【2009/7】できそこないの男たち

№36 できそこないの男たち 著者『福岡 伸一』 光文社新書 285頁 ★★★

Photo  なんともはや、なのである。男とは女の「できそこない」なのだそうだ。この本は、人生が始まる直前の、男と女を巡るお話なのだ。
 と言っても、別に恋愛小説などではない。名著「生物と無生物の間」を書いた、福岡教授の分子生物学の話なのだ。
 今まで、男が女より特に偉いとか強いとか思っていたわけでは、決してない。しかし、生物学的にみた場合、圧倒的に女性の方が強いと、ここまで証明されてしまっては、男として立つ手がない。曰く「本来、すべての生物はまずメスとして発生する。なにごともなければメスは生物としての基本仕様をまっすぐに進み、立派なメスとなる。このプロセスの中にあって、貧乏くじを引いてカスタマイズを受けた不幸なものが、基本仕様を逸れて困難な隘路へと導かれる。それがオスなのだ。ママの遺伝子を、誰か他の娘のところへ運ぶ”使い走り”それがオスなのだ。アリマキでも人間でも。」なのだそうだ。酷い言いようだ。
 つまり生命の基本仕様は女であり、男は遺伝子を運ぶアッシーくんなのだ。う~む、だから男はいつも女にいいように使われてきたのか・・・。現代の分子生物学が暴き出した真実とは、皮肉なことに男の沽券にかかわること、ではなく単に事実を追認しただけだったか。
 この本は、分子生物学の最新情報を単に解説する本などではない。生物にはなぜ男と女がいて、なんでこんな面倒な手続きをふんで子孫を残さなければならないのか、という素朴なテーマを、文学の香りがする文章で、生物学の歴史を紐解きながら書いているのだ。遺伝子の説明が必要なので、どうしてもDNAの振る舞いについての学術的記述が多くなってしまうのだが、専門用語をほとんど使わない説明は読みやすい。オスとメス、男と女の数億年に渡る歴史を、オスが書いた割にはいささか自虐的に綴った分子生物学の名著なのだ。

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【2009/7】強欲資本主義 ウォール街の自爆

№35 強欲資本主義 ウォール街の自爆 著者『神谷 秀樹』 文集新書 206頁 ★★★

Photo  アメリカの金融バブルを崩壊させ、世界経済をそれこそ100年に一度の未曾有の危機に陥れた元凶は、ウォール街の強欲主義者達だ。と喝破した本である。著者は、ニューヨークに駐在している元ゴールドマンサックス社員。現役の投資銀行家であり、25年もの間ウォール街の浮沈を見てきたので、非常に説得力がある本である。
 「今日の儲けは僕のもの、明日の損は君のも」という輩しかいないウォール街。結局会社とは、売り買いして儲けるための道具でしかない、という強欲主義者がバッコする街に、世界経済は牛耳られていたようだ。おかげで、数億ドルを稼いだ投資銀行の経営者達は勝ち逃げし、大損した穴埋めを税金で補填するパターンは、かつてのバブル破綻後の日本経済と同じだ。違うのは、その規模が桁違いに大きいことだ。
 この本に登場するアメリカの金融関係者は、どれもこれも人間としての良識を持ち合わせていない。本来金融業は、製造業などの実業を裏から支えることが業務のはずだった。それがいつのまにか、金融技術だけで儲けることを覚えたため、実業を疎かにしてしまった。言われみれば当たり前の話なのだが、バブルの時代には誰もが忘れていた。日本も例外ではない。「会社は資本家のものだ。法律にもそう書いてある。」と言い切っていた投資会社の社長が、もてはやされていた時代が日本にもあった。「金儲けして何が悪い」と言って逮捕されたIT企業の社長もいたので、日本人も偉そうなことは言えないのだ。しかしそんな連中は日本ではすぐに消えた。大半の日本人は、金で金を儲けるやり方には胡散臭さを感じていたのだろう。やはり物造りがが仕事の原点だ、という思いの方が強いはず。それがグローバル化という名の下に、世界中がウォール街ルールを受け入れたが為に、今回の金融危機が生じたのだ。
 それにしても、今回の金融危機が一旦収束したとしても、人間はまた何十年か後には同じことを繰り返すのだろう。日本のバブルが弾けた後、絶好調となったアメリカで、グリーンスパン議長は、日本のバブル経済をじっくり研究したので、同じバカなことはアメリカでは起きえない、と発言していたのを覚えている。当時、神のように崇められていた議長の言葉だったので、日本人までがその言葉を信じていた。それがこのていたらくだ。やはりバブルは弾けてみないと、誰も気が付かないようだ。
 人の欲望とは、際限が無いようだ。このことを忘れ、社会のシステムの善意を信じすぎると、しっぺ返しをくらうのだ。神の手だけを頼りに、資本主義を信奉することの代償はあまりに高すぎることを理解するのには良い本である。

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【2009/5】ヤンキー進化論

№27 ヤンキー進化論 不良文化はなぜ強い 著者『難波 功士』 光文社新書  300頁 ★★★

_  いわゆる「ヤンキー」と日本で言われている「人種」の文化論である。この手の切り口で論じている本もユニークなので、思わず手にとってしまった。ま、社会学系の新書の場合は、前例の少ない土俵で勝負することが必勝パターンであることは確かだ。その意味において、最初の関門は突破していると言える。
 最近の新書としては労作の部類で、想像していたよりはるかに網羅的、系統的に書いてある。企画を思いついてから、数ヶ月で上梓するような安直な流行のパターンではない。単行本が売れない「新書ブーム」の中で、とにかく下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、的な粗製乱造の新書販売合戦の時代なので、このようなタイトルだと、一見するとキワモノ的企画にも見えてしまう。しかし、読んでみると意外にも学術的な論じ方なのだ。ま~キワモノ的テーマに対して、大まじめに取り組んだバカバカしい本という見方もできるのだが・・・。
もっとも、アニメやゲームのようなオタク系文化も、最初は誰もまじめに取り上げようとはしなかった。それこそ90年代では、このようなサブカルチャーはまともな学者なら見向きもしなかったはず。それが2000年代になると、オタッキーな学者が増えてきたのか、このての学問が社会的にも認知されたこともあり、一気にオタク文化が研究対象になってきたようである。
 いわゆる「ヤンキー」が、単なる一時的な風俗なのか「ヤンキー文化」と言えるほど持続性があり一般的に認知された「文化」かどうかは、我が輩には分からない。しかし、この著者が述べているように、もしかしたら世界的にみても労働者階級に一般的に見られる普遍性のある「文化」なのかもしれない。このように膨大な資料をバックに系統立てて説明されると、もしかすると金脈を掘り当てたのかもしれない、と思わせるほどの労作であった。

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【2009/6】アニメ文化外交

№19 アニメ文化外交 著者『櫻井 孝昌』 ちくま新書  245頁 ★★★Photo_2

 いや~なかなかビックリするような内容の本である。いままでにもオタク系の新書はかなり読んできたので、マンガやアニメに関して比較的詳しいと自負してきた。また、以前「かわいい論」なども読み、欧州ではかなり日本製アニメがもてはやされ、「KAWAII」が世界的な言葉として普及していることの認識もあった。しかし、現在の世界の実体はそんなレベルをはるかに凌駕しているのだ。「アニメ」とは日本製アニメーションを示す世界共通語であり、スペインでは数万人を動員するアニメイベントが年に3回もある。毎年パリで開催される「ジャパンエキスポ」に至っては、昨年は何と14万人も動員したそうである。欧州だけのブームではなく、中国・韓国はもちろん、ミャンマーやベトナム、カンボジアなどのアジア各地まで、アニメの認知度は著しいのだそうだ。それにしても、あの超保守国であるサウジアラビアでさえ、ベールに隠れた女性の間では、「ONE PIECE」「NARUTO」「BLEACH」「鋼の錬金術師」のファンが多数存在する、というのだから驚くしかない。
 最近NHKが、毎週土曜の夜に「東京カワイイTV」という番組を放送している。内容はアニメではなく、「かわいい」がキーワードのファッション中心の番組。世界で「なんちゃって制服」や「ゴスロリ」が流行っていて、原宿が世界の中心地!みたいな話が多い。面白いというか興味深いので、毎回チェックしているのだが、ロシアにまで「かわいい」が知られているのだそうだ。これらの現象もアニメが大きな影響を与えているのは間違いない。
 それにしても、これほど日本製アニメが世界を席巻しているとは知らなかった。なので普段は腰の重い外務省までが、アニメを日本の外交ツールとして有効利用しようとまで考えたようだ。ところが今、ちょうど今年度予算に入った「アニメの殿堂」構築費用117億円が無駄使いだと一部議員から批判を受けている。せっかく世界に誇れるアニメ文化を、世界に向けて発信しようとする施設に対して、このような事情も知らない輩が非難する資格はない。景気対策と称して多額のバラマキ予算の中にいつの間にか紛れ込ませたやり方は誉められたものではない。しかしま~こんな時でもないと文化行政に予算が付くわけがないのだから、ドサクサに紛れて予算を組んだ担当者の手腕は大したもんである。
 とにかくだ、この新書の出来は置いといて、内容は注目すべきである。著者が世界各国を巡って、アニメ大使として講演をしたのは、昨年の事。まだホットな情報なのだ。新書が、ほとんど雑誌のように素早く出版される事は珍しくないが、外務省が大使を巻き込んでアニメ普及に積極的に動いている事実は画期的だ。それにしてもマンガ好きだと公言する首相が出現したことが、潮目を変えたのだろう。いろいろとバカにされることが多い麻生首相だが、唯一このアニメを巡る環境を変えたことは、歴史的快挙と評価すべきである。将来の日本は、コンテンツが文化的にも経済的にも牽引役となる可能性を秘めているのだ。この新書は、この事実を世間広く知らしめるパワーを持っている。

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【2009/2】非モテ!男性受難の時代

№13 非モテ!男性受難の時代 著者『三浦 展』 文春新書 243頁 ★

 『下流社会』」で一世風靡した、三浦展の新書であるが、今回は意外とレベルが低い。なにせオビが「草食系男性は肉食系女性に食い散らかされる!今こそ男性を保護せよ!!」という、情けないものなのだ。
 内容は、最近の男女の恋愛行動に関するアンケート調査とその考察。前半が例のごとくデータの羅列とその分析なのだが、データからは当たり前過ぎる分析結果しか出てこない。おそらくこの本の企画は、「草食系男子」という言葉が流行り始めたので、恋愛に関して若者からアンケートを取ってデータ分析すれば、何か面白い結果でも出るだろう、という安直な考えで作られたのにちがいない。ま~著者があの『下流社会』の三浦展なので、アンケートの切り口はもちらん「格差」。しかし出た分析の結果は、モテる男は、ますますモテて、「非モテ」男はドンドンモテなくなるとか、正社員でないとモテないとかばかり。なんだか当然というか当たり前の話ばかり。わざわざアンケート集計してデータ分析する必要あるの?というのが正直な感想。もっとも、著者自身さすがにこれでは面白くないと思ったようで、後半は二人の女性にも手伝ってもらい、データの解釈や、「女が男を選ぶ時代になったのはいつからか」についての個人的意見をもらっている。
 しかし皮肉なことに、肝心の三浦の解説よりも、この女性ライターによる独断意見の方が、よほど面白かった。このパートは、データや分析結果は参考にもせずに、自分の恋愛経験や友人たちの話をベースに、あまり根拠がない推測ばかりなのだ。しかし30代と思われる既婚女性の意見なので、最近の「婚活」状況が分かり、なかなか興味深い。逆にこのパートが無かったら、この本はほとんど読む価値がないほどだ。
 ま~とにかく、やれ「草食系男子」だの「婚活」だの、流行り言葉をネタにした、雑誌レベルに書くべき話であった。

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【2008/11】ラーメン屋vs.マクドナルド

№80 ラーメン屋vs.マクドナルド 著者『竹中 正治』 新潮新書 P202頁 ★★★

 タイトルからは、ありきたりの日米比較文化論のように見えるかもしれないが、これがなかなか新鮮な比較文化論なのである。現役のチーフエコノミストだけあって、日米の文化の違いを、経済の観点から読み解いてみせているのだ。
 アメリカ人はマックに頼り、日本人はラーメンを極める。要するにアメリカは巨大資本で食文化を均質化し、ジャンクフード文化を世界に広めたが、日本人は小資本で職人が、種々雑多な多様性のある和食を生み出す。このマクドナルドモデルの典型であるハリウッドのディズニーアニメでは、アニメ職人が創るジャパニメーションには勝てないのだ。希望を語るアメリカ大統領と、危機を語る総理大臣。確かに、先日のオバマ大統領の就任演説は未来を語ったが、麻生総理は百年に一回の未曾有の危機を強調している。アメリカ人は対面でディベートし、日本人は世界一のブログ好き。この差が、公教育にあるという意見は慧眼だ。国語教育の時間に、日本は複雑な漢字の勉強に多大な時間を要しているが、アメリカではディベートの練習をするそうだ。これでは確かに差が付くはずである。日本にはビルゲイツはいないが、小金持ちならたくさんいる、だから資金に対するリスク許容度が低い、などなど・・・。
 一級のエコノミストなので、経済の話は実に説得力が高い。また平易な語り口なので読みやすく、長い在米経験に基づいた話なので納得感もある。凡百の日米文化論とは、一線を画する新書なのだ。

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【2008/11】人を動かす交渉術

№77 人を動かす交渉術 著者『荘司 雅彦』 平凡社新書 P213頁 ★★★

 交渉術に関する実に実践的な本である。交渉の心理学から入り、最新理論であるのストーリー理論、定番のゲーム理論やクリティカル・シンキングなどを平易に解説してくれる。
 著者は、平均的弁護士の十倍ぐらい精力的にこなす敏腕弁護士だそうで、言わば交渉術のプロ。膨大な経験に裏打ちされた実践方法なので、なかなか説得力がある。今まで漠然としか知らなかった交渉方法を、見事に論理立てて説明してくれる、実用性の高い本である。ま~まさに「知は力なり」で、交渉術を知っていると知らないとでは、交渉結果は大きく異なってくるはず。読みやすく、ポイントのまとめもあるので、常に携帯して使用したい実用的な本であった。

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【2008/11】解剖男

№74 解剖男 著者『遠藤 秀紀』 講談社現代新書 P216 ★★★

 動物の遺体を解剖し、動物進化の神秘を探る学者が書いた、知的好奇心をかき立てる新書なのだ。「人体 失敗の進化史」という傑作も書いている著者だが、この本は動物の体に焦点を当て、如何に動物の体が驚異的進化を遂げた末に、合理的に構成されているかを熱血あふれる文章で書いている。
 ま~それにしても驚くような話ばかり並んでいるのだ。砂漠に生きるヒトコブラクダは、なんと10ヶ月もの間水を飲まなくても生きていける、牛の腸の長さは40mに達する、などなど、教科書には載っていない面白い話ばかりなのだ。この本の良いところは、どうしてそうなっているのか、どのような仕組みになっているのかを分かりやすく解説してくれるところだ。それにしても、動物の進化の歴史を調べる学問も重要な学問だとは思うのだが、あまり人気は無いらしい。このような動物進化の話題はおよそ聞いたことすらなかった。ま~これは、世界的にも研究者の数が少なく、研究対象も扱いづらいのは確か。著者の言うように、動物の遺体は腐りやすく、自然界の動物ならそれこそあっという間に骨になるため、学者は骨しか調べられなかったようだ。
 様々な困難を乗り越え、著者は孤軍奮闘しながら日々遺体と格闘しているようだ。いわばこの本は、その戦記とも言える。動物進化を熱く語ってくれるこの本は、たとえ動物にあまり興味が無くとも、十分楽しめる新書なのだ。

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【2008/10】大人の時間はなぜ短いのか

№70 大人の時間はなぜ短いのか 著者『一川 誠』 集英社新書 P206 ★★★

 年をとると、なぜ時の経つのが早いのか?という誰でも抱く「時間」に関する素朴な疑問を、分かりやすく解説してくれる良書。物理学や生理学はもちろん、心理学や人類の文化的背景にまで言及して「時」に関する最新の学説を紹介してくれる。
 もちろん時間に関して、その様々な謎が今でも全部解き明かされている訳ではない。大昔から多数の研究者が頭を悩ませてきた謎なので、未だにその本質的な問題が解明されてはいない。しかしそれでも最近の脳の知覚に関する研究が進んだ成果から、かなり進歩があったことも事実のようだ。本書では、様々な錯視の例を取り上げ、錯覚から逆に人間の知覚の特性を説明してみせる。
 時間に関しての考察となると、どうしても哲学の分野に入り込みがちで、そうなると客観的事実の積み上げのような科学的手法を使わない場合が多いが、ここでは実験データを示すことで、そのような愚を避けている。が、ま~人間には五感はあっても時間を直接感知する器官があるわけではないので、結局心理学からの説明に頼るしかない。それでも知的興味を十分かきたててくれる非常に面白い新書であった。

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【2008/8】どこまでやったらクビになるか

№56 どこまでやったらクビになるか 著者『大内 伸哉』 新潮新書 207  ★★

 副題は「サラリーマンのための労働法入門」である。思わず手に取ってしまいたくなるアイキャッチなタイトルだが、いつものタイトル倒れの新書というわけでもない。ブログで社内事情を書いたらどうなるか?社内で不倫をしたらクビになるのか?副業は認められるか?などサラリーマンなら誰でも一度は考える素朴な疑問を、労働法の解釈から平易に解説してくれているのだ。
 ま~労働法を体系的に説明する教科書的な本ではないので、この本を読んだからといって労働法が分かるわけではない。しかし、セクハラ、過労死、残業手当、転勤問題など、身近でよくありそうなテーマを取り上げ、裁判の判例を引き合いに出しながら、どこまでが正当な行為で、どこまでやったら違法かを分かり易く解説してくれる。非常に読みやすく、実用性もある良書であった。

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【2008/6】ビッグプロジェクト

№39 ビッグプロジェクト 著者『飯吉厚夫、村岡克紀』 新潮新書 254  ★★★★

 『ビッグプロジェクト-その成功と失敗の研究』この新書は、奈良の大仏から核融合プロジェクトまで、古代から現代に至る歴史に残るビッグプロジェクトを取り上げ、その成功の共通要因を探った物語である。コンコルドやチャレンジャー、もんじゅなど失敗事例も解析し、やはりその共通の要素を示すことで、科学技術が如何に世界を変え、どうすれば大プロジェクトが成功することができるかを示した、なかなかの良書なのである。
 時代が欲した一大インフラ整備事業として取り上げたのが、明治時代に完成した『琵琶湖疏水』と、戦後復興の代名詞である『黒四ダム』。祈りと美の構築例として、日本初の大プロジェクトである『奈良の大仏』に、世界遺産の『姫路城』。戦争が推進力となった例としては、原爆開発の『マンハッタン計画』と、人類にとって偉大な一歩である『アポロ計画』。交通システムの大成功例『東海道新幹線』と、失敗例の『コンコルド』。巨大エネルギー源としては、欧州と日本の『核融合プロジェクト』。物質の根源を探る大プロジェクトでは、成功例としてEUの加速器『JET』、日本唯一のビッグサイエンスである核融合実験『LHD計画』。失敗例が米国の超大型加速器『SSC』。プロジェクトが一人歩きした結果の悲劇として、『チャレンジャー』と『もんじゅ』の事故。これらの事例を本書では取り上げている。
 著者の結論としては、大事業成功の必須条件を3つあげている。①時代の要請が強いこと ②リーダーに高い志と気概があること ③ものづくりの技術陣のレベルが高いこと。これを「魅力」「迫力」「実力」の三条件と、筆者は名づけているのだ。確かにその通りなのであろう。ビッグプロジェクトなのだから、多数の人が動かなければならない。当然、関係者全員の想いがひとつにまとまらなければ、成功はおぼつかない。このみんなの想いをまとめるための必須要素が、「魅力」「迫力」であり、実現手段が「実力」なのだろう。
 この本は読み物であり、プロジェクトマネージメントの専門書ではないので、具体的なプロジェクト構築法が書かれているわけではない。しかし次世代の巨大プロジェクトを構築しようとする人々には、過去を学ぶための参考例以上の、希望をも持たせてくれるのではないだろうか。

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【2008/4】不機嫌な職場

№24 不機嫌な職場 著者『高橋克徳、他』 講談社現代新書 204  ★★★

 立て続けに成果主義に関連する本を読んでしまったのだ。『職場はなぜ壊れるのか』から1年後に書かれた本書『不機嫌な職場』は、サブタイトルを『なぜ社員同士で協力できないのか』とし、企業コンサルタント・大学の准教授・企業研究の会社の社長など4名の共著である。
 本書では次のような構成になっている。①「いま、職場で何が起きているのか」どこか冷めた感じのする職場、ギスギスする職場が増加している実態の紹介。②「何が協力関係を阻害しているのか」その協力関係を阻害する要因を探っている。③「協力の心理を理解する」社会心理からの考察④「協力し合う組織に学ぶ」社員が楽しく働ける職場の事例の紹介⑤「協力し合える組織を作る方法」組織全員に対して共通目標・価値観を地道に継続して共有化を図り、発言や提案を分け隔てなく検討し、よく考えた異動をすることで組織力を高める。さらにインフォーマルな活動を活発化することで、お互いを知る機会を増やす。また、相互に協力し合うことを積極的に促すインセンティブを設けることで、協力し合える組織ができる、としている。⑥「協力への第一歩の踏み出し方」組織の現状を客観的に分析して、組織の問題点を認識し、不信の原因を取り除くことから始めればよい、と提案している。
 人生の大半を過す職場なので、どうせなら楽しく、面白く仕事をしたいのは当たり前。なぜこんな簡単なことが出来ないのだろうか?みんなが思っているはずなのに、なぜか事態は逆に動いている。こんな素朴な疑問に対するひとつの回答が、本書である。成果主義そのものを真っ向から取り扱った本ではないが、成果主義から生じる負の側面を、少しでも軽減できる提案である。それならば、この提案をやってみる価値はあるのであろう。現実には経営者の強い意志が無ければ実現は困難なのだが、コンパクトな組織なら組織長の意思さえあれば実現は可能のはず。成功事例が増えていけばノウハウもたまり、手法として確立していくであろう。そのためにも、愚痴を言い合うだけで無く、まずこれらの提言を実践すべきなのだ。

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【2008/3】職場はなぜ壊れるのか

№23 職場はなぜ壊れるのか 著者『荒井 千暁』 ちくま新書 222  ★★★

 最近では朝日新聞でさえ、『現場が壊れる』のような連載記事を載せる時代になってきた。メンタルヘルスの重要性を説くレベルの話ではなく、まさに職場が瓦解していく様を描くレポートである。どうして日本の職場はこのようなことになってしまったのだろうか?うつ病、メンタルヘルス、成果主義。時代は、今の職場をこのようなキーワードで表すことが増えてきている。この本はまさに、これらのキーワードを軸にして、現場の産業医であるメンタルヘルスの専門家医が書いた、タイムリーな本なのである。
 これまでにも「うつ病」やメンタルヘルス系の本は、多数発行されてきていたし、我輩もいくつか読んできている。うつ病という病気そのものを理解する本としては『擬態うつ病』という新書があった。しかし今となっては、名前は何であれ、だからど~すりゃいいんだ、という切羽詰ったレベルになっている。また、この本と間接的に関連する本としては、2006年の話題の本『若者はなぜ3年で辞めるのか? 』もある。この本は、流行の成果主義に切り込み、世代間の格差を真っ向から批判することで話題になり、タイトルが流行語にもなっている。
 バブル崩壊後の不況時に年功序列制度は徹底的に批判され、産業界は成果主義に大きく舵を切ってきた。しかも『若者はなぜ3年で辞めるのか? 』で批判されたような、中途半端な形での成果主義をである。つまり、成果主義制度を取り入れた『成果』を見据えないうちに、産業界全体が雪崩をうって導入してしまったのだ。その結果生じたのが、本書『職場はなぜ壊れるのか』で指摘されている「職場の瓦解」であり「うつ病の蔓延」なのだ。本書は、成果主義を取り入れた職場の実態と、心身のバランスを崩しながらも働く人達を取り上げ、成果主義が生む歪みをあぶり出しているのだ。産業医だけあって、統計データだけを駆使するのではなく、現場の実態をよくつかんでいるので説得力がある。労働基準において、労働衛生管理の最重要項目は「作業環境管理」であって、「健康管理」より優先されるのだから、メンタル疾患が蔓延している職場の対策は、社員の健康管理よりも、そのような患者を増やす職場の環境改善が優先されるべきだ、という話は鋭い指摘だ。その通りなのだ。
 それにしても成果主義の導入の成果を問われたアンケートで、人事部門や部門長は成果があったと自己満足し、現場の技術者は逆に大半が不満という結果は酷い話だ。だったら成果主義なんぞやめてしまえばよさそうなものだが、今更年功序列に戻れるわけもなく、うまい代案がないために、このままズルズルと行きそうな雰囲気である。著者は「現代社会は、経験知が軽んじられデータ知だけに頼る風潮が強すぎる」と嘆いている。ロジカルシンキングどころではなく、デジタルシンキングでしか考えられない人たちが増えすぎたのかもしれない。この本に、結論があるわけではないのだが、成果主義の負の部分を、技術者達の悲鳴を、世の中に知らしめた功績は大きいのだ。

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【2008/3】「法令遵守」が日本を滅ぼす

№20 「法令遵守」が日本を滅ぼす 著者『郷原 信郎』 新潮新書 190  ★★★

 東京地検特捜部の人が、このような刺激的タイトルの本を書いているのだから驚かされる。どうせ最近の新書で常套手段の『メダチタイ_トル』かと思いきや、意外にも非常に秀抜な内容の新書であった。最近なぜか我輩までもが、いわゆる企業のコンプライアンス担当となってしまったため、思わずこんな本まで手に取ってしまったのだが、充分読む価値はあった。
 近年、企業不祥事が続き、いわゆるコンプライアンス遵守が叫ばれ、どの企業もそれこそ我輩が所属している会社までもがコンプライアンス重視の姿勢を見せている。ところがこの著者は、冒頭で『日本は果たして法治国家だろうか』と疑問を投げかけているのだ。元地検の検事が、このような刺激的な問いかけをしているところから始まり、様々な企業や官庁による不祥事の実例を挙げる。そしてその根本的原因は、『法令と実態の乖離』にあると言い切る。日本は、あまりに長い間の官庁による『行政指導』によって経済運営がなされてきたため、法律そのものが実態とかけ離れ、違法行為が常態化してしまった。そこに内部告発などで違法行為が表面化すると、マスコミなどにより激しい社会的制裁が科せられてしまう。
 つまり、単純に法律を守るだけでは何の解決にもならず、まず実態と法律のズレを正さない限り根本的解決にならない。だから『法治国家ではない日本』なのだ、と言っている。著者は、法律そのものの機能は充分認めており、ただその内容が実情に適合していないために機能不全に陥っている、と論じているのだ。
 確かに説得力があり、納得感のある論法である。コンプライアンスの説明をする際に必ず出てくるのが、『コンプライアンスとは単純な法令順守ではなく、社会の要請に応えることである』という考え方。法令の字面だけを守るのではなく、法令が本来持っている目的を理解し、その趣旨に沿った柔軟な対応をすべきなのだ、そうだ。ま~正論でありその通り。なのだが、凡人にはこれはなかなか難しいのでは?法律の専門家なら、その法律の背景や目的は自明だろうが、我々凡人には全ての法令の目的や趣旨を理解しているとは限らない。また現実には、『法令の趣旨に沿った柔軟な対応』の程度が分からない。結局のところ、法令を現実に即した詳細レベルまで落としてもらわなければ、違法かどうかの判断は個人には無理があるのではないだろうか・・・。
 ま~こんなことは著者に文句を言うことでもなく、あまり非現実的なことを言っても仕方が無いのだが、現場担当者としてはコンプライアンスをまじめに遵守することは、現実には非常に困難なことは確かなのである。

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【2008/2】日本の10大新宗教

№12 日本の10大新宗教 著者『島田 裕巳』 幻冬舎新書 213  ★★★

 今年話題の新書であり、我輩にとっても今年初の新書なのだ。宗教関連の本は興味があっても、特定の宗教に偏った本ばかりのために、なかなか手に取る気になれなかった。比較的客観的に書かれた仏教やキリスト教関連の本なら星の数ほどあるが、目新しい観点の本に出合えることもめったには無い。まして「新宗教」を取り上げた本の場合、極端な賛美か罵倒のどちらかというとんでもなく偏向した書き方が普通の感覚のようだ。ということで、今まで宗教関連の本でお薦めしたくなるような本は無かったのが正直な感想。
 しかし、この「日本の10大新宗教」は、日本で活動している「新宗教」を10ほど取り上げ、その生い立ち・歴史・特徴・活動内容までを、実に客観的かつ平易に記述した、言わば新宗教の入門書なのだ。しかも、近代の日本の宗教を俯瞰することにより、日本人の宗教観や精神構造まで解き明かそうとする稀有な本なのである。
 ここで紹介している「新」宗教は、創価学会・立正佼成会・真如苑・PL教団・大本・天理教・生長の家・霊友会・世界救世教・真光などなど。それにしても日本には様々な宗教があるものだと感心してしまったのだが、意外なことは「新」宗教といっても大半は既存の宗教から派生してきたことだ。ま~いくら「新宗教」といったところで、教祖は一人なので教義や神様にそれほどバリエーションがあるわけではないだろうし、広く信者を募ろうとするなら、あまり突飛なことを言うわけにはいかないのであろう。
 この本は、宗教に多少でも興味があるなら読み通せるだろうが、客観的事実の羅列が多く、裏話や豊富なエピソードがあるわけではないので、読んでいて退屈することが多々あった。ま~宗教をテーマに出版しようとすると、様々な圧力があるだろうし、エピソードを面白おかしく取り上げたのでは客観性に問題が出ると考えたのであろう。なので、読み物としては決して面白いものではないが、知っていそうで知らない宗教の世界を垣間見るにはなかなか手ごろな入門書なのである。

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【2007/12】ウェブ時代をゆく

№61 ウェブ時代をゆく 著者『梅田望夫』 ちくま新書 244頁  ★★★★★

 2006年のベストセラー「ウェブ進化論」から、はや2年、久しぶりに読んだ新書が、これがまたまた梅田望夫であった。さすが期待に違わず、読みがいのある本である。「ウェブ進化論」、「ウェブ人間論」と立て続けに画期的Web論を上梓して、一躍時の人になった著者だが、今回は意外にもWeb時代を生き抜くための人生論ときた。
 現代は、江戸から明治への移行期に匹敵する、時代の大きな変わり目にある。Webという「学習の高速道路」によって、まったく新しい職業の可能性がひらかれてきた、と著者は主張する。食べていけるだけのお金を稼ぎつつ、「好き」を貫いて知的に生きることは可能なのか。この混沌として面白い時代に、少しでも「見晴らしのいい場所」に立ち、より多くの自由を手にするためにはどのように生きるべきか。オプティミズムに貫かれ、リアリズムに裏打ちされた、仕事論・人生論なのである。「ウェブ進化論」の完結篇だそうである。
 「ウェブ人間論」の我輩の書評の中で、グーグルを筆頭とするあまりにもノーテンキなエンジニア達に、Web進化を任せておくのは心配だ、と書いた。しかしこの著者である梅田望夫は、自身がオプティミズムの姿勢を貫くことを信条とする、とまで言い切っているぐらいなので、インターネットの将来をまったく心配なんかはしていないのだ。ま~前作を上梓後にいろいろと言われたであろうが、それにしても、こうまで言い切ってしまうのだから大したもんである。なんかアダム・スミスの「神の手」が、Web進化においても存在すると信じ、最後は人間の善意が勝つ、と言っているようである。別にオプティミズムが悪いと思っているわけではない。我輩も基本的には楽観主義者を自負しているのだ。混沌(カオス)の時代だからこそ、オプティミズムでないとやってらんないのも確かである。著者は、人間の知的好奇心や向上意欲を盲目的に信じることで、ホットイテもWeb世界は正しく進化すると言っているようなのだ。
 我輩も、まさかあのビルゲイツが引退した後に、年間30億ドル以上使って「世界の不平等の是正に取り組む新しい仕事につく」、などとは想像だにしていなかった。人間、変われば変わるものである。ビル・ゲイツの行動や、グーグルが「世界中の情報をすべて整理し尽す」と掲げたビジョンを見れば、確かにWebの将来を信じても良いように思えてもくる。そうなると、この本で言っているように、ITリテラシーを身に付け知的好奇心が高ければ、好きなことをしてるだけで飯が食える時代が、本当にやってくるのかもしれない。しかし、好きなことだけして、とりあえず暮らせる時代というものは、果たして良い時代なのだろうか。
 ワーキングプアまで話が飛んでしまうが、最近話題になった「搾取される若者たち―バイク便ライダーは見た!」の著者は、バイク便のライダー達はバイク好きだからという理由だけで、歩合制で働かせられても搾取されていることにすら気がつかない、と告発している。好きで仕事しているのだから低賃金でもいいんだろう、という扱いは、介護業界やアニメ業界だけでなく、ソフトウェア業界も同様であろう。もしかするとWeb2.0の世界も同じで、趣味の延長で仕事を選択すると、低賃金に甘んじてしまう恐れは常にあるのだ。オープンソース・コミュニティへの参画とワーキングプアを同じ扱いにするな、と怒られそうだが、なんか構造的に同じようにも思えてくるのは我輩だけだろうか。
 知的財産をネットを介して全世界で共有化できる現代を、将棋の羽生が「学習の高速道路と大渋滞」という概念で説明したことは、非常に面白く直感的に分かりやすい話である。しかし、その大渋滞を抜けることが出来るのは、ごく一部の勝者トップアスリートだけなのも事実。機会が均等になればなるほど、弱肉強食が進むのが厳然たる現実なのだ。そこで梅田は、トップアスリートでないなら高速道路を降りて「けもの道」を進むことを勧めており、その際に重要な資質は、進取の気性、積極性、広い問題意識、コミュニケーション能力などを挙げている。ま~確かにそうなのであろう。だいたいこんな本を読むような若者なら、敗者であるわけが無く、こんな親切なガイドまであるのだから、ますます有利な立場に自分のコマを進められるはず。まさに「知は力なり」を証明できる、Web時代における人生の指針書なのだ。

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【2007/8】生物と無生物の間

№36 生物と無生物のあいだ 著者『福岡 伸一』 講談社現代新書 285★★★★

 「生命とは何か?」という問いに対して、真摯に答えようとした本なのである。しかも平易で叙情的でさえある文章で・・・。これは稀有な科学解説書であり、同時に分子生物学のパイオニア達の伝記でもある。
 同じような科学解説書のベストセラー「進化しすぎた脳」では、人類最大の謎である脳の神秘に対して、学生への講義という形式で、平易に語っていた。それに対してこの本は、分子生物学の黎明期における科学者達の活躍から説き起こし、次第に解き明かされる生命の謎を、その科学者達が置かれた時代背景や人間くさいエピソードを交えながら語っていくのである。そこでは、日本における科学者のヒーローである野口英世の、あまり知られていない意外な事実などもあり、科学者達の伝記物として読んでも非常に面白い。
 「生命とは、自己複製を行うシステムである」というのが生命科学からの回答なのだが、本書ではさらに「動的平衡」論をもとに、生命と非生命の区別をしようと試みている。美しいDNAの二重らせん構造の発見から54年経ち、科学者達は一歩づつ着実に生命の神秘にたどり着こうとしている。そしてこの「動的平衡」という考え方はなかなか興味深い。つまりこの「動的平衡」とは、それまでの単純な生命機械論などではなく、「時間」の概念を取り込み、「生命とは動的平衡にある流れである」と再定義したのである。この考え方は、エントロピー増大の法則から逃れているように見える生物の仕組みをうまく説明している。どのようにしてこの巧妙な仕組みを、生命が維持しているかは、本書を読んでもらいたい。現代の科学は、ここまで生命の謎に迫ってきていることがよく分かるはず。美しい情景描写を交えながらの分かりやすい解説なので、誰にでもお薦めできる良書なのだ。

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【2007/7】人材コンサルタントに騙されるな!

№35 人材コンサルタントに騙されるな! 著者『山本 直治』 PHP新書 234頁 

 まさにタイトルどおりの本。タイトルに騙されて新書を選んではいけないのだ。それにしても、年間数十冊新書を乱読している我輩でも、まだ騙されてしまう場合がある。この本はそんな稀有な一冊。
 昨今の人材不足時代に、何とか良い人材を獲得する方策がないかと模索していたので、人材紹介会社の内幕ものだという新書が目に付いたので飛びついた次第である。我輩は毎年数十人以上入社面接をしているのだが、そのため人材紹介会社との付き合いが長い。また我輩自身も2回転職しているので、利用者としての経験もあるので、それなりに人材紹介会社の実情は知っていた。なので、一般常識レベルでの転職情報やノウハウは知っているのだが、この本はそれ以上の情報は無い。よ~するに転職経験者なら誰でも知っているような話ばかりで、内情や暴露話は皆無。一度も転職したことが無かったり、人材紹介会社と人材派遣会社の区別もできないような人だったら読んでもよいか、というレベル。ま~この著者は、この業界に入ってたかだか数年しかいないようなので、それこそまだ表面的なことしか知らないのだからしかたがない。だとしたら、そんな著者に書かせた出版社の方の責任は重いのである。

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【2007/7】奇想科学の冒険

№33 奇想科学の冒険 著者『長山 靖生』 平凡新書 226頁 ★★

 世間の常識からはみ出した人たちのキテレツ精神!というのがオビの宣伝文句。副題は「近代日本を騒がせた夢想家たち」。内容は、明治から昭和初期にかけて活躍した学者たちを、いたってまじめに取り上げ、その言動を紹介する歴史解説ものである。ま~この新書も、タイトル通りの内容をあまり期待しすぎてはいけないのだ。
 地動説に反対し、地球平面説を唱えた学者「佐田介石」。明治元年に「輝かしい未来」というSFを翻訳した教育者「近藤真琴」。進化論的国家観を表明した法学者「加藤弘乃」。ユートピアを夢見た発明小説家「村井弦斎」。昭和初期に柔らかいロボットを作った「西村真琴」。などなど。
 全部で10名の人物を紹介しているのだが、宣伝で言うほど奇妙な学説ではなく、いたってまともなので、それほど知的好奇心をそそられる話でもなかった。ま~確かにあまり知らない人物ばかりなので、トリビア的勉強にはなるがそれ以上でも以下でもなかった。明治から昭和初期の歴史に興味のある人には面白いのかも知れなのだが・・・とりあえず、そ~なんだという本。

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【2007/6】ゲーム的リアリズムの誕生

№29 ゲーム的リアリズムの誕生 著者『東 浩紀』 講談社現代新書 335頁 ★★★★★

 社会学における名著というかユニークな「オタク論」であった『動物化するポストモダン』の著者が、5年ぶりに出した続編である。前作は、まだオタクがそれほど市民権を得ていなかった時代に、社会学者がおそらく初めてオタクを切り口に日本社会を分析して見せ、かなり反響を呼んだ新書であった。我輩も日経ビジネスの書評で取り上げていたので目に留まり、非常に感銘した一人なのである。
 ということなので、その続編が出版されたのでさっそく読んでみた。これがまたまた知的に面白い。コミック、アニメ、ゲーム、それにライトノベル。これらサブカルチャー的作品を部外者として眺めるのではなく、すべてマニアとして読み込み批評するのでなかなかの説得力がある。しかもそれぞれのジャンルの歴史を踏まえたうえで、ジャンルを超えた俯瞰的な分析を試み、オタク的日本文化の変節と行方を指摘して見せているのだ。
 ライトノベル。これはいわゆる児童文学やヤングアダルト向けの小説ではなく、アニメ風イラストの表紙がついた中高生向け小説なのだ。東によると、ライトノベルは従来の小説とは概念が違い、キャラクターが物語りから自立している「キャラクター小説」なのだそうだ。これは気がつかなかったのだが、この「キャラクター小説」という言葉は、大塚英志が命名した最近の造語だそうだ。しかしだ、キャラが物語から抜け出し、勝手に別の物語を紡ぎだして行くことは、それこそアルセーヌ・ルパンの時代からあり、実際に『ルパン対ホームズ』なども作られている。こうなると、いわゆる探偵小説などはすべてキャラクター小説のような気もするので、日本オリジナル文化というのは言いすぎだろう。
 美少女アニメをマジメに論じた、四方田犬彦の「かわいい」論は以前読んだことがあるが、美少女ゲームをマジメに取り上げて論じた学者もかなり珍しい。というか、オタク趣味の若者がそのまま学者になったというべきなのだろう。つまり日本が誇るオタク文化が、それなりの歴史を積み重ねてきたことの証左なのだ。
 東はこの著作で重要な指摘をしている。メディアを、本、ラジオ、テレビ、CDなどの「コンテンツ志向メディア」と、ゲーム、インターネットなどの「コミュニケーション志向メディア」に分類し、ITの進化により、「コンテンツ志向メディア」は次第に解体され、ひとつのパッケージ化された物語を受容するのではなく、ひとつのプラットフォーム上で多くのコミュニケーションを繰り返すことで多数の物語を動的に消費する社会になる、という。その典型として「2チャンネル」から出た「電車男」を挙げている。
 この「電車男」についても面白い解釈をしている。つまり電車男とこのスレッドに書き込んだ匿名の人々は、現実の女性を口説いていたのではなく、あくまで美少女ゲームをみんなで仮想的に楽しんでいただけだ、というのだ。確かに電車男の書き込む内容は真実かどうかは不明であり、もしかするとこのRPGの主催者だったのかもしれないのである。ま~この解釈の方が理解はし易い。
 この本は、あとがきにも書いてあるように、このようなポストモダン論であり、オタク論であり、かつ文学論である。旺盛な知識欲に駆られ、サブカルチャーの分野に深く潜り込まなければ、このような思考はできない。現代の日本社会、文化を把握するためのお薦めの本なのである。

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【2007/5】千年、働いてきました

№26 千年、働いてきました 著者『野村 進』 角川oneテーマ21 239頁 ★★★

 世界最古の会社は日本にあり、なんと創業1400年だそうである。また、世界の中で100年以上続いている老舗の商店や企業の大半は日本にあるのだそうだ。なぜ日本にだけ老舗企業が生き残ることができたのか。その謎を解き明かそうとして、日本各地にある老舗企業を訪ね、ルポした記録がこの新書なのである。(最近やたら新参の新書シリーズが多いものだ・・・)
 ごく最近、NHKでほとんど同じ内容の番組を放送していたので、結構話題にはなっているようである。確かに日本にいると、創業100年や200年の企業はザラにあるので、特に珍しくは感じていなかった。しかし外国にはほとんど存在していないと言われると、やはり日本は特異な文化であり、かつ貴重な文明であることに気がつかされる。サミュエル・ハンチントンの名著「文明の衝突」の中で、現存する8つの世界文明の中でも、日本文明は孤立して特異な文明である、と述べていたが、こんなところに例証があったようだ。
 内容は、ま~日経ビジネスの企業レポートによくあるような内容で、老舗企業に共通する長寿の秘訣とかのような核心に迫る分析があるわけではない。『ケータイの心臓部に込められた千年技術』とかオビにあるが、よく日経××の雑誌で取り上げられているような内容なので、目新しさがあるわけではない。しかしこのレポートの特徴は、取り上げた企業がすべて100年以上の老舗企業ばかり、という視点がなかなかの新鮮なのである。
 それにしても、グローバル化を旗印に、経営の効率化を推し進め、短期利益に血道をあげている現代企業の経営者達に、このような長寿の老舗企業経営者の爪の垢でも煎じてあげたくなった。企業は株主のものと言い切り、そこで働く従業員を無視し、企業を金儲けの手段としか見ないような風潮から、一線を隔した老舗企業達には、これからも末永く頑張っていただきたいものである。

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【2007/5】メディアコントロール

№23 メディアコントロール 著者『ノーム・チョムスキー』 集英社新書 163頁 ★★★

 ある意味非常に怖い本であるが、重要な本でもある。現代政治においてメディアが果たしてきた役割を、冷静に冷徹に分析した論文なのだ。近代国家は、独裁国家はもちろんのこと共産主義国家でも、例え民主主義国家であっても、支配層は常にメディアをコントロールして大衆から真実を隠そうとしてきた。その手法は、常に進化し続けて巧妙化に構築され、米国の強圧的な外交政策やテロ、戦争政策を支えてきたのである。実態は捻じ曲げられて報道され、政策に都合の良い事実のみ取り上げることで世論を形成してきたことを、チョムスキーは舌鋒鋭く指摘しているのだ。
 確かにアメリカは自国に対する敵対行為をテロと呼ぶが、アメリカが中米や中東の市民に対して同様な無差別攻撃をしてもテロとは呼んでいない。アメリカが支援するイスラエルがどんな残虐行為をしようが非難はしないが、イラクが反撃しようものなら徹底して叩くのがアメリカのやり方なのである。チョムスキーは、アメリカが史上最強の軍事力をバックに覇権戦略を押し進めてきた歴史的経緯を詳細に分析し、いかにアメリカが世界最大のテロ国家であるかを証明しようとする。
 著名なアメリカ人であるチョムスキーは、筋金入りの反戦理論家であり、なまっちょろい日本の知識人に対しては、天皇をなぜ戦争犯罪人として告発しないのかと、容赦なく問いただすのである。国家権力に迎合するジャーナリストを徹底的に批判し、闘わない知識人を断罪し、確固たる信念で人類を存続するための方策を求めてやまない勇気には、畏敬の念を感じてしまうのであった。

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【2007/3】進化しすぎた脳

№17 進化しすぎた脳 著者『池谷 裕二』 BLUE BACKS 397頁 ★★★★

 久しぶりのブルーバックスである。中高生の時はそれこそ夢中になって物理学やら生物学やら宇宙の話など様々なジャンルのブルーバックスを読み漁っていたものだ。20世紀はラララ科学の時代であり、このブルーバックスは科学技術の進歩が手放しで喜ばれていた時から刊行し続けている、稀有な科学新書シリーズなのである。ま~それ以来の何十年ぶりかで手にとってみた。
 この『進化しすぎた脳』は、東大の若き神経生理学のエースが、高校生を相手に脳についての最新情報を交えた講義を記録したものなのである。これが意外となかなか知的興奮を味わえる良書だったのだ。この「脳」についての情報は、最近のSF小説や生物学系の新書などで読んでいるので、それなりに知ってはいた。しかしこれらは断片的な情報のため、あまり体系的な話ではなかった。この新書も高校生を相手に講義しているので、脳について体系だった話をしているわけではないが、最新の学会情報を取り入れ、幅広く網羅的な話題を提供してくれているのだ。
 もちろん脳の構造や細胞レベルでのメカニズムの解説が大半なのだが、従来からある脳の解説書と大きく異なるのは、「心とは何か」まで踏み込んでいるところにある。今まで科学者が議論を避けていた、「心の存在理由」や、「心と言葉の関係」など、哲学に近いところまで言及しているのだ。しかも哲学とは異なり、理論をベースにした説明なのでなかなか説得力がある。人間の精神分野まで理屈で解説されるのは、ま~良いことなのかどうかは分からないのだが・・・。
 最後の章では、脳科学を研究している学生達との議論を載せている。これもなかなか良い。指導者としての立場で、学生達にテーマを与え、考えさせ、議論を導いていく。優秀な研究者であると同時に、優秀な教育者であることが良く分かる。とにかく、大脳生理学について今まで特に興味がなくとも、専門知識を持たなくとも、知的好奇心がある人なら必ず面白いと感じるはずである。

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【2007/3】擬態うつ病

№14 擬態うつ病 著者『林 公一』 宝島新書 202頁 ★★★

 近年「うつ病」が流行っている。我輩が在籍している会社でも大流行のため、何とかできないものかと思っていたら、『擬態うつ病』という興味を引くタイトルの新書が出ていたので、思わず買ってしまった。これがなんと、氾濫する「うつ病」情報が「擬態うつ病」を生み出しているという恐ろしい話なのである。
 うつ病に関しては、様々な情報が提供されているため、漠然とだが知っていたつもりであった。しかし、このようなまとまった専門書を読んだのは初めてだったので、いかに今まではいい加減な知識しか持っていなかったことかが良く分かった。
 うつ病とは、症状的には「こころの病」なのだが、脳内の神経伝達物質の変調が原因の「脳の病気」なのだそうだ。しかもかなり以前から治療方法が「抗うつ薬と休養」と確立しており、これで9割がたの患者は2ヶ月以内に治癒してしまうそうだ。ところが現実には長期に亘る「うつ病患者」は増え続けている。これは著者によると「自称うつ病」であり、外見は似ているが本質はまったく異なるもので、うつ病と同じ治療をしても治らないと言っているのだ。これが本当の話だとしたらとんでもないことである。何せ、うつ病の治療方法では何の役にも立たないのだから。
 医者も初診では本物のうつ病とこの「擬態うつ病」との区別がつかないため、とりあえず最悪の場合を考えて、うつ病の治療を施すのが実態だそうだ。例え数ヵ月後に「擬態うつ病」だと分かったとしても、患者が「擬態うつ病」という診断を納得しないため、長期間投薬し続けるようである。ま~患者本人としては深刻な症状であることにはかわらないので、「擬態」であろうと「真性」であろうと何とか治してもらいたい思っているのだろう。
 この本は、読む人にとっては「劇薬」である。自分がうつ病だと思っている人や、その家族などがヘタに読むと本人を追い詰める恐れがある。ただ、この「擬態うつ病患者」の中には、単なる怠け癖の人も混じっていることは確かなので、全員同じ扱いをするべきではないことを世の中に知らしめた功績は大きい。そういえばチョット前までは「ノイローゼ気味」という言い方が普通にあったものだ。いつのまにか「ノイローゼ」は死語になり、それこそちょっとでも落ち込むでいると、何でもかんでも「うつ」と言っている風潮があるのは確か。あまりにも「うつ病」の情報が氾濫しているため、サイコ・バブルという言い方さえあるのだそうだ。流行とは恐ろしいものである。医者や患者やマスコミ、それぞれ悪気があるわけではなく、何とか事態を改善したいと思っていたのにも関わらず、余計に患者を増大させてしまったことは皮肉なことだ。この悪循環を断ち切るためにも、早急にこの「擬態うつ病」とやらを完治させる手法を確立してもらいたい。

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【2007/2】物語の役割

№11 物語の役割 著者『小川 洋子』 ちくまプリマー新書 126頁 ★★★★

 名作『博士の愛した数式』の作者が、物語をどのようにして創作していくのか、その秘密を明かしてくれる貴重な本である。作家達はいったいどのようにして様々な物語を紡ぎだしていくのか、我輩にとって昔からの謎だったのだが、その一端を垣間見れたことはとっても嬉しかった。
 この新書は、3箇所の講演会での記録をまとめた短いものなのだが、平易な語り口で物語の果たす役割や、作家の創作現場の具体的な手法などを惜しげもなく述べてくれている。我輩はバリバリ理系なので、文学部では一般的にこのような具体的な小説作成技法を教えているのかどうかは知らない。実際には作家の人数分だけその創作技法の種類があるのだろうが、それにしてもある場面(シーン)をイメージしてから物語を創り出していくとは面白い。テーマや書きたいことがあってから書き出すのではなく、特定のイメージが湧き出し、そこからお話を膨らましていくのだそうだ。やはりというか小川洋子の小説ならそうだろうな、という印象である。
 ミステリーなら最初にトリックありきだろうし、冒険小説なら最初の段階で綿密にプロットを組み立てるはず。しかし一般的な小説なら、それこそ登場人物達が勝手に物語を動かし、作家はその記録をしているだけ、と言っていることは分からない訳ではない。
 以前このブログのどこかに書いた気がするが、中学や高校時代の現代国語で読解力テストがよくあった。小説の一部を読ませ、「この作者は何を言いたいのか?」とか、「この小説のテーマは何か?」とか、そんなくだらない問題がよくあった。我輩は昔からへそ曲がりだったので、「作者が考えていたことではなく、問題作成者がどんな答えを期待しているのかだろ!」といつも思っていたものだった。なので問題を作っている先生のレベルにあった回答をしてたので、いつも国語は成績が良かったのだ。ま~単なる自慢話なのだが・・・・
 とにかく我輩は小学生の時代から大量の本を読んでいたので、小説というものは特定のテーマを持って書かれているわけではなく、読者の方がその小説からテーマ、意味をその読者のレベルに応じて見出すものだと漠然とだが感じていたのだ。
 かなり前に、たしか筒井康隆の小説が国語の入試問題に使われ、その解答としてあげられた答えに、筒井が激怒していたことがあった。ようするに作家自身が考えたことも無いことが、「小説の主題」として解答になっていたのである。今でもこんなバカな問題が作られているかどうかは知らないが、小説の読み方も知らない教員が国語を教えていること自体がおかしなことである。
 話が逸れてしまったが、作家自身から物語の創作秘話を語ってくれたことで、大昔から気になっていたことがこれで氷解した。物語は、読む人が100人いたら100通りの読み方があり、物語の意味も解釈も100通りあるのだ。そう、そうだからこそ、今まさに書いているような、このブログの存在価値もあるというものである。他の人の書いた書評ブログもタマに覗いてみるのだが、それこそ千差万別、多種多様、諸説紛々、いろんな見方があるものである。だから小説は物語は面白い。これからもドンドン励んで読んでいこう、と思わせてくれた新書なのであった。

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【2007/2】つっこみ力

№10 つっこみ力 著者『パオロ・マッツァリーノ』 ちくま新書 222頁 ★★★

 「愛と勇気とお笑いと」をモットーにした謎の戯作者が、講演会で公演したスタイルのユニークな新書なのである。正しい議論だけではつまらない。だれも聞いてくれないなら無いのと同じ。同じ議論なら面白い方が絶対良い。そこで「つっこみ力」なのだそうだ。訳のわからない難しげな単語を操って煙にまこうとする学者たち。わかりにくさは罪だと言い切り、伝わってナンボなのだ、と明快な語り口で面白おかしくおしゃべりしていくお話なのである。
 本人は学者ではなく「戯作者」と称し、「メディアリテラシー」を「つっこみ力」と言い換え、メディアから大量に垂れ流される情報を単なる「批判力」でなく、ユーモアを交えた「つっこみ力」で批判しアピールすべきだ、と言う。確かに論理的に批判するだけでは、例え内容が正しくても分かりづらくてはアピールできない。批判だけでは何も生み出せない。相手に対する寛容の精神「愛」を持ち、ユーモアのある「つっこみ」によって学者や専門家の繰り出す「脅し」に対抗できる。そうすれば世の中を、面白くすることができるのだ、そうだ。そりゃごもっともなんですが、では具体的にどうすればよいのでしょうかね?
 後半は、データを駆使した「統計漫談」。お題は「失業率と自殺の関係」と、けっこう深刻なテーマなのだが、データを駆使していかに社会科学の常識がいい加減なのかを明らかにしていく。ま~社会科学とやらは、データを自分の都合よいところだけピックアップし、つぎはぎする事で成り立つ学問だということは気がついていたのだが、露骨に社会学者?自身が言い切ったことは画期的。自然科学と異なり正解があるわけではなく、事実をどう解釈するかだけの学問なので、当然といえば当然なのだが、それにしてもあからさまに社会科学の学説が、実にいい加減なもんだと言い切ったことは爽快なのである。
 表現方法が芝居がかってユーモラスと言うかマンガチックなので、ふざけ過ぎのように感じるのだが、言っていることはいたってまともでそれこそ正論なのである。社会科学自体をこのような切り口で批評した本を初めて読んだので、なかなか新鮮で面白かった。軽く読めるので、それこそ思わず「つっこみ力」を身につけてみせようと思わせる珍品なので、諸兄方にも一読をお薦めしたい。ま~それにしても、実際どうすれば身につくのかはまったく不明なのだが・・・・

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【2007/2】右翼と左翼

№9 右翼と左翼 著者『浅羽 通明』 幻冬舎新書 253頁 ★★★★

 漠然としか理解していなかった右翼と左翼。四十歳以上の世代にとって、ごく一般的な言葉の割には、意外と曖昧なまま便利な言葉として使っていたのは事実。子供達に右翼・左翼って何?と素朴に聞かれたとき、即答できなかった自分に愕然としてしまったことがあった。なので、『右翼と左翼』のように直接的表現をした新書を見つけたので、思わず飛びついてしまったのである。
 この新書は、右翼や左翼の言葉の由来から説き起こし、フランス革命の歴史と19世紀の思想史、戦前と戦後の日本の「右」と「左」の歴史、現代日本の「右」と「左」の状況まで分かりやすく解説する。政治学や思想史のシロートにも、右翼左翼の考え方の違いや尺度が良く分かる入門書なのである。専門家達にとっては当たり前の知識なのかもしれないが、戦後の日本社会に大きな影響を与えてきた右翼や左翼の思想が、今まで平易な解説書として流布していなかったこと自体がおかしなことだったのだ。
 それにしても、出だしは辞書的解説から初め、思想史の教科書的歴史知識を平易に解説してお終いかと思いきや、意外にも戦後の左翼や右翼の日和見的迎合路線を鋭く指摘し、単なる入門書にしなかったことには感心した。また、「自由」「平等」を理念として掲げた左翼が、ソ連の瓦解や中国の変節に伴って説得力を失うことで、反左翼としての位置づけでしかなかった右翼までもがその存在価値を失ってきている、という話は面白い。近年の右傾化も、「平和主義」を信奉する左翼が、理念や理想を持たない現実主義者ばかりの国民から次第に見放されたことが原因で、『憲法九条を世界遺産に』のような逆説的自虐的反論しかできないことも理由だと言い切る。確かに近年マルクス主義を超える理念やユートピアを、左翼も右翼も提供できなくなったことは確かである。少なくとも私は知らない。
 著者は、「革新的」「進歩的」であったはずの左翼の理念も、着実に現実的政策として取り入れられてきたことで、次第に薄れてきていると言う。イデオロギーという歴史の進歩を測る尺度を失った現代社会では、小泉政権の「改革路線」がいったい「進歩的」なのか「保守反動」なのか、誰も判断できない状況なのだ。「権威」と「秩序」を打ち立てた「帝国」を、「自由」と「平等」を掲げて覆したのが「左翼」であった。しかしある意味、この「自由」と「平等」を獲得してしまった時期からイデオロギーは輝きを失い、「右-左」という図式が使えなくなってきた。なので、近年「宗教原理主義」と「民族主義」という価値観が世界を覆ってきているのだ、という著者の指摘は慧眼である。確かにこのように理解すれば、国家間の戦争は文明間の紛争に移行するというハンチントンの『文明の衝突』も納得がいく。
 それにしても「右翼と左翼」というテーマを、単なるトリビア的知識だけに終わらせず、ここまで壮大な思想史として広げて語ってくれたことは嬉しい誤算だった。ここで語られた内容が、この分野ではごく常識的なのか異端的なのか専門家ではないので判断はできないが、非常に魅力ある思想史なのである。高校で問題となっている世界史も、このようなテーマを持って教えることで、つまらない暗記科目から興味深い科目に変身できるはずである。

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【2007/2】ウェブ人間論

№8 ウェブ人間論 著者『梅田望夫、平野啓一郎』 新潮新書 203頁 ★★★★★

 確かに我々は、インターネットやケータイが使えない生活を、今や想像することすらできなくなってきた。わずかここ10年の間にである。『ウェブ進化論』の著者として一躍有名になった梅田望夫と、芥川賞作家の平野啓一郎という異色の組み合わせで、人々の生活スタイルまで一変させたWebの進化の行方について、討論した結果が、この刺激的な新書なのである。
 パソコン通信の時代、Mosaicしたインターネット黎明期、Netscape2.0が全盛だったインターネット普及期、ブラウザ戦争があり、そしてブロードバンドの現代まで。インターネットの進化の歴史10年を、我輩は同時代の目撃者として、インターネットの変化とその社会的インパクトを感じ取ってきた。その意味では梅田望夫とほぼ同じ感覚なのである。しかしわずか1年前に書いたばかりの『ウェブ進化論』の感想においては、まだこのWeb2.0という言葉さえ懐疑的であった。朝令暮改が当たり前のIT世界の新語を、大新聞までが取り上げることに、まだ違和感を感じていたのだ。ところがその後は、Web2.0どころか「ロングテール」や「集合知」まで朝日新聞の家庭欄で解説するようになり、ますますインターネットの世界がリアル社会を侵食しだしているのだ。旧来からのIT世界の住人である我輩としては、世間一般の人々がロングテールなどという泡沫用語を、実は教養としてなんぞ捉えて欲しくは無いのだ。
 それにしても、文学者である平野がもうすぐ本は無くなると言い、逆に技術系の梅田がそう簡単に本は無くならないという。エンジニアは実現させるための技術的ハードルの高さを知っているので、あまり無茶な発想はしないものなのだ。一般的に技術は、リニアに段階を追って漸進的に発達していくのだが、利用方法のほうは技術が一定レベルを超えた瞬間に、技術者が予想もしない方向で爆発的に普及していき、人々の生活スタイルを一変させてしまうことがある。かつてはウォークマン、今のiPod。ケータイ電話も最初はショルダーバック型だったが、手のひらサイズになった瞬間に爆発的に普及した。HDレコーダーが普及しだすと、とりあえずTVで見そうな番組は全部録画しておき、CMを飛ばしながらツマミ食いして視聴するスタイルが当たり前になった。それどころかユーチューブがあれば、見逃したTV番組があっても誰かがアップしているはずなので、TV録画する必要さえなくなったという。
 考えてみればユーチューブという名前が一般的に知られるようになって、まだ1年も経っていないのだ。技術的に目新しいことがまったく無いのに、無料のビデオ投稿サイトという単純なアイデアが、半年足らずで一気に世界的メディアにまでなってしまうのは、とても尋常な社会とは思えない。グーグルのノーテンキなエンジニア達が、技術的興味や知的好奇心を満足させるためだけにインターネット社会の進化を驀進させていくことは、果たして人類にとって良いことなのだろうか?
 ここでまたもや小松左京を思い出してしまった。1978年に出版された『偉大なる存在』というSF短編なのだが、これは次のようなストーリー。白衣、白髪の奇妙な老人が予言した同日同刻、それも、全地球連邦が地球圏外からの巨大受信システムを作りあげた当日に、人類がはじめて宇宙からメッセージをうけとったのだ!大多数の科学者は当然考えた、話がうますぎると。しかし、つぎつぎと発表されるデータによれば、信号源は意外にちかく2.5光年ほどの距離からだった・・・。
 この小説の白眉は、ファーストコンタクトのアイデアではなく、人類の期待通りの宇宙人をも創造してしまう存在がいるのではないか、というものなのだが、我輩は科学者達が何とか別の解釈で合理的説明をするためのアイデアの方に脱帽してしまった。それは、コンピューターが極度に発達すると、人間の精神活動に極めて近くなり、神経症的な振る舞いまでするようになる。このため強烈な印象深い事象があると、「暗示」にかかり易くなり、ちょっとした誤報をきっかけにノイズデータから有意味な情報を無理やり拾い出してしまった、というもの。コンピュータが暗示にかかるという発想も面白いのだが、証券取引において株のコンピュータによる自動売買が、株価の急激な乱高下を引き起こしたという経済記事を昔読んで、ニュアンスは異なるのだが、このアイデアを思い出してしまった。つまり、情報の伝達や処理能力が極端に速くなると、処理能力が低い人間が介在しないために瞬間的にパニックになりやすくなる、ということである。「情報」を解釈して体系化したものを「知識」と言っていると思うのだが、インターネット社会はこの情報だけをあっという間に伝達するのだが、その解釈までは伝えない。というか冷静な判断があったとしても膨大なノイズによって埋もれてしまう場合が多い。このため誤報だろうが何だろうが、経済的インパクトがある情報の伝達速度はますます速くなっていくのだ。したがって今後のインターネット社会の行方は、それこそ小松の想像したような「ビクビク社会」とでも言える神経症的な社会になるのではないのだろうか。
 話を戻すと、この梅田望夫は、変化し続けるWeb世界に常に追従しているが、基本的に楽観視している。というか、変化そのものは追認し、そこで如何に生きるかを考察する。文学の世界に生きる平野啓一郎は、どのようなWeb社会にすべきなのか、そこに至るにはどうすれば良いのか、と考える。この2人の考え方の差は大きい。このままエンジニアの暴走を追認するだけでは、前述したような「高度ビクビク社会」になっていきそうだと我輩は感じている。ここは文学者や哲学者達が、別次元からの解釈や処方箋を提言することが必要なのではないのか、こんなことを考えさせられた討論集であった。

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【2007/1】文明の衝突と21世紀の日本

№3 文明の衝突と21世紀の日本 著者『サミュエル・ハンチントン』 集英社新書 205頁 ★★★★

 この新書は、1993年に発表され世界的ベストセラーとなった名著「文明の衝突」の日本人向けのお手軽な企画本である。オリジナルの本を読んでいないのであまり偉そうな事は言えないのだが、解説によると難解であったハンチントン理論の本質を、噛み砕いて容易に理解できる形で再構成しているそうである。事実、文明という言葉を駆使することで、複雑怪奇な国際社会を読み解くための枠組みを、非常に分かりやすく示しており、しかも内容的には今後の日本の国際的役割について、非常に重大な考え方が書いてある。
 この本は、1993年発表の「文明の衝突」からの抜粋、1998年の東京講演の内容、1999年発表の論文「孤独な超大国」で構成されている。内容としてはまず、冷戦時代の2大超大国の世界政治と、その後に出現しつつある1極多極体制とでもいえるパワーバランスの変化の構造を示している。このあたりはま~分かりやすいというか、結果が出てから事実を整理しただけであり、莫大な情報量を基にした労作という感じである。
 しかし、この日本講演の章の最後に、現存する世界文明(中国、日本、インド、イスラム、西欧、東欧正教会、ラテンアメリカ、アフリカ)の中でも、日本文明は孤立して特異である、と述べている。そして世界から孤立しているが故に、昔から世界最強国に追従する外交方針を採ってきた、とある。確かにその通り。ごもっともなのである。島国であり国際紛争に巻き込まれたくも無い日本が、それこそ『文明の衝突』の時代にどのような外交方針を採るべきか、重大な指針がここにある。
 次の章では『孤独な超大国』としてのアメリカの国家戦略を示している。露骨な覇権主義をアメリカが貫くと、かえって反アメリカ同盟が結成されて国際社会からますます孤立してしまうと、アメリカ人の学者にしては実に冷静で謙虚な提言をしている。そう言えばこのアメリカの国家戦略を読んでみて、その昔の1970年に出版され我輩が学生時代に読んだ小松左京の短編「三本腕の男」を思い出してしまった。 というのも、国家戦略とやらは地政学的見地から考えるものだということを、我輩は小松左京から学んだのだ。このSF短編は大昔に読んだのであまり覚えてはいないのだが、たしか人の目を見つめると、相手が思っていることを何でもしゃべってしまう能力の持ち主が主人公。この主人公が、米軍の国家戦略立案責任者から、アメリカの国家戦略を聞き出すという趣向で、この時初めて国の戦略を決める際には、地政学的レベルつまりアメリカやソ連など各国の地理的位置関係やその大きさが重要な条件であることを理解することができたのだ。小松左京は「歴史と文明の旅」という著書を書く際に世界中を旅したのだが、様々な文明に接することでこの地政学的センスを持ったようだ。肝心の米軍の国家戦略の具体的内容を覚えていないのが残念なのだが、このあまりにもスケールの大きな話に感心した覚えがある。
 話を元に戻して、最後の章は「文明の衝突」のエッセンス。米ソ冷戦後に世界各地で勃発する紛争は、それまでの国家間の戦争とは構造が異なり、民族や宗教、文化をベースにした国家横断的な、いわば『文明』どうしの衝突になる、という理論である。この理論の衝撃的なところは、発表された1993年がまだベルリンの壁が崩壊して東西ドイツが統一された直後であり、漠然とやっとこれで世界平和の時代がやってくるのかと感じていた時代に、大御所の政治学者が予見的先鋭的な理論を出版したところにある。事実、90年代になるとますます紛争やテロが頻発する時代となってしまっているが、この理論を基にすると実に上手に説明ができてしまうのである。この新書の出版は2000年なので、そこからさらに7年も経っているのだが、未だにというかさらに加速しつつある国際紛争を理解するうえで、この『文明の衝突』の考え方は現代人にとって必須の教養なのである。

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【2006/11】格差社会の結末

№85 格差社会の結末  作者『中野 雅至 』 ソフトバンク新書 277頁 ★★★★

 今、流行の「格差もの」である。昨年「しのびよるネオ階級社会」が口火を切り、「下流社会」がベストセラーになってから、一躍流行語となってしまった感があるが、それだけ一般的にも格差が広がってきたと認識されてきたのであろう。この本は、元キャリア官僚が「小泉政権後の格差社会の行方」を描いた近未来の日本像であり、実に説得力溢れるシミュレーションなのである。
 内容は、目次的になってしまうが次のような構成になっている。
第1章は格差社会の現状を説明し、本当に格差が拡大しているのかどうかを確認している。
第2章で小泉政権と格差拡大の関連を考え、小泉政権は本当に格差を拡大させたのか、小泉政権の政策や過去の自民党政権との違いから、小泉政権と格差拡大の関連性を探っている。
第3章になると、「国民が格差拡大を容認できなくなるXデーの条件」を検証し、どういう条件が重なった時に「格差を埋めろ!」という声が強くなるのかを、大胆にも鍵を握るのは富裕層・貧困層・政府のパフォーマンスだと言い切っている。
第4章では、格差縮小を求める声が強くなった場合、政府は大小どちらの政府路線をとることになるのかを予測。
第5章において、小さな政府路線を維持しながら格差を拡大・固定させないために、どのような政策が今後強化されるのかを予測する。
第6章の最後で、容認すべき「格差」とは「所得格差」という「金銭面での格差」であり、「医者の子弟は医者」「東大卒の子弟は東大」というように職業・学歴の格差及びその固定化ではないとし、その為には富裕層から税金を徴収して貧困層に再配分すべきであり、しかもただ配分するだけではなく、自立できるようなサポート支援に投入する必要があるとしている。
 さすがに元官僚だけあって、日本の社会構造をどうすれば改造できるか、論理的かつ大胆に提言している。このような非常に魅力的な政策提言を安倍政権から出してもらいたかった。「美しい国へ」のような情緒的話ではなく、もっと切実で深刻になりつつある格差社会の到来を、予測し先回りして構造改革できるのは政治家であり政策担当者でしかありえないのだから。

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【2006/10】若者はなぜ3年で辞めるのか?

№84 若者はなぜ3年で辞めるのか?  作者『城 繁幸 』 光文社新書 231頁 ★★★★

 ベストセラー『内側から見た富士通 「成果主義」の崩壊』の著者が、若者の立場から企業に警告する「年功序列が奪う日本の未来」という副題の付いた新書である。これがなかなかに鋭いのである。 バリバリ年功序列の元でサラリーマンしてきた我輩なのだが、年功序列の矛盾点に嫌気がさし、2回ほど転職をしている。なので、最近の企業による成果主義の導入には、漠然と賛同していた。しかし導入して気がついたのだが、この制度は若者にとって非常に厳しいというか、中高年より条件が不利な制度であるのだ。この本は、サラリーマンならだれでも何となく気がついていた、日本の会社の人事制度の矛盾点を、明確に白日の下にさらしてしまった暴露本なのである。
 日本の会社の特徴的な人事制度である年功序列制度は、右肩上がりの高度経済成長があったからこそ保たれてきたという事実がある。低成長時代でかつ高齢者が増えてきた時代において、企業は人件費抑制のために新卒採用を抑えることで何とか対応しようとしてきた。つまり人件費の高い中高年を大量解雇する方法ではなく、若者の就職機会を奪うことで各企業は存続しようとしてきたのである。このやり方が良いのか悪いのかの是非は、おそらく世代によってまったく反応が異なるはずである。良いか悪いかの話ではないので、当たり前の話だが自分の利益の大きさで判断されることになる。こうなると企業の中で権力を持っている中高年が有利なので、どうしても若者側が不利になるという、身もふたもない話なのだ。
 こんなやり方のままでは会社は存続しないので、若者達を競争させ、勝ち上がったものだけに果実をあげることにしたのが成果主義なのである。従来ならだれでもまじめにコツコツと働いてさえいれば、確実に昇給していたのだが、この成果主義においては、努力するというプロセスより結果で判断されてしまうため、昇給し続けることがはるかに厳しくなる。もちろんその方が社員にとっても平等感があるので、成果主義が導入されている訳だ。だがこの著者は、今の成果主義などは従来の年功序列制度を若干修正しただけのレベルのもので、このままでは若者に未来が無いと言っている。つまり会社の中で管理職のポストが中高年ですでに埋まっているのだから、たとえ業績を上げた若者が多数いたとしても、実際にはほんのわずかな人しか昇進ステップを上がれず、大半の社員は昇給できなくなるというのである。
 この本は若者に対して悲観論ばかり述べているわけではなく、企業に対しては成果主義なら複線人事も併用して管理職以外の昇進ルートを準備せよと提言し、若者に対しては会社依存体質から脱却して自立を促してはいる。しかし読み通してみての読後感は、若者の会社に対する閉塞感である。このままでは日本全体が沈没しかねないので、著者のようにこのような状況から脱却すべく立ち上がる若者が続出してもらいたいと、中高年の我輩は思うのであった。

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【2006/10】憲法九条を世界遺産に

№80 憲法九条を世界遺産に 作者『太田光・中沢新一』 集英社新書 170頁 ★★★★★

 日本国憲法は無邪気なまでに理想を具現化した、一瞬の奇跡の結果であった。なので、この憲法を世界遺産に指定して永遠に遺すべきなのだ!という実に刺激的かつ魅力的な提案をした対談集である。単純な護憲論や自主憲法制定論とは一線を画する実に画期的な提言でなのである。
 憲法九条があまりにも理想主義なため、現実の国際社会に対しては無力で非現実的なのは明白なのだが、だからといって安倍首相のようにあっさり改憲していいのか、というジレンマに対して、画期的かつ断末魔的見解を示している。これが護憲論者からでなく、「爆笑問題」の太田からの提言だというところが画期的であり、旗色が悪い護憲論に最後の一撃を加えたというところが断末魔的なのである。
 言われてみれば、『憲法は世界に誇れる唯一の平和憲法である』と、ず~~と、教育されてきた世代にとって、心情的護憲主義が国民の大半だと信じてきたわけだ。それが超現実主義の改憲論者に、そんなのは世界各国からはお笑いグサにしかならないバカげた憲法だと言われるようになり、次第に自信喪失になり、やがてなんとなく改憲論に傾いてきた、というのが一般的見解なのではないのだろうか。
 この対談集は、意外にも宮沢賢治とその政治思想から説き起こし、如何にしてこのような奇跡的平和憲法が生まれることになったのかを検証し、それがアメリカの建国精神とも繋がっている事を指摘している。この本のというか、大田の最もユニークなところは、憲法九条が非現実的であることを理解していながら、お笑い芸人の意地として、どうすれば憲法を遺すことが出来るかを考えた結果、この傑作フレーズを世の中に問うたことにある。憲法九条が非現実的だという前提で、なおかつなんとか遺したいという意志が、この自虐的フレーズに込められているのだ。
 安倍総理の「美しい国へ」の出版直後に、この本が出版された意味は大きい。著名な中沢新一が護憲論の本を出版しても見立たないだろうが、「憲法九条を世界遺産に」という刺激的キャッチフレーズを、お笑い芸人の大田が創り出したという話題性が良い。アメリカ人が創ったからダメで、日本人が創ったらよい、などという低レベルの話などは聞きたくも無いが、青臭い理想論でミサイルを防げるのか、という強硬論者に対して、このような肩透かしのような言葉で反論するしかできないのも、もどかしい。日本の個性は、ジョーダンのような憲法を後生大事に抱えていたり、天皇家を千年も奉っていたりする歴史性の中にあると思う。このような貴重な歴史を捨てさることは、ただのフツーの国に成り下がってしまうことになるのだ。
 もちろん日本のユニーク性を保つだけのために、自分の家族や財産を捨てる覚悟があるのか、と問われるとつらいものがある。このようなふざけているとしか思えないような提言をしても、現実には何の得にならないのかもしれない。しかし、どんなバカげた提案であったとしても、今は悪あがきをすべき時期なのではないのだろうか?

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【2006/10】美しい国へ

№79 美しい国へ 作者『安倍 晋三』 文春新書 232頁 ★★

 現役の総理大臣が著者の稀有な新書である。もっともこの本を書いたのは、内閣官房長官の時代であろうが、総理大臣に就任する直前という絶妙なタイミングで出版したのはエライ!内容はどうであれ、事実上首相に決定していはいたが、選挙前の段階で、自らの思想信条を公表するのだから、ある意味でリスキーなはずである。就任後においても野党に論戦のネタを提供することになるのだから、書き方次第では墓穴を掘る恐れもある。そこを恐れずに、新書という庶民でも買いやすい形態で、今の時代の漠然とした右傾化の雰囲気を、常識的視点でまとめたことは評価したい。揚げ足を取られることを恐れ、いっさい自分の思想信条を公表しない大半の政治家に比べれば、自分の立ち位置を明確にしただけでも大したもんである。
 しかし、だからといって、そうは言っても、その安倍首相の信条に、全面的に賛成というわけではない。小泉首相というまれにみる変人首相の直後の就任ために常識人に見えてしまうが、歴史認識だけを見るとさらに右傾化していることが良く分かる。その人の思想信条を単純化する方法に、左翼・右翼という図式が昔から良く使われるが、この極端に単純な言い方をすると最右翼なのであろう。ま~右とか左とかは、良いとか悪いとかの価値判断ではなく、立ち位置の話であり、敗戦ショックの極左の時代から次第に右寄りに揺り戻ってきたというのが一般的な見解だと思っている。この意味においては、出るべくして出てきた首相なのであろう。
 安倍首相は、歴史家でも社会学者でもなく政治家なのだから、戦前の歴史認識が足らんとか甘いとか、あまり非難してもしょうがない。政治家はトータルの判断力、バランス感覚が最も重要な能力のはずである。経済、財政、科学技術、国際情勢などなど、すべての知識を網羅的に知っている人間などいるわけは無い。必要ならそれぞれの分野のブレーンを集めればよいはずである。このブレーンの集め方や、提言の取捨選択でその人間の器が決まる訳なのだが・・・
 ま~この本を読むことで、首相の持つバランス感覚の支点の位置は見えてきた。ここを理解するだけでも読む価値はある。というか、そこにしかこの本の価値は無い。個々の論点において、特に目新しい考えやアイデアはなく、ごく常識的な話ばかりで、全般には退屈な本である。また、それぞれの考え方にも納得できる部分や出来ない部分はもちろんある。特に憲法改正の考えは、今の時代においては当たり前だとは思うが、今ひとつ説得力が無い。そんな簡単に変えても良いのだろうか、という疑問符はどうしてもついてくる。結局ナショナリズムという単語に拒否反応が出るかどうかで、この本の評価が決まるのではないのだろうか。

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【2006/9】「関係の空気」「場の空気」

№71 「関係の空気」「場の空気」 作者『冷泉 彰彦』 講談社現代新書 220頁 ★★★

 『なぜ上司と部下は話が通じないのか』と大サイズでカバー中央に書いてある。これがタイトルかと思いきや、意外と地味なタイトルが上部にあり、赤字でこれまたデカデカと『村上龍氏推薦!!』とある。新書なのに実に派手なカバーだなと思ったら、何とカバーの四分の三を占めるオビであった。
 最近は新書ブームと言っても、いつまでも変わりばえのしない本が平積みになっていて、書店が新書コーナーになかなか新しい本を置いていないようである。このため講談社が業を煮やし、できるだけ目立つ新書にしようと画策し、かといって新書のカバーデザインをハデにするわけにもゆかず、苦肉の策でオビを巨大化した結果だと勝手に推理したのであった。
 ま~大半の書店の店員は、ロクに本も読んでいなさそうなので、本部からの指示で手書き風ポップを立ててごまかしているのであろう。小説ならある程度売れセンが分かるのだろうが、新書となると何が売れるのかは全く分からないので、確実に売れると思われるロングセラーばかり平積みし、結局新刊は脇に追いやれて目立たないまま棚に収まったと推察するのであった。
 う~む、この本はカバーだけの新書ではないのでやっと本題。日本社会は、少子高齢化・年金問題・教育問題・年金問題などなど様々な問題を抱えているが、激しい対立や論争も無く、なんとなく何かが決まっていくか先送りされていく。そこには論理があるわけではなく、すべて「空気」により支配され、「空気」によって決定されるのである。この「空気」は教室の中にも職場の中にも存在し、「空気」に逆らうことは多大な労力を要してしまう、というのである。
 この程度の話なら世界中どこにでもありそうで、ど~と言うことも無いが、この著者のエライところは米国の大学で日本語を教えているだけあって、この「空気」とやらを日本語の特質として分析して見せるのである。いわく、日本語はコミュニケーションツールとしては過剰なほどの性能を持っている。つまり、不要な部分をそぎ落とした省略表現機能や、敬語や性別での話法などで、話者の「関係性の役割」を規定することができる機能。さらにその表現を「外す」ことでより多様なニュアンスまでも表現することができる。例えば女性が「男言葉」を使うことによりアネゴ肌の効果を得たりすることができる。
 したがってこのような日本語の高度な機能を十分生かしてコミュニケーションをとっている限り、日本語は効率の良い言語なのである。しかしこのためには、話し手と聞き手で価値観や常識を共有しているのが前提で、これが崩れると日本語は機能不全に陥ってしまう、というのである。これは慧眼である。
 今までにも『怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか』とか『犬は「びよ」と鳴いていた』のような日本語の持つユニークな機能を紹介した本があったが、この本では逆に日本語があたかも日本人の社会性を規定してるが如く論じているのがユニーク。時々前述のような鋭い意見もあるのだが、全体を通しては何でもかんでも「空気」のせいにしているのがヘン。日本語が日本人の気質を規定しているのではなく、やはり長い歴史の中で培ってきた文化や風習を持つ日本人だから、このような日本語を作り出してきたんでしょ。やっぱり。
 確かに狭い島国の中で単一民族が長期間住んでいたので、ツーと言えばカーで従来は通じていた。これが「空気」の元なのだが、変化が激しく競争も多い現代では、何でもツーカーという訳にはいかないはず。だから何でも「空気」のせいにしないで、キチンと論じれば解決するのではないのか。とにかく「空気」の成り立ちや構造を、ある程度納得できる形で指摘したことは素晴らしい。日本人のコミュニケーション手段に関してユニークな指摘であることは確かだと思うのであった。

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【2006/8】時間の分子生物学

№67 時間の分子生物学 作者『粂 和彦 』 講談社現代新書 205頁 ★★★

 相変わらずやたら目立つタイトルが多い新書ブームの中で、「時間の分子生物学」と、いたって地味なタイトルでしかも「時計と睡眠の遺伝子」が副題の新書である。オビにデカデカと『あなたはなぜ眠るのか?不眠症のハエがいた』となかったら、つい手に取ってしまうこともなかったはず。「講談社出版文化賞科学出版賞」を受賞した、いたってまともな新書であっても、やはりタイトルは重要なのである。 
 生命が誕生した38億年前から生物は昼夜を利用してきたので、すべての生物は24時間を正確に測れる生物時計を遺伝子レベルで持っているそうである。しかも人間とハエという7億年間別の進化を遂げてきた生物でさえ、ほとんど同じ遺伝子を使って時を刻んでいることが判明している。この本は最近急激に発展してきた分子生物学の最新の知識を元に、生物時計の仕組みを解説し、今でも謎の多い「睡眠」についての研究成果を分かりやすく、興味深く書いている。
 それにしても全生物が持つ「生物時計」の仕組みは驚異的である。振り子を持っていない生物は、タンパク質の周期的な量変化で24時間を計っており、しかも全細胞がその仕掛けを持ち、さらに細胞同士の時計を同調させる機構や、リセットする機構まである。今では遺伝子レベルでこれらの仕組みのほぼ全容が解明されているそうである。
 この本はここからさらに話を進め、不眠症のハエの研究から人間の睡眠の謎に迫り、なぜ生物は眠らなければならないかを推測していく。ここはまだ研究段階なので、明確な答えがあるわけではないが、なかなか興味深いテーマであることは間違いない。最新の分子生物学の成果を堪能することができる一品である。

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【2006/7】SF魂

№64 SF魂 作者『小松 左京 』 ★★★★

 何といっても「小松左京」が「SFダマシイ」そのものの人である。これは間違いない。SFという文学があることを世に知らしめ、グイグイと牽引し、いきなり世界のトップレベルにまで引き上げた最大の功労者であることに、異論がある人はいないだろう。この小松左京の新刊本を読めるのだから感涙ものなのである。もっともこの新書は、小松左京の自叙伝であり、新作SFではない。(星が多いのは小松ファンなので悪しからず)
 それにしてもここ20年間作家活動をほぼ休止しているので心配していたのだが、突然「日本沈没」のリメイク映画が公開され、なんと「日本沈没第二部」を共著で刊行、さらにこの「SF魂」である。しかも日経新聞「私の履歴書」に7月から連載までしている。まさにメディアミックス作戦を仕掛けている最中なのだろう。ファンとしては嬉しい限りである。
 今となっては当たり前すぎて誰も制約などと考えてもいない「小説形式」。小松左京は京大文学部というエリートコースに居たがために、近代文学という枠組みではどうしても自分の書きたいテーマを描くことができなかった。昭和20年代から30年代にかけての文壇とやらは、どうしても形式にこだわっていたのだろう。コント作家や雑誌記者などで食いつないできた貧乏な若者は、そこでSFという自由でイマジネーションを発揮できる形式を発見し、それこそ馬車馬のように大量の作品群を発表し続けるのである。
 今まで小松左京の略歴などを読んではいたが、これほどまとまって半生記を読んだのは初めて。昔から最先端の技術情報、知識を小松左京はいったいどのようにして収集していたのだろうか、という謎はやっと解けた。原子力関連の経済雑誌記者の経験、京大教授らとの人脈、大阪万博プロデューサーに祭り上げられた人望、TV局からの取材依頼による世界探訪の行動力。これらのトータルパワーが、時代の最先端をいくSFに結実していったのだ。一般的には1973年の「日本沈没」が有名だが、1970年の「継ぐのは誰か?」「果しなき流れの果に」には眩暈がするくらい興奮したものだ。この時代は、アポロの月面到着、大阪万博があり、それこそ科学技術が人類の未来を永遠に進歩させてくれると、誰も信じて疑わなかったはず。だからこそ人類の進歩を推し進め、夢を見させてくれるSF小説は大ブームになったのだろう。もしあの時代に小松左京がいなかったら、日本の理系人口は少なかったのかもしれない、と思えるほど世の中に影響を与えたと私は思っている。
 それにしても小松左京を超えるSF作家が未だに見あたらない。もちろん同時代にはACクラークがいるが、その後面白いと思った作家は「マイクル・クライトン」がトップ。あとはせいぜい「JPホーガン」ぐらい。日本の作家は単発で面白いのはあっても、なかなか続かない印象がある。やはり小松左京をしのぐ構想力、イメージは作り出せないのだろうか?
 未完の大傑作「虚無回廊」は完成できるのだろうか?さすが小松左京のファン層は分厚く、「虚無回廊」の続きを書いてもらうため、宇宙物理学、比較惑星学、電波天文学、生物学、ウイルス学、情報科学、哲学・・各分野の著名専門家を10名を集め「宇宙・生命・知性をかんがえる」シンポジウムが企画されたそうである。たった一人の作家のために、これだけの知性が集まるほど、小松SFは最先端に行ってしまったのだ。1977年の傑作中篇「ゴルディアスの結び目」が発表された時点で、いったいこの作家はどこまで行ってしまうのだろうか。というため息まじりの書評があったことを覚えている。それから何と30年である。いまだにこの巨匠を超える「知性」は現れないのだろうか・・・
 人類永遠のテーマ「汝らは何ものか?」「いずこより来りしか?」「いずこへ行くか?」この3つの問いかけに対し、小松左京には答えをいつまでも探し続けていってもらいたいものである。

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【2006/7】人体 失敗の進化史

№61 人体 失敗の進化史 作者『遠藤 秀紀』 ★★★★★

 京都大学の獣医学博士が、動物の遺体から進化の謎を追い、人体の設計図がいったいどのように書かれたのかを解き明かす、ワクワクするほど知的好奇心が高まる進化史なのである。
 筆者によると、現代に生きる生物の身体は、何度も何度も設計変更を繰り返してきて、ボロボロになった設計図の結果だと言い切る。例えば身体の構造を保つために必須の『骨』は、太古の魚がミネラルを保管するために作り出した『保管庫』が最初の狙いであり、結果としてそれが身体を支える構造材として利用されてきた。また、古代の魚はヒレを変形させて四肢を誕生させ、何と汗腺を変形させて乳腺を発生したと、いうのである。
 このような例を多数挙げ、いかに生物は設計変更を繰り返しながら進化し続けてきたかを語っている。つまり生物は、何もない最初の段階から完成図をイメージして設計したのではなく、手じかにある素材を利用して修正を少しづつしながら環境に対応してきたという。言われてみれば当然なのだが、実に慧眼である。
 筆者は、『遺体科学』とやらを提唱し、日々集められる動物の遺体を『献体』と称して動物園から譲り受け、寸暇を惜しんで解剖することで、次々と新発見を繰り返している熱血漢である。日本の大学は、国際競争力をつけるためと言って対価を生み出す実学ばかりに予算を配分し、お金にならない研究分野は冷遇されつつある、と訴えている。拝金主義が文化を壊しているとさえ言っている。確かに「金儲けのどこが悪いのか」と平気でTVで公言した人もいたが、過度の経済合理性は生活の「余裕」を消し去り、5億年にも亘る生き物の歴史を探る悠長な学問は「無駄」なものとして排除しかねない。人間が知的好奇心を無くしたら、それこそ進化が止まってしまうのである。毎日ドタバタと忙しない生活をしている現代人に、たまには数億年にも亘る生き物の歴史に思いを馳せてみることを、ぜひお勧めしたくなる本なのである。

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【2006/6】ウェブ進化論

№59 ウェブ進化論 作者『梅田 望夫』 ★★★★

 ITがテーマの新書を読むことは今まで避けてきた。初心者向けが大半であり、ITの進化が速いため本を書いているそばから内容が陳腐化してしまい、出版のサイクルが長そうな新書には読むべきものが無いと思っていたからである。なので、ITに関する情報を習得しようとしたら、Netから情報を得るか、せいぜい隔週のパソコン情報誌で概略をつかむしかない、という考えだった。
 しかしこの本を読むと、考えを改める必要がある。Web2.0、ロングテールなど今年2月における最新情報だけでなく、テクノロジーの潮流を掴み取り、Net社会の行方を説得力を持った形で提示している稀有な本なのである。
 シリコンバレー在住の著者は、IT分野の知的リーダーとして、ネット社会の台頭がリアル社会に地殻変動を起こし始めたと説いている。つまりIT関連の劇的な低価格化「チープ革命」とグーグルなど検索技術の革新により、Net参加者が急増してブログによる情報発信が爆発的に増えた。このため旧来の「知」の権威が相対的に崩され、いわば「知」の民主革命とも言える状態になりつつある。しかもこの「総表現社会」では玉石混合である情報を、グーグルの『リンク数が多いブログが良いブログ』というシンプルな検索結果で選び出せるようになった。
 この、『権威者が発言したから正しい意見』から『みんなから支持されたから正しい意見』という『知における民主主義』が成立しつつある、という考えは重要な指摘である。マスコミが総じてNet社会の危険性ばかり取り上げその革新性を取り上げないのは、ブログの持つこの秘めた力を恐れているからだ、というのも納得できてしまう。
 それにしても今朝の朝日新聞にこの「Web2.0」の解説記事があるのにはいささか驚いたが、それこそ旧来のメディアでさえ無視できないぐらいの潮流なのであろう。しかし気をつけなければいけないのは、ITの世界では何度となくこのような「キーワード」が流行り、数ヶ月で消滅することが何度もあったのだ。この技術こそ革命を起こすはずだとそれこそ「耳タコ」になるほど何度も聞かされた。このような流行技術は、6ヶ月持てばましな方であり、1年もすれば誰も覚えていないのがITの世界なのである。ITという閉じた世界の話だけなら良かったが、リアル世界に大きな影響を与えている現代において、従来と同じような感覚で『革新的技術』を使い捨てにしていては、それこそ健全な発展はできないのではないだろうか。
 また、新聞、雑誌などの旧来の活字メディアは、その特性上速報性は望めないので、それこそジェットコースターのように目まぐるしく変化するITの世界に対しては、無理して追従するのではなく、一歩引いた観点からこの本のように全体の流れを把握し、解説し、進むべき方向性を示していくべきである。もしNet社会と同じ土俵に立つと、その瞬間に引きずり落とされてしまうのは明らかなので・・・

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【2006/5】しのびよるネオ階級社会

№50 しのびよるネオ階級社会 作者『林 信吾』 ★★★

 近年日本の社会に、格差と不平等が広がりつつある、という認識はかなり浸透して きた。これは昨年9月に発売され、流行語にもなった新書「下流社会」が、かなり影響を 与えたと思われる。しかしこの本は2005年4月に出版なので、その先駆けともいえる。
 規制緩和だ能力主義だと「アメリカ型の競争社会を」という掛け声のもと、実際に進んでいるのは「イギリス型の階級社会化」だと筆者は指摘する。つまり『ゆとり教育』の名の元に公教育の低レベル化が進み、高額な私立学校に通える子供だけが高レベルな教育を受けることで社会の上層に進み、ますます社会の階層化が進んでいく。 しかも世代を超えて経済格差が継承されるだけでなく、意欲や希望といった意識までもが生まれ育ちで規定され、次第にたがいに交わらぬ「別世界」に人びとが生きる社会になっていく。というのがこの本の骨子である。
10年にわたる在英生活で、機会が均等に与えられないイギリス階級社会を肌で感じて きた筆者は、イギリス礼賛の風潮を非難し、結果不平等でも機会均等の社会の方がまだましだと言っている。
 自信過剰で自慢したがる語り口が非難を浴びているようだが、指摘そのものは大きく間違 っているとは思えない。指摘や非難だけで、だったらどうすればよいのか等の建設的意見がまったく無いので、特に推薦本というわけではない。しかし題名とは裏腹に、イギリス人のライフスタイルや筆者の在英生活の話もあり、結構お気楽に読める社会論なのである。

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【2006/5】犬は「びよ」と鳴いていた

№48 犬は「びよ」と鳴いていた 作者『山口 仲美』 ★★★

 しかしビックリするほどユニークで面白いテーマが、よくも今まで手付かずに残っていたものである。このテーマをやっと発掘した著者は、とっても偉いのである。『がたがた』『わんわん』のような日本語の擬音語・擬態語をトコトン調査し、その生い立ちと歴史的背景をとっても興味深く解き明かしてくれている本である。
 日本語は世界的に見ても擬音語・擬態語の種類がとっても多く、その割には辞書には載っておらず、日本語を学ぶ外国人をオイオイと泣かせる言葉だそうである。そう言われれば確かに『わんわん』が何を表現してるかなどは、日本人にとって自明のことで、辞書に載っていないことを不審には思うはずもない。著者は、犬の鳴き声を「ひよ」と表現した平安時代の文学に出会い、疑問に思ったのがきっかけだそうである。
 内容は、擬音語・擬態語の分類、構造、歴史的生い立ちから初め、犬・猫・鼠・牛・馬・狐など具体的な動物の鳴き声をスイスイ例に挙げながら解説を進めている。膨大な古典の文献を引き合いに出し、検証していくさまは論文のようだが、非常に読みやすく、知的好奇心をフツフツとかき立てる教養書である。

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【2006/3】99.9%は仮説

№29 99.9%は仮説 作者『竹内 薫』 ★★★

サブタイトルが「思いこみで判断しないための考え方」で「あたまが柔らかくなる科学入門」と銘打っている。文系の人でもお気楽に科学の基本的考え方を学べる本である。もっとも理系というか工学系の人にとっては、理論というものの大半が仮説であることは承知の事実なので、退屈かもしれないが。
 プロローグで、飛行機はなぜ飛ぶのか実はまだ科学で説明できていない、のようなテーマで引き込んでいくところは上手い。その後は、世界はすべて仮説から始まり仮設の変遷の歴史である、ような(工学系の人には)ごく当たり前の話ばかりで退屈だが、科学的と言われれば何でも信じてしまうような、あたまの固い人にとっては面白いのかもかもしれない。相対性理論やビッグバン理論、科学史などの平易な説明が上手いので、中高生が科学的思考方法を理解するためにはちょうどよいかもしれない。

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【2006/2】日本はどう報じられているか

№24 日本はどう報じられているか 作者『石澤 靖治』 ★★★

 今の日本は世界でどのように報道されているか、各国メディアの報道を現地駐在のジャーナリストや助教授が分析し、現代の日本像を探る新書。イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、アラブ世界、中国、韓国の7つの地域で日本がどのように報道され、どのような印象をもたれているかをレポートしてくれている。
 それにしても英国の日本報道の底流には、第二次大戦の侵略者のイメージがあり、英国最悪の日が対日戦争で敗れた日だとか、アラブ世界で「ヒロシマ」はアメリカが絶対悪であることの証明にしか使われないとか、これを読むと国どうしのコミュニケーションが、いかに難しいかがよく分かる。
 その国の歴史的背景を知らずに表面的な報道だけをしている各国メディア。そこを通じてしか国民は情報に接していないので、その国の印象はメディア報道が決定付けているようである。もちろん日本も例外ではないはずなので、日本人が抱く外国のイメージも似たようなものであろう。
 日本といえばフジヤマやゲイシャガールしか知られていなかった時代からはかなり経ったはずだし、インターネットが全世界的に利用されているのだから、もう少しまともな情報流通経路というものはないのだろうか。ジャーナリストがその役割を担っているはずだが、溢れる情報を取捨選択するのが個人の能力に依存しており、経済的圧力もあるはずなので客観的報道などは無理なのであろうか。国家間のコミュニケーションについて考えさせられる材料を、提供してくれる貴重なレポートである。

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【2006/2】「スマイル仮面」症候群

№22 「スマイル仮面」症候群 作者『夏目 誠』 ★★★

 『スマイル仮面』とは、若い女性が本当はストレスを感じているのに、無理して笑顔を作り続けているうち、素顔に戻れなくなってしまう症状のことである。長年職場のメンタルヘルスを受け持ち、女子大の教授もこなしている著者が、多くの若い女性相談者の悩みを受け止めていて気が付き、この症状を名付けている。
 誰でも漠然と気が付いているとは思うが、女性はどこにおいても特定のグループで群れたがり、単独行動を恐れる傾向がある。実際、女子大生へのアンケート結果でも、96%がグループに所属しており、面白いことにそのデメリットとして3割の人が「無理して笑顔を作る」と回答している。それにしても、男ならなんで無理してでも群れたがるのかが、まず理解できないが、そこは本題ではない。とにかく女性は付き合いで笑うようである。そこのところに、世の中の男性諸氏はダマされているのだが、とにかく笑顔を強要され続けている女性は大変である。何しろ笑顔のまま元の顔に戻れなくなってしまうのだから。
 この本はそのような女性の悩みに真摯に対応し、元凶であるストレスの原因を探り、その仮面をはずす方法を探っていく話である。『スマイル仮面』にかぎらず、ストレス全般の対処方法や部下がそのような症状に陥った場合の対処方法など、企業人には有用な情報が盛りだくさんで実践的な本になっている。

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【2006/2】いまどきの「常識」 

№18 いまどきの「常識」 作者『香山 リカ』 ★

 メディアによく露出している著名な精神科医が書いた随筆、エッセイ、所感、ぼやきのようなものである。周りはバカばかり、反戦や平和を唱えるのは野暮、金銭至上主義、何でも自己責任、など近年はびこる現実至上主義に違和感を感じ、いわゆる「世の中の常識」に対して苦言を呈している。
 内容的には至極真っ当であり、著者の感想がおかしいと思うわけではないが、本としては期待したレベルではない。漠然と世の中全般が変だということを言うのは簡単な話だが、こちらが期待しているのは、問題分析と原因の指摘、その解決方法の提言である。臨床精神科医であり教授であるはずの著者なので、せっかく特定の社会現象に気が付いたのだから、せめてその精神構造の分析ぐらいはして欲しかった。ま~理論社会学の本を読みすぎているので、ただのエッセイに対して期待過ぎたのかもしれないが・・・

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【2006/2】必勝小咄のテクニック

№17 必勝小咄のテクニック 作者『米原 万里』 ★

 テーマは小咄(こばなし)のはずである。しかし、読後感の印象としては小泉政権批判しか残っていない。この本を手にした読者の期待は、小咄やジョークのネタを仕入れたいか、とりあえず面白い話を読みたかっただけのはず。別に小泉首相を擁護するつもりはサラサラ無いが、ウケル小咄をどうすれば作れるかという本で、何も政治の話を持ち出す必然性は無い。
 内容としては、世界の一流のジョークを多数集めて分類し、作者の新作も披露し、小咄そのもののレベルはなかなか高い。しかし各章の最後で必ず小泉首相の言動批判が出てくる。権威を笑い飛ばすのが一流のジョークだと本人も述べているのに、なぜか小泉首相の言動だけは批判に終始し、どうしても笑い飛ばすことはできないようである。出版社としては、本の「帯」に『権威を笑え!』と書いて逃げるしかなかったようである。

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【2006/2】「かわいい」論

№16 「かわいい」論 作者『四方田 犬彦』 ★★★

 それにしてもイタリア全土に『美少女戦士セーラームーン』のポスターが貼られていることは、日本人にとって誇らしいことなのだろうか。もちろんポケモン映画が全米で大ヒットし、キティちゃんグッズが世界60ヶ国で販売されている事実は知っていたが、なにせオタク系キャラの『美少女!戦士』である。KAWAIIという単語が、英語だけでなく仏語や露語にまで広まり、ポピュラーになりつつあるというTV番組を見たばかりだったが、ここまで来たかという感じ。
 この本は、世界を席巻している「かわいい」を、その出自と歴史の観点、文学における考察、アンケート結果の分析、女性雑誌の調査、アキバ等での実地検分、海外状況報告など、多面的にアプローチしている労作である。
 しかしこれだけ様々な角度から網羅的に「かわいい現象」を分析しても、なぜ「かわいい」が世界現象となり、しかも日本から発信されなければならなかったかの理由は、釈然としない。それだけ「かわいい」は多様性を持った美学なのかもしれない。最終章の「かわいい」と「グロテスク」は紙一重という言葉が印象的であった。

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【2006/2】ヤクザに学ぶ組織論

№15 ヤクザに学ぶ組織論 作者『山平 重樹』★★★

 読書の醍醐味の一つは、知らない世界を垣間見ることができることにある。ミステリィを多数読んでいるとヤクザもよく登場してくるので、漠然とは知っているつもりだった。しかしヤクザ社会を確固たる業界と捉え、その生い立ちと歴史から経済活動、組織構造までを分析してくれると、いかに知られざる世界だったかが分かる。
 ヤクザ社会は単なる「直情型の暴力集団」などではなく、緻密な計算と徹底されたピラミッド型の組織構造に立脚した、世界でもまれな『業界団体』なのだそうだ。この本は、長年ヤクザを取材対象にしてきた著者が、ヤクザ達の強靭で危機管理が徹底された一枚岩の組織を分析して、その本質を探った稀有な組織論になっている。
 マスコミを操ってブランドを確立したイメージ戦略、警察も凌ぐ情報収集能力、ケータイをどこよりも早く取り入れて「業務」に利用するIT活用力など、たしかにその経済力を含めて類まれな侮れない組織のようである。義理と人情の任侠集団が、超管理組織に変貌してきた様は、あたかも戦後の日本経済を発展させた会社の歴史のようである。犯罪組織であることは間違いないが、文字通りの弱肉強食の世界で生き残ってきた『組』の組織運営論は、充分傾聴に値する。

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【2006/1】フリーズする脳

№13 フリーズする脳(思考が止まる、言葉に詰まる) 作者『築山 節』 ★★★★

 怖い話である。なにせ「人や物の名前を思い出せないことがよくある」「話の中に『あれ』『それ』が多い」など、パソコンがフリーズするように不意に言葉詰まるがことが多くなると、ボケ症状につながりかねない、と専門家が語る話である。そんなことはよくある私は、読まないわけにはいかないのである。
 近年インターネットやケータイなど便利でインテリジェントな道具が普及し、かつ効率化を追及するようになった社会環境は、現代人の行動を次第に反射的・パターン的にさせてきた。このため例え毎日仕事をしていても、高次脳機能をいつの間にか低下させていってしまう人が増えてきている、という。コミュニケーションはメールやチャットだけで会話をしなくなり、調べ物はすべて検索エンジンに任せ、「思い出す」ことをほとんどしなくなるオタク系エンジニアは、最もボケやすいのかもしれない。
 とにかく怠けようとする脳は楽な方に逃げるので、意識して思い出そうとしたり、会話をすることでボケを予防することはできる、と言っているのが救いであった。
 精神医学の本というより、現代社会の負の断面に気づかせてくれる警告書である。

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【2006/1】国家の品格

№4 国家の品格 作者『藤原 正彦』 ★★★★

 題名だけ見て、どうせ偏狭な右翼思想の持ち主が書いたものだろうと思っていたが、著者が「世にも美しい数学入門」の藤原教授だと気がつきあわてて読んでみたら、これがなかなかユニークな日本人論で面白い。国際化という「アメリカ化」の幻想に惑わされ、いつの間にか「情緒」を無くして「経済合理性」だけが唯一基準になってしまった日本の状況を憂い、苔の生えた「武士道精神」を持ち出し、重要なのは「文学」と「芸術」と「数学」だと言い切る。
 著者がガチガチの国粋主義者ならあまり相手にされなかっただろうが、外国語に堪能な海外派の著名数学者が書いているので、強烈な説得力がある。マネーゲームに興じる無節操な経営者がもてはやされ、弱肉強食の成果主義で疲弊したサラリーマンだらけになってしまう時節柄、日本人が経済合理性に漠然とした不信感を持ってきても不思議は無い。実にタイムリーな提言であり、日本人の心に響く内容なので快調に売れていることに納得した。

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【2006/1】さおだけ屋はなぜ潰れないのか

№3 さおだけ屋はなぜ潰れないのか 作者『山田 真哉』 ★★★

 会計の本にもかかわらず、100万部も売れた新書界のベストセラー。かなり出遅れたがとりあえず読んでみたら、これが意外とよくできた本である。会計学の入門書を読むための入門書程度ではあるが、興味を引く話題をベースに会計の考え方を丁寧に解説してくれるので、非常に読み易い。難しいことを難しく書くのは簡単だが、難しいことを平易に面白く書くには才能が必要だということを痛感した。それにしても公認会計士が文学部出身で、加減乗除しか計算できないとは・・・

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【2006/1】世にも美しい数学入門

№1 世にも美しい数学入門 作者『藤原正彦、小川洋子』 ★★★

 「博士の愛した数式」の作者が「数学は、圧倒的に美しいものです」と言い切る数学者と共に、数学の美しさについて語る対談集。
 「実用にすぐに役立つような数学は格下」「美的センスが鋭くないと数学者になれない」のように、数学者は単純に数学が好きなだけでなく、強烈な美意識を持たなければならないことが意外で面白い。人類数千年の歴史の中で、如何に人々は非実用的な数学を探求し続けてきたかが良く分かる、数学入門書でもある。
 東浩紀の「動物化するポストモダン」では、動物的欲望のみを肥大化させていく現代消費文明において、純粋に美意識の世界に棲息する「オタク」はあたかもサムライのようだと賛美していたが、数学者はサムライ以上の美意識の持ち主のようである。

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【2005/12】カーニヴァル化する社会

№63 カーニヴァル化する社会 作者『鈴木 謙介』 ★★★

 書店で偶然手に取ってみたら意外と面白い本に出会うことがあるので、本屋めぐりはやめられないものである。最近の新書ブームとは無関係(と思われる)ネット世代の若き論客が、メルマガに連載した独自の情報社会論。
 フリーターやニート問題が引き起こす「液状化する労働感」。情報社会が進んで個人がデータ化され、データベースの中でしか自己が確立しなくなり「監視社会」となっていく。さらにケータイなどの情報機器の発達が若者の「ケータイ依存」のような対人関係依存症を引き起こす。
 宗教や伝統といったソリッドな基盤を欠いた近代社会では、流動的でその都度形を変える組織や共同体となり、一貫性を維持することが困難な時代になっている。このため過去からの伝統も個人的な選択範囲となり、「共同体」が「共同性」へ転換する。したがってネットで繋がった人々が何らかのイベントに対して瞬間的に盛り上がる「カーニヴァル化社会」が出現する。
 かなり込み入った理論だが、漠然と感じていたネット社会の危うさを、それなりの説得力で説明している力作である。最近はこのような「理論社会学」が流行のようだが、東浩紀の名著「動物化するポストモダン」に次ぐ鋭い分析。ネット社会を理解したい人にお勧めします。

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【2005/12】頭がいい人、悪い人の話し方

№62 頭がいい人、悪い人の話し方 作者『樋口 裕一』 ×

 今年200万部も売れ、社会現象にまでなった”バカ”と呼ばれないための白雉的実用書。
 ミリオンセラーなのでとりあえず読んでみたが、予想通りの駄作というか、見事にごく当たり前のことしか書いていない本である。この内容をありがたがって読んでしまう読者のレベルを疑ってしまうのは私だけか・・。この程度のことも知らない人は新書なんぞ買わないだろうし、普段新書を買っている人ならこの程度の常識は知っているはず。やはり最近の新書ブームは、中身は無くとも刺激的なタイトルを付けることで、普段新書を読まない人まで手に取らせる作戦が功を奏しているのだろう。
 それにしても「バカの壁」といいこの本といい、ミリオンセラーの新書に面白い本が無いのはどういうことだろうか。

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【2005/12】下流社会

№61 下流社会 作者『三浦 展』 ★★★★

 国民の大半が中流意識を持ち、世界にもまれな平等社会を実現していたはずの日本 も、今は昔の話。既に上流、中流、下流の階層化が進み、同じ階層同士でしかコミ ュニケーションしなくなり、今後ますます欧米のような階層社会に近づいていく、と いう夢も希望もない話を、膨大なアンケート結果や統計データを元に、冷徹に突きつ けていく今年50万部売れた社会論。マーケティングが仕事の人は必読の本である。
 面白いのは、過去の男性社会においては一律に低かった女性の立場が、能力主義の台頭によって男性より露骨に階層化が進んでいくという話。それにしても、女性らしくかつ仕事もできて明るい社会的な人が上流で、地味でのんびりしていて目立たない人が下流である、という結論では身も蓋も無い。
 頁の大半は統計資料の解説に終始しているが、最後になってやっとこの階層化を防ぐためにはどうしたらよいかという話になってくる。結論があるわけではないが、この部分があるお陰でこの社会論の価値が高まっている。

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【2005/12】人は見た目が9割

№59 人は見た目が9割 作者『竹内 一郎』 ★★★★

 言葉が人間のコミュニケーションの中で占める割合は、わずか7%しかないという話を元に、いかに言葉以外の『見た目』が重要かという話を、漫画家兼舞台演出家の社会学博士が論じた本。
 刺激的な題名さえ付ければ売れる最近の新書ブームの時流に乗った本にも思えたが、それだけではない、なかなかユニークな話である。ビジネス書ではよく出てくる対人ノウハウ+マンガの表現手法の解説+演劇での演技指南書、といった盛り沢山な内容。今年読んだ内藤誼人の『パワープレイ』では、いかにビジネスに役立てるか、という観点だけだった。しかしこの本では、多才な作者が様々なジャンルの知識を総動員して、『非言語コミュニケーション』の重要性を説いている、知的興奮を味わえる本である。

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【2005/8】怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか

№38 怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか 作者『黒川 伊保子』 ★★★★

 ゴジラ、ガメラ、ガンダムなど男の子が好きな名前にはなぜ濁音が含まれるのか、女性雑誌でNとMが売れるのはなぜか、このような経験則を、『音の力』をキーワードに解析して、まったく新しい理論を構築する画期的ことば論。漠然と利用してきた日本語の『感性』を、人間の発音時の音圧から説明しようという大胆な仮説が非常に斬新である。
 『名前は呪だ』という夢枕獏の『陰陽師』のセリフや、息子を育てた女性ならではの実体験を交え、なかなかの説得力である。後半は『音素』の詳細な説明と『ネーミング』の実例が大半で、読み物としては退屈になるところが惜しいが、しかし仮説としては知的興奮を味わえる画期的アイデアである。

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【05/6】学習する組織

№29 学習する組織 作者『高間 邦男』 ★★★

 これからの会社組織はどうあるべきかを示唆してくれる指南書。どうして学習する組織が必要か、そしてどのようにすれば学習する組織が作れるかを平易に解説してくれる実践的ビジネス書である。説明に納得感があり、組織運営上実際に役立つ知恵袋になりそう。役に立たない経営書ばかりでお悩みの管理職には、とっておきのお勧め書。

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【05/5】愚問の骨頂

№23 愚問の骨頂 作者『中原 英臣/佐川 峻』 ★

 考えても答えが出ないのは、悪いのは質問のほうであり、良い質問であればそのなかにはすでに正解が含まれているという。出だしだけは良かったが、内容はしごく常識的な話で、ここに気が付けば勝利者になれるがごとく書いてある。あまりにも中途半端で、期待はずれ。

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【05/5】ジャンケン文明論

№22 ジャンケン文明論 作者『李 御寧』 ★★★★ 2005年 Best5!!

 ジャンケンをキーワードにここまで話を展開できるのかという、とんでもなく該博な知識を駆使した文明論。
 今最もホットな日韓、日中関係を、デカルト以来の二項対立がベースの西洋近代文明に対して、三すくみのジャンケン・コードをモデルにすることで、東アジアの共存のためのヴィジョンを提示しようという野心作。「縮み志向の日本人」の作者が放つ、教養書とはこのような物だったと思わせる代物である。

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【05/4】複雑系とは何か

№19 複雑系とは何か 作者『吉永 良正』 ★★★

 言葉だけは良く聞く『カオス』を簡潔に分かり易く解説した良書。蝶が羽を動かすだけで天気が変わると言う有名なバタフライ理論等を、平易な言葉で書いている。理屈と現実との差を埋める理論を打ち立てた学説の画期的なところは理解できたと思える。

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【2005/1】ゾウの時間ネズミの時間

№3 ゾウの時間ネズミの時間 作者『本川 達雄』 ★★★★ 2005年 Best4!!

 生物学を定量的に表現した非常に面白い解説書。哺乳類の一生の間に打つ心臓の鼓動の総数は、ゾウでもネズミでも体の大きさによらずに一定である、というように、生物を従来に無い視点で捉えている。『目から鱗』の知的興奮を味わえる科学解説書の良書。お勧めです。

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【04/9】上司は思いつきでものを言う

№31 上司は思いつきでものを言う 作者『橋本 治』 ★

 この本もタイトルだけで受けている気もするが、ふざけているようでそこそこに説得力のある評論。サラリーマンでもない筆者は想像力だけで書いているようだが、思いつきにしては面白い。

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【03/9】バカの壁

№30 バカの壁 作者『養老 孟司』 ×

 つまらない。陳腐な意見。なんでこんな手垢のついたような話が売れたかまったく理解できず。タイトルのインパクトだけで、これだけ売れるという見本のような本。

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【2003/8】動物化するポストモダン

№27 動物化するポストモダン 作者『東 浩紀』 ★★★★★ 2003年 Best2 !!

 久しぶりに読むテツガク書。世界的に有名になった『オタク』を、新鮮なアイデアと斬新な切り口で解き明かしてくれる傑作。
 欲望を肥大化させることで現代消費文明は支えられていると喝破し、動物的欲望とは無縁で純粋に観念の世界に生きていける『オタク』こそ、今の時代を理解するためキーワードだというユニークな現代文明論。現代人の必読書!お勧めします。

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