となるが読後感はあまり良くなかった、というのが正直な感想。ミステリーとして読むと、なかなか凝った構成とテンポの良い展開で一気に読ませるが、意外なラストでもスッキリ感はあまりない。ま~好みの問題なのだろうが・・・。

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【2007/7】永遠の出口

№34 永遠の出口 著者『森 絵都』 集英社文庫 353頁 ★★★

 児童文学の新鋭「森絵都」(そういえば昨年直木賞を受賞していた)が、初めて大人向けの雑誌に書いた小説がこの本。今までにはYA向けの「つきのふね」などがある。この小説は、どこにでもいそうなフツーの女の子がヒロインで、小学校3年生から高校3年生までのリアルな生活を描いた連作集なのだ。
 ま~何というか、特に事件があるわけでなく、個々のエピソードは女の子にはよくありがちな話ばかり。それをつないだだけと言っては実も蓋も無いのだが、これが意外と面白いのだ。恐らく女性にとってはよりリアルで、身につまされる話ばかりなのだろう。実際、女性にはかなり支持されているようで、ベストセラーにもなっている。Webの書評においても、このヒロイン像は女性からは圧倒的人気があり、そこは男性にはなかなか分かりづらいところだ。北村薫が描く女子大生のような、男性作家の描くヒロインとはやはりどこか異なり、同じような恋や家族との確執に悩んだりしても、森絵都の描くヒロインは、フツーの女性にとって等身大の姿に映り、感情移入し易いのだろう。友人との喧嘩、恋への憧れ、とんでもない失恋、家族不和などなど、ありがちなエピソードに対するヒロインの対応や感情の「ゆれ」に対して、納得感を持てるかどうかでこの小説に対する評価が決まるのだ。その意味においては女性にお薦めの本なのである。

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【2007/7】6ステイン

№32 6ステイン 著者『福井 晴敏』 講談社文庫 488頁 ★★★★

 相変わらず熱く語る「福井晴敏」渾身の短編集。名作「終戦のローレライ」では、その独自の世界にグイグイと引き込まれてしまったのものだが、この「6ステイン」では、工作員という非日常世界に生きる人間達を、苦悩する等身大の人としてリアルに描いているのだ。福井晴敏というと、「亡国のイージス」や「Twelve Y.O.」など長編作家のイメージしかなかったが、短編もなかなかのもの。単独でも楽しめるし、同一テーマの連作集になっているので、読み進めていく楽しみもある。
 引退した元工作員に襲い掛かる敵。巻き込まれた子供を救うべく、死闘に臨んで行く話「いまできる最善のこと」。30年間小型原爆を隠し、愛する男を待ち続けた元芸者。核を取り返しにきた男は、その心意気に惚れて運命を狂わせる「畳算」。現場に不慣れな職員が、代役で若い女性工作員と組んだが銃撃戦に遭遇。ところが事件の裏には意外な工作があった話「サクラ」。子持ちの主婦であるベテラン工作員。家庭と命がけの業務との間で苦悩する姿を描く「マーマー」。隠居した天才スリが、元刑事から依頼された最後の大仕事は、マフィアの息の根を止めることだった「断ち切る」。タクシー運転手をしながら活動する、引退間近の老工作員。ナイフのように切れそうな若い工作員と組み、伝説のスナイパーと対決する「920を待ちながら」。全部で6編。
 防衛庁情報局の工作員という非日常世界の最たるものを主人公に据えているが、工作員達をスーパーマンにせず、苦悩する等身大の人として描くことで、熱く濃密な人間ドラマに仕立てているのだ。子持ち女性工作員に現実性があるかどうかは問題ではなく、最前線の現場で働く主婦の葛藤を、より切実に浮き彫りにし、30年間待ち続けた挙句、無残な最期を遂げる「畳算」の老婆も、現実離れしているからこそ女の業の深さに感動するのだ。
 それにしても、福井晴敏の文庫の解説に「あさのあつこ」を起用するとは、意外な組み合わせで面白い。ま~ある意味、福井晴敏とは対極にあるような小説家だが、『少年大好き』の「あさのあつこ」が『濃密な』福井晴敏の小説にあこがれる気持ちは分からないではない。とにかく『濃く熱い』小説を読みたい人には、お薦めの傑作短編集なのである。

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【2007/7】まひるの月を追いかけて

№31 まひるの月を追いかけて 著者『恩田 陸』 文春文庫 431頁 ★★

 古都奈良を旅するロードノベル。消息を絶った異母兄弟を、その恋人と共に捜す旅に出る、二人の女の奇妙な旅。早春の奈良路を藤原京跡、明日香と、旅が進むにつれて意外な事実が明かされていく。
 異母の兄とその恋人、女友達との三角関係、妹なので傍観者だったはずが次第にその人間模様に巻き込まれていく様は、なかなか読ませる。しかしミステリーといえるほどの謎もなく、トラウマを抱えた男を巡って女達がそれぞれの思惑で語り、行動していく。傑作「黒と茶の幻想」の二番煎じか!と思わせる展開だが、柳の下にドジョウは二匹もいなかった。ミステリアスな雰囲気も無く、最後まで中途半端な感じが否めない。どちらかというと、奈良の観光地を巡る紀行文として読むべき本であった。どうも恩田陸の小説は、アタリとハズレのムラが多い。ま~多作なのでしかたがないか。

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【2007/6】葉桜の季節に君を想うということ

№30 葉桜の季節に君を想うということ 著者『歌野 晶午』 文春文庫 477頁 ★★

 このミス2004年第1位」「日本推理作家協会賞受賞」「本格ミステリ大賞受賞」「2004本格ミステリベスト10」 2004年のミステリィ関連の賞を総なめにしたミステリィが、早くも文庫に登場!ということなので、さっそく読んでみた。しかし!なのである。ま~どんなに甘くしても、これをミステリィと言いたくはない。最後に大ドンデン返しが用意されているのだが、ラストにオチがあればミステリィなのか?と、言いたくなるお話であった。
 題名や作家名に騙されてはいけない。霊感商法をめぐる悪質な詐欺の被害者を助けるため、自称探偵のドタバタ活劇がメインで、ストーリーはいたってケーハクで後味も悪い。ラストの種明かしを期待していたので、やっと最後まで読めたというレベル。なんでミステリィの専門家達はこんな作品を推奨するのか理解できなかった。
 確かに今までのミステリィにも、読者の思い込みを利用したトリックは少なからずある。例えば、犯人は当然男性だと思わせておいて、実は女性だった!というもの。また、今起きたばかりの事件だと思わせて、実は過去の事件だった、とか・・・。ま~様々な作品があるが、密室トリックほどのバリエーションは無く、ありとあらゆるトリックが創られてしまったミステリィ界においては、比較的近年の作品に多い。
 とりあえず、前例が無いトリックを創造したことはえらいのだが、逆に言えばあまりにも非現実的というか、くだらないアイデアなので誰も作品にしなかっただけなのかもしれない。最後の方は無理やりこじつけ気味だし、文庫なのに解説が無く、代わりに言い訳気味のデータを並べているのも違和感がある。あくまでこの作品は、ミステリィのベスト1として真剣に読むのではなく、ユニークなジョーダン系ミステリィとして読むべきなのである。

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【2007/6】水の迷宮

№28 水の迷宮 著者『石持 浅海』 光文社文庫 396頁 ★★★

 なかなかの名作「月の扉」の著者が放つ、『感動のミステリー』というのがうたい文句。三年前、不慮の死を遂げた片山の命日に事件は起きた。首都圏の人気スポット『羽田国際環境水族館』に届いた一通の脅迫メール。
やがて、展示生物を狙った攻撃が始まった。姿なき犯人の意図はどこか。自衛策を講じる職員たちの努力を嘲笑うかのように、殺人事件が起きる。すべての謎が解き明かされたとき、意外な結末が待っていた・・・
 粗筋はこんなものだが、水族館という舞台が良い。巨大な水族館の舞台裏が見えるだけでも楽しいのである。ミステリーの割には、「月の扉」と同じく探偵も警察も出てこないが、きっちりと謎解きもあるので、ミステリーとしても満足感はある。しかしだ、この小説の真骨頂は最初に死んでしまった『館員の夢』にある。この夢を実現するのだ、という想いがあるからこそかなり無茶な結末も、強引に納得させてしまう力があるのだろう。
 ある意味ファンタジックなストーリーなのだが、なかなか感動させてくれる話なのである。登場人物の大半が、自分の仕事に対して、こんなにも真摯な態度で臨んできるからこそ、納得できるのだ。この結末には様々な批判があるようだが、この水族館の構想自体は夢があり素敵なアイデアだ。この世界では普通のアイデアなのかオリジナリティがあるのかは不明なのだが、このような構想が核にあるからこそ、読者に感動を与えることができたのだから、素晴らしいアイデアといえる。普通のミステリーに飽きたり無い人に贈るチョット変わったミステリーなのだ。

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【2007/5】後巷説百物語

№27 後巷説百物語 著者『京極 夏彦』 角川文庫 787頁 ★★★★★

 ついに出たのである。第130回直木賞を受賞した妖怪小説の大傑作。『巷説百物語』シリーズの三作目であり、最終章なのだ。数ある京極小説の中でも、我輩が最も気に入った作品の一つでもある。
 『巷説百物語』『続巷説百物語』『後巷説百物語』と続いてきたが、この三作目ではとうとう明治時代になってしまう。妖怪たちは江戸時代だからこそ、(変な言い方だが)生き生きとしていたのに、と思っていたら、さすが京極。ここは仕掛けを用意してあり、お話はちゃんと江戸時代にあったのだ。
 文明開化の明治十年。珍奇な話が好きな巡査が、隠居老人に怪異談の真偽を確かめに訪れる。かつて諸国を巡って沢山の不思議話を集めていた老人は、若者達に今は亡き妖怪たちの物語を話し始める。
 一度入ったら二度と出られぬ孤島の話『赤えいの魚』。妖かしの火を消した話『天火』。70年生きていた蛇の話『手負蛇』、動物とも人間とも分からない山男に助けられた話『山男』。青鷺が変じた青白く光る女から子供を授かった話『五位の光』。百の妖しい話をすると怪事が起こる『風の神』。
 このシリーズは妖怪小説と言われながらも、実は妖怪はまったく出てこない。厄介ごとがあり、それをなんとか解決して八方丸く治めるために、「御行の又市」は妖怪を持ち出して大芝居を打つのだ。「この世には不思議なことなどなにひとつない」と言い切り、あくまで妖怪は人の心の奥底に潜んでいるだけ、といういかにも近代合理主義的解釈に貫かれた小説なのである。同時に、文明開化の近代になって、過去の遺物である妖怪変化たちは居場所が無くなり、とうとうお話の中にしか住めなくなった寂しくも哀しい物語なのだ。
 言わば、宮崎駿の「トトロ」の中で、メグがお化けの「ススワタリ」を見つけても、学者のお父さんは「明るいところから急に暗いところを見ると、(暗い影が)見えることもあるよ」と実につまらない説明をするのと同じ構図なのだ。結局最後まで、大人にはトトロは見えず、子供にしか見えないのである。近代社会は、お化けや超常現象など説明できないものは、すべてファンタジーに押し込めて排除することで成り立っている。しかし人は合理主義だけではあまりにも息苦しいので、それこそ妖怪小説なんぞを読むのだ。オタクたちは合理主義の結晶であるパソコンの世界の中に、異次元のファンタジーを構築して逃避するのだ。
 それにしても京極は、そんな近代人のアンビバレンツな心象を良く理解しているので、妖怪が出てこない妖怪小説を書いているのだろう。この小説の主人公であり、諸国を巡って怪異話を集めてきた百介は、目撃したすべての怪異には仕掛けがあることを知っていたのだが、本当は本物の怪異に出会いたかったのではないだろうか。最終話で人生最後の仕掛けをした百介は、怪異を見せる方ではなく、本物の怪異を見たかったはず。近代人が理性では否定していても、どこか心の奥底では信じていたいファンタジーを・・・。り~~ん。

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【2007/5】黄昏の百合の骨

№25 黄昏の百合の骨 著者『恩田 陸』 講談社文庫 405頁 ★★★

 ご存知「恩田陸」の傑作シリーズである『三月は深き紅の淵を』『麦の海に沈む果実』『黒と茶の幻想』に繋がるのが、この『黄昏の百合の骨』である。この『三月シリーズ』の作品同士は複雑な相関関係にあり、単純に続編関係ではない。もっともこの『黄昏の百合の骨』はお話としては独立性が高く、他の一連の作品を読まなくとも楽しむことはできる。
 ところでこの本は、『麦の海に沈む果実』の続編という位置づけ。学園を出て行った高校生の理瀬は、祖母の遺言により以前住んでいたことがある洋館に住むことになった。百合の花が絶えることがないそのお屋敷は「魔女の家」と呼ばれており、優雅に暮らす美貌の叔母二人が住んでいた。祖母の一周忌に従兄弟が二人帰ってきたのだが、屋敷の周辺では動物の毒殺や友人の失踪など不吉な出来事が起こる。孤独な理瀬は一人で闘いを始めるのだが・・・
 相変わらず耽美な「恩田ワールド」の世界を堪能できる作品である。思わせぶりなプロローグ、妖しげな洋館、性格がまったく正反対の叔母達、純粋さと残酷さ併せ持つ老成した女子高生の理瀬、魅力的な男の子達。役者や道具立てはそろっており、一気に読めるミステリィである。
 なのだが、ストーリーの展開が・・というか、ラストでこれか?という感じ。ちょっと無茶。なんかラストにどんでん返ししなければミステリィでない、という強迫観念から強引に持ち込んだ感じがしたのだが。ま~好みですかね。このあたりは。我輩としてはこのラストがなければもっと余韻が残り、好印象だったのだが、残念。こ