【2009/9】終の住処

№37 終の住処 著者『磯崎 憲一郎』 新潮社 142頁 

Photo 今年の芥川賞受賞作。久しぶりに旬な単行本を読んでしまった。
 我が輩の場合、自分で選んで購入した文庫しか読まないというポリシーがある。ま~ポリシーと言っても、通勤時間にしか本を読む時間がないので、単行本だと重く不便だという程度の理由なのだが・・・。今回は、たまたま知り合いが貸してくれたので、久しぶりに単行本で読んだのであった。
 ところで肝心の作品なのだが、ある夫婦の20年間の物語である。夫婦の物語と言っても100%夫の視点で語られ、妻は夫からみると理解不能な謎の生き物としか描かれていない。夫は結婚してからは、理解できない妻を避け、浮気と仕事に逃げ込み、家庭を省みなくなった仕事人間。最後に娘が家から居なくなってから、やっと家庭というものの存在に気がつくというのがオチだった。
 まったく何の予備知識もなく、いきなり読み始めたのだが、1時間程度で読める短編だ。冒頭は夢か現実か分からないような幻想的な描写もあるが、それも最初だけ。高度経済成長を担ってきた、典型的とも言えるサラリーマンの孤独な生き方を淡々と描いている。娘がいても、夫婦では11年間会話をまったくしないとか、浮気症の夫だとかは、小説でも現実でもそれほど珍しくもないパターンだ。妻というか女性を理解不能の生き物としか見えないのも、男ならフツーというか当たり前だと思うのだが、そうでもないか・・・。

 どうもこの小説の面白味というか、どうして賞を受賞できたのかが、残念ながら我が輩にはほとんど理解できなかった。また、冒頭の幻想的な風景は、なにを暗喩していたのだろうか?疑問符ばかりだ。
 面白いから一気に読んだのではなく、ただ主人公の思考そのまんまの描写なので、ずるずると最後まで読んでしまったのという感じだった。
 主人公の男の心情はフツーに理解できるのだが、共感することはできないだろう。まして読者が女性だったら、決して主人公の男の行動は反発されるはず。もしかしたら作者は、高度経済成長の元で走り続けてきた典型的サラリーマンの、行き着く先にある終着点を描きたかったのだろうか。人も仕事も家族とさえ心が通わず、徹底的に孤独な現代人。それではあまりに絶望的な風景ではないのだろうか。

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【2006/12】ノルウェイの森

№93 ノルウェイの森(上) 作者『村上 春樹』 講談社 267 ★★★★

№94 ノルウェイの森(下) 260頁

 「ノルウェイの森」をおよそ20年ぶりに再読してみました。当時は社会現象にまでなった、言わずと知れた大ベストセラーです。 「ノルウェイの森」を出版するまではけっしてメジャーではなかった村上春樹でしたが、とりあえず私はそこまでの全作品を読んでおり、新作にはすぐに飛びつく程度の熱心な読者でした。なので、あまりにもこの本が売れすぎたことで、かえって春樹ファンだとは人に言えなくなったものです。また、それまでの透明感のある幻想的なストーリーが好きだったのに、あまりにも通俗的な恋愛小説を書いたので、それこそ流行作家に成り下がったのかとハラがたったものでした。
 しかし今読み直してみると、こんな話だったのかと思うほど忘れているのですが、あの強烈な70年アンポを時代背景としている割にはこの小説は当時の風俗には意外と依存しておらず、時代を超えたけっこう普遍的な喪失と再生の物語であることに気がつきました。発表等当時の1987年は、かつて熱病のようだったアンポトーソーも、残滓さえすでに消え去った後でした。しかし私のような遅れてきた世代にも、まだ時代の記憶として残照のようにかすかに残っていました。このためロックアウトだのタテカンなどの言葉は抵抗無く読めるのですが、登場人物達のセックスに対しての節操が無い行動には、当時かなり違和感を感じたものです。
 それにしてもこの作品の登場人物達は、どうしてこれほどまでに『自殺』するのでしょうか。まあ「ノルウェイの森」だけでなく村上春樹の作品全般にも言えることなのですが、常に『死の影』が付きまとっています。もちろん物語りに最も強烈なインパクトを与えるのは『死』です。その『死』に対しての理由付けとして、『自殺』を持ち出すとしたらあまりにも安易です。が、まあそれほど単純な作品ではありませんが、あまりにもこの主人公の周りには『死』が満ち溢れ過ぎています。『キズキ』『直子』『ハツミさん』そして『緑のお父さん』。『キズキ』の自殺の理由は曖昧で理解できないのですが、『直子』が原因でないとしたら、なぜそこまで『直子』が精神的に追い詰められたのかが余計分からなくなります。もっとも『直子』が直接の原因として描かれていたら、露骨過ぎて作品に深みがなくなるのかもしれませんが・・・
 身近な人の死により喪失感を抱え込み、精神的なダメージを受けるが、やがて何らかのきっかけから再生していくのが青春小説の王道です。「ノルウェイの森」は、この王道に乗っ取りしかも切ないラブストーリーで味付け、美しい赤と緑の装丁のカバーで包み、上梓したのですから女性に大いに受けたのでしょう。春樹ファンにとっては、相変わらずの透明感のある静謐な文章ではあっても、幻想的なシーンが登場しない作品なので食い足らない気もしますが、世に村上春樹を知らしめた記念碑的な作品としてお勧めしたいと思います。

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【2006/8】日本沈没 第二部

№66 日本沈没 第二部 作者『小松左京、谷甲州 』 小学館 ★★★★

 力作であり、労作である。しかも段組500頁の大作なのである。しかし傑作ではない。33年ぶりの続編ということで我輩の期待が大きすぎたのかもしれない。小松も古稀を過ぎて体力的に限界なのか、谷甲州との共著になってしまったのが大きな原因だろうか、今ひとつ食い足らないのである。
 もちろん生半可の作家では、このようなとんでもなくスケールの大きな作品は書けるわけはない。日本というGNP世界第二位の経済大国が地球上から消滅した場合、いったい世界はどのような状況になっていくのか。日本人たちはどのように立ち向かい、どのような運命に陥っていくのか。人口問題、環境問題、宗教対立、民族対立の観点から分析し、技術発展まで予想した上で、説得力あるストーリー展開を構築することは、莫大な労力を要することは容易に想像できる。実際に世界中を巡っての現地調査、専門化を集めてプロジェクトを組み、ブレーンストーミングを繰り返した結果、話の骨格を組み立てたそうである。
 ストーリーは、日本が消滅して25年後から始まる。日本人は世界各地に難民として暮らしているが、独立した政府が存在し、日本という国家を再び再興しようと密かに大規模なプロジェクトを計画していた。国民を再び日本海に住まわせるメガフロートと、未来の気象予測が可能な地球シミュレータである。しかし中国の台頭とアメリカの覇権政策により、この計画も暗雲が立ち込めていくのであった。
 SFらしいアイテムはこの2つのプロジェクトだけで、しかもすでに実在しているアイデアである。ここがまず寂しい。以前の小松ならもっと驚かせる小道具や思想を繰り出し、読者を圧倒させてくれていた。確かに以前の作品と異なり、はるかに描写力があり、人物の造形も深い。しかしこの作品で語られる日本人論は、大昔の類型的な日本人論の粋を越えておらず、新鮮味がない。また、世界各地で繰り広げられる日本人達の各エピソードにリアル感はあるがどうも点描的で、最後にまとまっていかない。ラストのエピソードも36年前の傑作「果しなき流れの果に」のエピソードそのままで、アイデア不足に見えてしまった。
 確かに未来がバラ色に見えた1970年代と現代では、あまりにも世界感は違いすぎる。小松の日本沈没第一部を書き始めた動機は、戦時中に一億総玉砕を唱えた国民が、戦後の高度経済成長時代になってからは、戦争がなかったような振る舞いをしだしたので、もし国土を失っていたら日本はどうなっていただろう、というものであったはず。なので小松が本当に描きたかったのは、国土を失ってからの第二部なのである。しかしあまりにもこのテーマは深すぎた。世界情勢は複雑化し、米ソの二大国だけを描けばよい時代ははるか昔。中国の台頭、イスラム文化の影響、さらに環境問題も地球的な規模になりつつある時代なのである。大長編ではあるがやはりこの長さでは書き足りない。体力的には無理であろうとも、さらに第三部、第四部と流浪の日本人の行く末を書いてもらいたい。

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